石法如来の特別寄稿:(十二支)縁起の考察(その1)

第一章 十二支縁起の「さとり」
第一節 苦の生起と滅尽
 
私は過去、佛教大学の卒業論文として『十二支縁起の考察』を書きました。今回は、その論文を読みやすく理解しやすいよう少しアレンジして書いてみたいと存じます。
ただ内容的には、原始仏教経典による仏教理論に基づく解説でありやや難解です。また、SRKWブッダの説く「覚りにいたる教え」とすべて同調するものではありません。
 
※以下本文
釈尊が活躍した、2500年前のインドでは初期のウパニシャッドにおいて、人間の死後の再生を問題にした「輪廻(りんね)」の思想が定着した時代であり、様々な説をのべる宗教的指導者(沙門・自由思想家)が数多く登場していました。
 
インド人はもともと宗教的な民族でありましたが、ガンジス河畔に定着して以後は、輪廻転生の信仰をいだき、人間を含む生類は永久に流転輪廻の生涯を繰り返すと考え、しかもその信仰を切実に身に感じていたのです。
 
このような考えを受け原始仏教においても、人間が生まれ老い死ぬこと、そしてこの過程を無限に繰り返すこと・・・それを「輪廻」(流転・生死)と呼んでいました。そして、この輪廻の姿を如実に知り、生死を超越した人こそブッダ(目覚めた人)であるとしたのです。
 
「あらゆる宇宙時期と輪廻と(生ある者の)生と死とを二つながら思惟弁別して、塵を離れ、汚れなく、清らかで、生を滅ぼし尽くすに至った人、かれを〈目覚めた人〉(ブッダ)という。」(『スッタニパータ』五一七)
 
更に、この輪廻説が人々の間に浸透するにつれて、次の生存を規定する要因は何かが問われるのは必然の勢いでありました。
ある者はよい境遇に再生し、ある者は好ましくない境遇に再生するのはどのような要因が働くのか。この問いに対する答えとして、業(ごう・カルマ・行為)の思想が成熟したのです。
 
「世の中は行為によって成り立ち、人々は行為によって成り立つ。生きとし行ける者は業(行為)に束縛されている。・・・進みゆく車が轄(くさび)に結ばれているように。」(『スッタニパータ』)六五四)
 
このように、輪廻説・業説に基づく釈尊の全ての教説は、仏教の人生観上最も意義を帯びるもので、これを離れては人生の種々相を説明することも出来なければ、進んではその理想の帰結をも明らかに出来ぬほどの意味があると考えられたのです。
 
では、釈尊はブッダガヤ-の菩提樹の下で何を「覚った」のか。実に、この問題については諸説ありはっきりしません。
しかし経典に、「その時、菩薩逆順に十二因縁を観じ、如実に知り如実に見るのみ、すなわち座上において、阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい(ほとけのさとり))を成ず。」(『長阿含経』巻第一(一))とあることから、「さとり」と「縁起」とは密接な関連があることは間違いありません。
 
縁起とは、「他との関係が縁となって生起すること。(Aに)縁って(Bが)起こること。よって生ずることの意で、すべての現象は無数の原因(因)や条件(縁)が相互に関係しあって成立しているものであり、独立自在のものではなく、諸条件や原因がなくなれば、結果もおのずとなくなるということ。」と表現出来ます。
 
では、菩提樹下で釈尊がさとった縁起とは一体どの様なものであったのでしょうか。
その問いに対する答えは、縁起を簡潔に表現するフレーズ「此有故彼有。此起故彼起。此無故彼無。此滅故彼滅。(これが有るが故にかれ有り。これ起こるが故にかれ起こる。これが無きが故にかれ無し。これ滅するが故にかれ滅す)」の中にあるのです。


*法津如来のコメント

今回の石法如来の特別投稿「(十二支)縁起の考察」は、13回に分けての連載になる予定です。

三日おきの投稿なる予定だそうです。

また、この連載をお楽しみください。