認識の四段階

昨日、書いた「負けるが勝ち」について、少し整理すると次のようになるでしょう。

第一段階、勝ちと負けが別々のものと認識している。勝ちは嬉しい。負けは悲しい。

第二段階、勝ちと負けが別々のものではないと認識する。勝ちは負けがあるからある。負けがなければ勝ちはない。勝ちは負けによって成り立っている。勝ちは負けのおかげである。

第三段階、そもそも勝ちとは何か? 負けとは何か? 勝ちに不変の何かがあるのか? 負けに不変の何かがあるのか? そんなものは何もない。

このままであると、ニヒリズム(虚無主義)になりますが、第四段階があるのです。

第四段階、第三段階が何ものにも価値をおかずに認識できると、無一物中無尽蔵ということが実感できるのです。すべてのものがありがたく、感謝です。

このことは人間関係にも言えることです。

職場に嫌な上司がいます。私は彼を嫌いです。これは第一段階です。

自分が何者かわからないことに悩んでいたが、私は彼のような人が嫌いなのだとわかる。彼の何が嫌いなのか? 彼は細かずぎて、うるさいのです。私は自分の細かずぎる性質が嫌と思っている。彼は自分と同じ性質を持っていたのでした。

実際にはこれほど単純ではないでしょうが、彼のおかげで自分のことがわかってきたのです。

上司と自分の関係について、いろいろ考察していると、彼にも良いところあるのでした。彼が細かく、うるさいのは、自分のために心配していたからだとわかります。これは、第二段階です。

少し経過を端折りますが、上司には上司の生き方があり、自分には自分の生き方があることがわかります。それぞれ自由なのだということです。これが第三段階です。

第四段階は覚った人の人間関係ですが、これについては、いずれ話すことにします。