ゆたぽんの父の教育論

今日のヤフーニュースを見たら、私が書きたかったことが、生き生きと書かれていました。
https://news.yahoo.co.jp/articles/115e3ff140e37148797d7b6781848a30e3ce4044

(以下引用)
ゆたぼんの父が語った教育論、“毒親”と批判も「僕が息子を叱らない理由」

 “少年革命家”を名乗り、「不登校の自由」という主張を掲げて自由に生きようとしているYouTuberのゆたぼん。彼の生き方には賛否両論が飛び交い、その矛先は当然ながら父親の幸也さんにも……。批判に反論しながら、彼が語った教育論とは―。

「最初に彼から“学校へ行きたくない”と聞いたときは、なんとか学校に行かせることはできないかと考えました」

 そう胸中を明かすのは、中村幸也さん。「不登校は不幸じゃない」というメッセージとともに小学校へ行かないことを宣言し、'19年、一躍脚光を浴びた少年YouTuber、ゆたぼんくんの父親だ。
小学2年生までは毎日楽しく学校に通っていた
 今年4月に中学生となったゆたぼんくんは、あらためて「俺は中学校に行く気はない」ことをYouTube上で発言。義務教育に一石を投じる格好となったゆたぼんくんと、保護者である幸也さんに対して、激しい賛否、さらには誹謗(ひぼう)中傷が飛び交う騒動に発展した。

 冒頭にあるように、当初は幸也さんも「学校に行かせたほうがいい」と考えていたという。しかし、ゆたぼんくんの学校への拒否反応が強かったため翻意したと続ける。

「小学2年生までは、毎日楽しく学校に通っていました。ですが、3年生になったとき、彼の中で“なぜみんな同じように通い、教室に座っているんだろう─”。大人の言い方をすれば、一律で教育を受けさせられていることに対して、子どもながらに疑問を覚えたみたいです」(幸也さん、以下同)

 決定打だったのが、宿題をしていなかったことをきっかけに、担任教師との間に起きたトラブルだった。

「怠惰から宿題を放棄したわけではなく、なぜ宿題をしなければいけないのか、宿題をする前にその理由を先生に聞きたかったんです。親として僕も、宿題をする意味を伝えたものの、ゆたぼんとしては学校から納得できる答えを求めていました。ところが、“ルールだから”という一辺倒の答えが返ってくるのみで、彼はさらに不信感を募らせてしまった」

 結果的に、このやりとりが引き金となり、さらに学校とゆたぼんくんの溝は広がってしまう。

「不登校には葛藤はありました。ですが、本人が行きたくないと言っているのに、無理やり行かせることは本当に彼のためになるのかなって。だったら、行きたくないという気持ちを受け入れて、そのうえで親ができることを最大限サポートするほうが、子どものためになるのではないかと思いました」

 そして、ゆたぼんくんは先述のとおり、学校に行かないことを宣言するのだが、「同級生たちがロボットに見えた」などの過激な発言が猛反発を招き、大炎上へと発展してしまう─。

「これほど大きな騒動になるとは想像できませんでした」

 と、幸也さんは当時を振り返りながら苦笑する。

「前例がないだけに批判は覚悟していました。賛否両論……とはいえ、7割が反対意見ですが、ゆたぼんが学校へ行かない選択をしたことに対する肯定的な意見もありました。本人がそうしたいというのであれば、親としてはサポートするのみだと励まされた」

 小学校の卒業証書を破り捨てるパフォーマンスをした際には、大顰蹙(ひんしゅく)を買った。幸也さんは、

「他人のものであれば叱りつけます。ですが、彼の卒業証書を彼がどう扱うかは自らの判断に任せます。“卒業証書なんだから大事にしろ”というのは価値観の押しつけでしかない」

 と毅然と話す。物議を醸した動画だったが、中には「スッキリした」といったコメントも寄せられている。学校に嫌な思い出しかない人にとっては救われた瞬間なのかもしれない。

 世間では、幸也さんに対し、“義務教育を放棄した毒親”“子どもを操り人形にする親”といった非難も多い。しかし、ゆたぼんくんには3人の妹がおり、彼女たちは全員学校へ通っている。

「親の影響を受けて子どもが学校に行かないのであれば、娘たちも不登校になってますよね(笑)。僕は、子どもの気持ちを尊重することが大事だと思っているだけです。ゆたぼんは行きたくない、娘たちは楽しいから行きたい」

 また、「不登校は不幸じゃない」の言葉どおり、学校に行かない=何もしないというわけでもない。今夏には、元プロボクサーの亀田興毅が開催する『亀田興業』でのエキシビションマッチへ出場予定だ。

「たしかに、ゆたぼんは学校で体験できることを体験できないかもしれません。ですが、絶対に学校では体験できないことを体験している。不登校の子どもたちを集めてお泊まり会をするなど、友達をつくれるようにもしています」

 そう幸也さんは、理解を求める。
毒親ではなく親バカ、強制的に命じない
 一方で気になるのは、学校に通わないことで学力をどう補うかだ。否定的意見の多くを占めるのがこの点で、学力がないことで子どもの将来への選択肢が狭まるのでは、と危惧する声は大きい。小学校を卒業した後、宣言どおり彼は不登校のままだ。

「今はネットもあり、多様な学び方ができます。勉強に関しても、YouTubeや『スタディサプリ』などを使って、本人が勉強したいときに勉強しています」

 と幸也さんは説明するが、義務教育と異なる高校以降を考えるとどうだろうか?自らの人生の指針を本格的に考え始める、多感な時期だ。

「彼が中学校を卒業する年齢に達した時点で、どんな考えを持っているか。そこで、きちんと向き合うことだと思っています。学びたいのか働きたいのか、僕自身、中卒で大人になってから学びたいと思い、独学で高卒認定試験に合格した。彼が学びたいと思うのであれば、その環境をサポートします。YouTubeを続けたい、ビジネスを始めたい……、そのときに考えている気持ちを尊重したい」

 もし、「何もしたくない。ニートになりたい」と言い出したらどうします?少し意地悪な質問をすると─。

「それは困るかもしれない」と笑いながらも、

「ニートなりにお金を稼ぐ生活はできないのかと提案すると思います。ニートなんだから働けという言い方はせずに、生活できるニートになればいいのではないかなって」

 そんなニートがいてたまるか!とツッコミたくなるが、世の中には“プロ奢(おご)ラレヤー”や“レンタルなんもしない人”など、働かずともお金を稼ぐ新人類も登場している。

 ましてや、前例のないことをしているゆたぼんくんともなれば、既存の価値観で測ってはいけないだろう。実際、中学1年生でひとりで沖縄から飛行機に乗って移動したり、大人に対して物おじせずにコミュニケーションができたりする姿は、目を見張るものがある。

「勉強をしたい、社会に出たい。そういった子どもの“やりたい”という意志が大前提として必要で、最良のタイミングで親として何ができるか。強制的にあれをやれ、これをやりなさい、と子どもに言うようなことはしようと思わないです」

 話を聞いていると、毒親どころか、むしろ親バカ─。そう伝えると、「そうかもしれない」と幸也さんは笑う。

「サポートし続けた結果、慢心してしまったら……きっと彼の周りから人が離れていくと思うんですね。そうなったら痛い思いをして学ぶしかない。失敗させてあげるのも、後悔させてあげるのも、生きていくうえでは大事なことだと思います。

 調子に乗って、周りへのリスペクトを忘れ、人が周りから離れていけば後悔するでしょう。そこから自分のダメな点に気づくことができれば、また成長する。もちろん、彼がくじけたとき、その問題とどう向き合うのかを伝えることも親の役割だと思います」

 先日、自身らを誹謗中傷してきたネットユーザー40人以上から謝罪を受けたことを、幸也さんは明かした。

「理由を聞いたところ“自分は嫌々学校に行っていたのに自由に楽しく過ごしているゆたぼんが許せない” “俺も苦しんでいるんだからお前も苦しめ”といった、嫉妬心から書き込んだという人もいました」

 どんな理由であれ、誹謗中傷は決して許されるものではない。一方で、ゆたぼんくんのような“出る杭(くい)”に対する羨望(せんぼう)が嫉妬となり、誰かを傷つけないと気がすまないような人が増えているのだとしたら根は深い。

 先日、『古い政党から国民を守る党』(旧・NHKから国民を守る党)から次期衆議院議員選挙への出馬を表明した幸也さん。

「小中学生の不登校は年々増加しています。不登校の理由も、いじめだけではなく、多様化していて、学校という場所に合わない子どもが増えてきています。かつては学校しか学びの場はなかったですが、今はそうではない。自分たちが身をもって体感していることを伝え、学校以外にもさまざまな学びの機会があることを提示していきたい」

 くしくも、コロナ禍によって学校へ行くことに疑問を覚えている子どもが増えている。親がどのように子どもと向き合うか─。出すぎた杭から学ぶこともあるはずだ。

なかむら・ゆきや 大阪府生まれ。心理カウンセラーとしてLINEや電話、対面でカウンセリングを行う。YouTubeチャンネル『少年革命家ゆたぼん』(登録者数14.5万人)を配信するYouTuber・ゆたぼんのパパとしても知られる。

〈取材・文/我妻アヅ子〉

(以上引用)

*法津如来のコメント

私の書きたかったテーマは「鳴かなぬなら 鳴かなくていい ホトトギス」(小林正観)です。
この句は、
「鳴かなぬなら 殺してしまえ ホトトギス」(織田信長)
「鳴かなぬなら 鳴かせてみよう ホトトギス」(豊臣秀吉)
「鳴かなぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」(徳川家康)
これらの句に対比して作られた句だそうです。

ちなみに、私が書きたいと思うことは、その日のニュースによくありますので、助かります。