常識を疑え



今日は初めに、ダンマパダ62偈を引用します。

「わたしには子がある。わたしには財がある」と思って愚かな者は悩む。

しかしすでに自己が自分のものではない。 
ましてどうして子が自分のものであろうか。
どうして財が自分のものであろうか。(中村元 訳)

ここでは、「自己が自分のものではない。」と述べられています。

「自分は自分のもの」というのが世間の常識です。

しかし、ゴータマ・ブッダは、自分は自分のものではないと言われるのです。
このには述べられていませんが、自分などというものはないのだという無我を教えているのです。

この結論をすぐに受け入れるのは難しいでしょうけれども、

私たちは、いわゆる常識というものを疑わずに、それに支配されています。

それが大した問題でない場合はそれでもよいのですが、

それが大きな間違いを犯すことがあります。

古い例では、天動説が間違いで、地動説が正しかったということです。

少し前のわかりやすい例は、太平洋戦争(第二次世界大戦)です。

一部の人を除いて、日本国国民はあれを聖戦として受け入れ、あの戦争に突入したのです。

現在進行中の問題、例えば新型コロナやそのワクチン等についても、新聞やテレビの情報だけで、それが常識だとすると、大きな間違いを起こす恐れがあります。

いわゆる専門家という人々も古い常識にとらわれていて、正しいことを言っているとは限らないのです。