心の構造と社会の構造

ふと、面白いことに気がつきました。

心は、社会と同じような構造になっているということです。

社会にはいろいろな人々がいます。

それらの人々が寄り集まって、生きるために活動します。

そうすると。組織ができます。

組織ができると、それを管理する人々と管理される人々ができます。

世の中は常に変わっていますから、組織がいつも上手く運営されるとは限りません。

問題が起これば、管理する人々と管理される人々が対立します。

対立すると管理者は困りますから、仮の管理者を立てて、真の管理者は影に隠れます。

真の管理者は管理される人々にはわからないように、影に隠れて仮の管理者を支配します。

管理される人々は、そうとは知らず、仮の管理者と対立します。

仮の管理者は、真の管理者ではないので問題は解決しません。

さて、何を言いたいかと言えば、心もそのようになっているのではないかということです。

すなわち、心はいろいろな問題に直面します。

欲しいものがあるが、お金が足りなくて買えない。

職場や学校に嫌な奴がいて、行きたくない。

なぜか友達ができなくて、淋しい。

これらの問題は比較的単純ですが、自分でも訳のわからない不安や怒りあるでしょう。

後者の場合は、自分でも気づかない思い込み(社会の場合の仮の管理者)を作っているのです。

まずは、自分でも気づかない思い込みに気づく必要がありますが、その先があります。