覚ったら、何が変わったの?

私はテーラワーダ仏教の比丘(僧侶)をやめていわゆる還俗しましたが、修行をやめたわけではありません。

現在のテーラワーダ仏教の教義と儀式に従って、修行するならば覚ることはできないと気がついたからです。

その切っ掛けは2014年に、SRKWブッダのホームページ「覚りの境地」を知ったからです。

さて、比丘をやめましたが、昔の何人かの信者さんと繋がりはあります。

その中の一人の紹介で、ある方と久しぶりに会いました。

私は彼女にあって、2019年に覚ったことを話しました。

彼女は私に聞きました。

「覚ったら、何が変わったの?」

私は答えました。

「もう何も求めるものがなって、ほっとした。・・・

私は若い頃から、いつも何かを求めてきました。

何かをしなければいけない。

何をすればいいのだろう?

正しいことはなんだろう?

真実はなんだろう?

本当のこととはなんだろう?

私は何を求めているのだろうか?

私とはなんだろうか?

しかし、私は覚ったと自覚したとき、

それらがすべて消えたのです。

もう探求しなくてよいと感じたのです。

・・・・・

ある意味、もう何もしたいことがないのです。

本当に楽になったという感じです。

・・・・・」

と答えました。