阿羅漢になられるまでどんな努力をされたのでしょうか?

一昨日、次のような質問をメールでいただきました。

「ブログでは解脱されたということですが阿羅漢まで悟られたのですか?」

そこで、次のようにお答えしました。

「心解脱および慧解脱をいたしました。

ですので、ブッダと同等の覚りに至ったということです。

テーラワーダ仏教ではゴータマ・ブッダ以外はブッダとは名乗りませんので、

ブッダの境地に至った者は阿羅漢ということになります。

その意味では、阿羅漢に覚ったということになります。

しかし、私はテーラワーダ仏教の枠外にあるものですので、法津如来と名乗っております。」

そうしましたら、昨日「阿羅漢になられるまでどんな努力をされたのでしょうか?」という質問のメールをいただきました。

それについては、次のように返事をいたしました。

「どんな努力」と問われますが、あまり努力をしたという意識はないのです。

覚るために必要と思われることを真剣に取り組んだという思いです。

それは私にとってはやりたいことでしたから、やりたいことをやったということです。

具体的には、SRKWブッダのホームページ(覚りの境地)を真剣に読み始めました。

http://srkw-buddha.main.jp

その中で書いてあることを実践しました。

その中に、SRKWブッダの「一円の公案」の記述がありましたので、それにも取り組みました。

これには2、3年の間、四十数回の回答を行いましたが、通過しませんでした。

通過しませんでしたが、法の句を善知識(善友)から聞き、その後、解脱知見を得ました。

また、ブログを書いていたことも修行(功徳)になっていたはと確信しています。


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この記事へのコメント

才木広之
2021年09月28日 11:39
なぜ生きているのですか?

と問われて

「生きているから生きています」

としか答えられないように

なぜ悟っているのですか?

と問われて

「悟っているから悟っているのです」

と答えるしかない

因縁は語り尽くせません

ただちょっとしたことで人は生きてられません。

ただちょっとしたことで人は悟れません

ちょっとした事を重大視してちょっとした悪を一切なくすこと

才木広之
2021年09月28日 16:27
ちょっとした悪とは何か

わずかな不愉快

すら

一切の生きとし生けるものの中の

1つの生命にすら抱いてはなりません

不愉快に感じる生命が1つたりともいてはいけません

1つでも不愉快に感じる生命がいるなら悟れません
才木広之
2021年09月28日 16:31
悟った人には

不愉快に感じる生命が1つもいません

即ち自ずから幸せです

即ち自ずから葛藤がありません

即ち自ずから安らぎがあります

不愉快に感じる生命が1つもいないのだから
才木広之
2021年09月28日 16:37
不愉快とは何か

不愉快とは

「居ない方がいい」

と思う生命の事です

阿羅漢には

「この生命が居ない方がいい」

という生命はいません

阿羅漢には

邪魔に感じる生命が居ません