「身体は真実を知っている」の真意

昨日、「身体は真実を知っている」という記事を書きました。

しかし、「身体は真実を知っている」を言いたかった訳ではないのです。

言葉(思い込み)や思考(考えること)をやめれば、無意識が教えてくれるということを言いたかったのです。

意識が先に立つと、無意識が働かないのです。

身体に聞くということは、意識を働きをやめて、無意識に働いてもらうための方便なのです。

合気道にはいろいろな流派がありますが、どの流派も極意は無意識を活用するところにあるようです。

相手と対峙すると、人は緊張します。緊張すると力がはいります。

緊張すると無意識は働かないのです。

ですから、力を抜けと教えます。脱力を強調するのです。

なかなか脱力はできません。

緊張を解かなければなりません。

やさしくやるのだと教えます。

ですから、愛を教える合気道もあります。

無意識を働いてもらうためです。

もちろん、怒りや欲があると無意識はたらきません。

怒りは最悪の意識なのです。