石法如来の特別寄稿:古希を生きる・・・三つのおごり。(その2)

自分自身が、実際に古希を迎えるに当たり思い出したのは、若い頃原始仏典を読み学んだことのある「三つのおごり」の教えです。仏教を学ぶ上で、ある意味当然な教えですが当時はまだ若かったので今ほど切実さを感じなかったのは事実です。
 
それでは、経典を読んで中身を振り返ってみます。
一つ目は、「若さのおごり」というものです。
 
「愚かな凡夫は、自ら老いゆくものであるにもかかわらず、
他人が老衰したのを見て、悩み恥じ嫌悪している。
わたしもまた、老いゆくものであるにもかかわらず、
 
このことはわたしにふさわしくないと言って、他人の老衰したのを見て、
悩み恥じ嫌悪するであろう。わたしがこのように観察したとき、
青年時における意気は全く消え失せてしまった。(『マッジマ二カーヤ(増支部経典)』(三・三八柔軟)から引用)
 
人間、若いときは自分の若さに対して無自覚なところがあります。それは何故かと申しますと、それはある意味「当たり前」のことであり、その事に関して「それ以上の感情」の発露はあり得ないしその必要もないと考えてしまうからです。
 
そのくせ、高齢者を見たら「こうなりたくない」、「ああなりたくはない」、「随分と年寄りだな」などという感情だけは起こります。そこそこ経典を読み、「そのようなものかな」と考えた私でもそうなのですから、経典など学んだこともない普通の人間なら聞くまでも無いことでしょう。
 
若い人には、誰に言われなくても若さに対する「おごり」は無意識の中に存在しており、それが若者の特権と言えば特権です。そのように観察して「青年時の意気が消え失せる」より、余計なことを考えないで困難に立ち向かっていく方が若者らしくて好感が持てるのもまた事実なのです。
 
私が古希になり、三つのおごりの経典を思い出したのは事実であり、この教えが「どこに出ていたか?」と探すうち、釈尊の出家の経緯である「四門出遊」の物語に突き当たりました。
釈尊は、シャカ族の王子として大変恵まれた生活を送っていたようですが、その生活の中に止まることが出来なかったのは「老いと病と死」の問題を解決したいと思い立ったからと言われています。
 
二つ目は、「健康のおごり」です。
「愚かな凡夫は、みずから病むものであるにもかかわらず、
他人が病んでいるのを見て、悩み恥じ嫌悪している。
わたしもまた、病むものであるにもかかわらず、
 
このことはわたしにふさわしくないと言って、他人の病むのを見て、                       
悩み恥じ嫌悪するであろう。わたしがこのように観察したとき、
健康時における健康の意気は全く消え失せてしまった。」(同経典から引用)                    
 
記事(その1)で、自分自身変わることの無い(錯覚する)意識(気持ち)について書きましたが、健康なときには「この健康がずっと存続する」ような気持ちを抱きます。
 
私は、六十五歳の時に軽度の脳梗塞で入院しましたが、病気発症前まで「ずっとこの様な(身体状態)が続くのかな」と、もしそうであるならば何の心配も要らないなという気持ちが生じたことは事実です。
 
そう思ったのもつかの間、実際に病気になりまだ五体は満足に動きますが、以前のように本調子という訳には行きません。
特段それらを心配している訳ではありませんが、その人間の持つ因縁により病気は起こり得ますし、それで無くても年齢による身体機能の低下は間違いなく起こってきます。
 
若いときは、そのような(病気)ことを考える事もないし、考える必要すら無いでしょう。それは、幸せなことなのですが若いときは、それが「おごり」だなどと気が付きません。
気が付くような人は、釈尊のようにある意味偉い人です。私も、随分前から経典を読み「これらのこと」は知っていましたが、十分に分かっては(理解しては)いなかったのです。
 
実際に、自分がその様な病気になり、現実に自分自身の身体と対峙せねばいけない状態になったとき、痛切に「健康の有りがたさ」に思い至ります。・・・人間とは、その様な存在なのです。