石法如来の特別寄稿:ワクチン接種が進んでいます・・・が。(その6)

今回の記事は、(その3)で終了する予定でしたが、紹介したい動画・記事が次々と出てきたことなどにより(その6)まで来てしまいました。                                                 
 
実際に、私の身近で起こったことを少しお話致します。・・・まず、スポーツジムで知り合った70代女性にたまたま聞いた話です。実の弟さんが、ワクチンを2回接種した2ヶ月後位にいきなり「脳梗塞」になったとのこと・・・容体は重く現在入院中とか・・・。発病する数日前に、自宅に訪ねてきて書類を見せながら「自分が現在行っている仕事」を教えてくれるほど元気だったそうです。
 
次、私と同年代女性のお兄さん(80才)ですが、ワクチンを2回接種して1ヶ月ほど経過した後に失明(片目)したという話を聞きました。
お兄さんは、5年ほど前に心臓から血栓が飛び「軽い脳梗塞を発症した」という病歴があり、血をさらさらにする薬(抗血小板薬)を服用していたと言います。
 
今回のコロナワクチンは、接種すると血栓が出来やすいと言われています。若い人なら心筋炎になるケース、その他脳梗塞や脳出血・心筋梗塞などが多いようです。
確かに、ワクチン接種が原因かどうか?は確認・証明が難しいようです。当然、それらの事例は「判定不明」となり本人・周囲も「ワクチン接種」を疑っている人は少ないと感じます。
 
そう考えたら、厚労省が出しているデーターは何らかのアクションを起こし報告にまで辿り着いたケースであり、大半は「闇の中」であり表に出ているのは「氷山の一角」と言えます。
この日本国中で、どれ程の人間がワクチン接種により死亡、あるいは重い後遺症に悩んでいるか?という実数を収集したデーターは現在のところ存在しておりません。
 
紹介動画にも取り上げ上げましたが、このコロナ禍で若者の自殺が増えているようです。長引く自粛により精神的ストレスを抱えている若者が増加している様子を反映していると言えます。
 
感染症は、確かに見えない脅威であり精神的に大きな打撃を受けるのは当然ですが、特に青少年はその影響をもろに受けている様子が感じられます。何より、悩みを聞いてくれる存在がいない・悩みに対して解答を与えてくれる存在がいない等は、より一層大きな苦しみに繋がることは想像に難くありません。
自粛により、「群れてはいけない」と言うのですから当然ストレスは蓄積され、孤立感を深め精神を病む人間が数多く出現してもおかしくないのです。
 
私の娘が住むスウェーデンでは、「子供達の教育の権利を最後まで守る」という強い意思でコロナ禍に立ち向かったと聞いております。政府には、若者を救うため同程度の見識を求めたいものです。
(おわり)
 
参考動画の紹介
https://www.youtube.com/watch?v=RuPr_XjpfF0
新型コロナは本当に怖い?スペシャリストが医療の闇をぶった切り! 【正義のミカタチャンネル】木村もりよ先生×森田洋之先生 2021年10月2日収録
 
https://www.youtube.com/watch?v=czY_zAnoZQg
【ワクチン接種の選択で問題?】若者の発症予防ができても”自殺するかもしれない”という心の面まで考えているのか?【周りが打ったから!かなり危ない】
 
https://odysee.com/@r75yk67got:7/my11:1
元ファイザー最高科学責任者マイケル・イードン博士 コロナを恐れる必要はない 政府とワクチンを恐れるべき


*法津如来のコメント

石法如来の身近なお話は説得力がありますね。

宇宙の森羅万象は回りて廻る

宇宙の森羅万象は「マワリテメクル(回りて廻る)」ことをカタカムナは教えています。

NHKの朝の連続テレビ小説「おかえりモネ」が29日が最終日になりましたが、

このドラマの一つのテーマは「循環」です。

「自然のサイクル。空と山と海はつながっていることを教えてくれます。

そしてモネは、水のような存在です。

水が海、山、空をめぐりながらつなげるように、色んな人と結びつけていく。

また、生命のサイクルも描かれていると思います。

「おかえりモネ」の語りとして登場するモネの祖母・雅代(竹下景子)は亡くなった後、転生して、

カキになるという設定です。

(カキについて、昨日のブログに書きました。)

その後、カキが食べられると今度は、植物に転生し、モネを見守る。

死で「終わり」ではなく、新しい生命に受け継いでいく。

そんなメッセージ性があると思います。」という記事がありました。

その気になっていると、世の中はシンクロニシティに溢れいて、

昨日書いたブログ記事の直感力を鍛えることについて、

マドモアゼル・愛さんのブログでは、「安全策こそ危険策」というテーマで、直感は間違わない、直感力を鍛錬すべきことを述べていました。
https://www.youtube.com/watch?v=l64kEz2sK-E

そこでは、危機に対する対応についての直感の重要性が述べていたのですが、

このブログで、直観について述べる意義は、

シンクロニシティをシンクロニシティと知ることであり、

何よりも、「法の句」を聞いて、それを「法の句」と知るのは直観によるものだからです。

これは、このブログでは何度も説明していますが、

人は「法の句」を聞いて、それが「法の句」と知って、解脱するからです。


どのようにマトモな直感力を鍛えるのでしょうか?

先一昨日(10月26日)カタカムナ研究所 天野成美さんの動画を紹介しましたが、

その中で、マトモな直感力(直観)を鍛えることについて述べていました。

では、カタカムナでどのようにしてマトモな直感力を鍛えるのでしょうか?

話は変わりますが、昨日ラジオ体操仲間のブログに柿と牡蠣の話題が述べられていました。

そのブログは「ジンゾーくんの料理日記」(https://bee-chan.cocolog-nifty.com/blog/)です。

そこで私はなぜか、カキ(柿)とカキ(牡蠣)はアクセントの違いはありますが、

なぜ同じ音なのだろうか?と考えました。

カタカムナでは、日本語の48音、一音一音が意味を持っていると教えています。

古代日本人は、カキ(柿)もカキ(牡蠣)も同じ「美味しい食べ物」を意味してしていたのではないでしょうか?

さらに、直観を働かせると、カキのカはどんな意味がるのでしょうか?

カタカムナのカタのカ、カムのカです。

チカラ(力)のカです。

カという音の響には、力がみなぎってはいませんか。

またカキのキには、どのような意味があるでしょうか?

キ、木もキです。キは動かないものを意味しているものを意味しているのではないでしょうか。

つまり、カキは「動かない力になるもの」ということを意味しているのではないでしょうか。

この推理(直観)は当たっているかどうかはわかりませんが、

直感力を鍛えるのに役に立つと考えます。

石法如来の特別寄稿:ワクチン接種が進んでいます・・・が。(その5)

すでにワクチン接種を終えた人には、この問題(ワクチン接種)はある意味関係ないような内容と受け止められがちですが、問題自体「奥が深く」・・・単にウィルス感染症の問題ではなく、ある意味日本の将来に大きく関係する問題と捉えております。
 
先日(10月18日)、動画を色々見て勉強していると、ある一本の動画に目が止まりました。それは、とても内容の深い動画でしたので紹介致します。
 
・・・動画に入る前に、前提となる点の解説ですが「新型コロナワクチン特例承認取消を求め、大橋眞徳島大学名誉教授、中村篤史医師、本城隆志城陽市議会議員の三人が弁護士達と共に、国を被告とし訴訟」を行ったという事案があります。
 
「新型コロナワクチン特例承認取消を求め、大橋眞徳島大学名誉教授、中村篤史医師、本城隆志城陽市議会議員の三人が弁護士たちと共に、国を被告として訴訟」※関心ある方は、検索してみて下さい。
 
訴訟のきっかけは、新型コロナウィルスの一連の出来事に対する不信感もさることながら、今年4月から始まったコロナワクチンにおいて大勢の死者・薬害被害者が出ていることにあります。
日本政府は、一途に迷うことなく国民に対してワクチン接種しておりますが、本当にそれでコロナ感染を終わらすことが出来ると考えているのか?・・・という疑問があります。
 
私の単なる邪推ですが、日本政府には「巨大なある力(不明)」が働いており、コロナ恐怖を煽るようにして全国民にワクチン接種するよう誘導している感を受けます。
勿論、はっきりとした確信があるわけではありませんが、そうでなければ国民の生命・健康を見殺しにするような政策を淡々と遂行出来るはずはありません。
 
話が少し逸れましたが、訴訟は、「武漢ウィルスワクチン特例承認取消等請求事件」であり、請求の趣旨は・・・。
1 コロナウィルスの指定感染症の取り消し
2 マスク等の感染対策の停止
3 ワクチンの特例承認の取消
4 PCR検査の禁止
5 予防接種義務の不存在確認・・・となっております。
 
訴訟に先立ち、それまで何度も記者会見が行われましたが、一度も主要メディアに取り上げられることはありませんでした。これ程大切で、かつ全国民が関わっている問題に対して、主要メディアが一切記事にしなかったのは何故なのか?この事実を、私たちは真剣に捉え考える必要があります。
 
紹介動画 、『国家詐欺との戦い/知恵の初めに知恵を得よ!』は、開始後22分35秒から「新型コロナワクチン特例承認取消請求裁判」の第一回口頭弁論が、東京地方裁判所・第703号法廷で行われた模様を再現ドラマ仕立てにして解説して行きます。
 
再現ドラマを見て頂ければ分かりますが、木原弁護士が裁判長になぜ強制退去されなければいけなかったのか?・・・それはまるで、日本国のタブーに触れることを完全拒絶した態度と捉えることが出来ます。・・・これが法治国家である日本の、現在の姿だとしたら驚きしかありません。

参考動画の紹介
https://www.youtube.com/watch?v=cY7BEE0v2iw&t=2852s
NEW!!『国家詐欺との戦い/知恵の初めに知恵を得よ!』
 
※・世間一般には知られておりませんが、全国の医師約400名・地方議員約60名が集い、「新型コロナワクチン接種中止」を求めて、嘆願書を厚労省に提出するということが現に行われています。https://odysee.com/@jimakudaio:9/%E3%80%8C%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%83%AF%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3%E6%8E%A5%E7%A8%AE%E4%B8%AD%E6%AD%A2%E3%80%8D%E3%81%AE%E5%98%86%E9%A1%98%E6%9B%B8%E3%82%92%E5%8E%9A%E5%8A%B4%E7%9C%81%E3%81%AB%E6%8F%90%E5%87%BA%E5%BE%8C%E3%81%AE%E8%A8%98%E8%80%85%E4%BC%9A%E8%A6%8B%EF%BC%81-%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E6%9C%8D%E9%83%A8%E6%B0%8F%E6%92%AE%E5%BD%B1:5
「新型コロナワクチン接種中止」の嘆願書を厚労省に提出後の記者会見!-フリーマン服部氏撮影
 
※・「コロナ死者・コロナ後遺症」・・・この様な悲惨な現実が、目の前にあるのです。
https://ameblo.jp/sunamerio/
泣いて生まれてきたけれど- あたりまえを疑ってみるということ -  


*法津如来のコメント

「今回の記事は、動画を見て頂いて読者に考えて貰うという内容になっています。少し、理解するのに難しい面がありますが、勉強にはなると思います。」との石法如来のコメントがありました。

カタカムナに関する基礎知識

カタカムナに関する基礎知識については、ネット上にいろいろ散見しますが、
私が初期に参考したものは次のものです。

別章「カタカムナ文字考」
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/gengogakuin/mojikakutokuhico/katakamunagoco/top.htm

この初めに、次のように記されています。

「れんだいこは、神代文字のうちカタカムナ文字に格別に注目する。そこでサイト化し総合的に俯瞰することにする。カタカムナ文字はカタカムナ哲理に裏付けられており、文字の一字一句に魂が込められている。これを言霊(ことだま)と云う。それは、現代の日本語に続く48音の骨格を基本にしている。このすばらしさ、このすばらしさによる日本語のすばらしさ。これにより、カタカムナ文字から日本語へと続く文字は世界に例のない哲理文字となっている。ここを認めたい。以下、このことを確認する。
2009.3.19日 れんだいこ拝」

ですので、カタカムナに興味のある方はこのサイトを参照してください。

これとは、別にカタカムナ5首の初めに部分について、すこし説明します。

「イフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト」

これをあえて、多少意味が取れるように書くと、次のようになります。

「一二三四五 回りて廻る 六七八九十」

カタカムナ文字は、大丸と小丸と縦線と横線の組み合わせで書かれています。

私は、カタカムナ文字をこのブログで書くことができませんので、上記サイトなどで調べてください。
私の説明より、「一見は百聞に如かず」です。

実は、この文字の配置は、円形になっています。

世界にいろいろな文字がありますが、それらはほとんど横書きか縦書きでしょう。

多分、円形書きになっているのはカタカムナ文字だけでしょう。

しかも、よく見ると「回りて廻る」と言うように、大丸の周りの小丸も廻っているのです。

イ(一)は、大丸を大空とすると、小丸は日の出の位置にあります。

フ(二)は、日の出を午前6時とすると、小丸は午前9時の一にあります。

ミ(三)は、小丸は正午の位置にあります。
ヨ(四)は、小丸は午後3時の位置にあります。

イ(五)は、小丸は午後6時の位置にあります。

ム(六)は、小丸は夜の9時の位置にあります。

ナ(七)は、小丸は夜中の12時の位置にあります。

ヤ(八)は、小丸は夜中の3時の位置にあります。

コ(九)は、面白いことに、小丸はイ(一)とヤ(八)の位置二つ書かれています。
つまり1+8=9になるのです。

ト(十)は、文字通り十で、横線と縦線です。

つまり、カタカムナ文字は、文字の小丸が自転しながら、公転している様子を示しているのです。

これは、万物は自転しながら公転していることを示しているのです。

この例は、原子の構造、体の構造(例えば血液は回りながら体全体を回っていること)、地球上の水の動き、地球の自転や公転、太陽も自転しながら銀河宇宙を公転していることなどです。

以上、わかりにくい説明でした。すみません。


カタカムナに関する動画

昨日は久しぶりに、カタカムナに関する動画を見ました。

カタカムナ研究所 天野成美さんの動画で、

「まともな直感によって 人間の存在を正当に認識する」というものです。
https://www.youtube.com/watch?v=m7ZuqzLEkK0

これはある程度、カタカムナに関する基礎知識がなければ、よくわからないのでですが、

ある程度その知識があり、カタカムナに関して好意的な立場の人には納得できるものです。

また、SRKWブッダの話しを知っている人には、同様なことを言っていることがわかります。

方法論的なことに関しては、「難行苦行」によってサトリに達するものでなく、

日常の普通の生活のなかで、楽しく行う。

「即ち、アマココロ(アマウツシ)の補給による心身の受け入れ態勢の好調を先決条件とする

明快な解決法の悟りのすべを見出したことになるのです。」

と述べています。

アマココロ(アマウツシ)の意味は、目に見えない根源的な宇宙エネルギーと思ってください。

それを感じられる直観力を鍛えることがサトルための先決条件だと言っているようです。

天野成美さんは、まだSRKWブッダの言っていることを知らないようです。

もちろん、誰が言おうと、どのように言おうと、

多くの人々が本当のことを知るようになればよいのです。


石法如来の特別寄稿:ワクチン接種が進んでいます・・・が。(その4)

順調に進んできたワクチン接種も、ここに来て日別接種回数が減少してきたように見えます。記事を書いている時点(2021年10月23日)でワクチン接種1回目完了者約9.600万人(約76%)、2回完了者は約8,700人万(68%)です。
 
テレビ・新聞をしっかり見て、コロナに対して恐怖心を持つ高齢者(65才以上)の接種率は約85%と高いですが、若い人達は情報収集方法の違いや同年代に感染者・死者が少ない状況から、副作用がきついコロナワクチン接種を敬遠している姿が浮かんできます。
 
私自身、コロナワクチン接種に特段の意義を感じておりませんので、若い人達のこの思いは当然であると受け止めております。
そもそも、テレビなどで大騒ぎするほどの感染症ではない新型コロナにおいて、国を挙げてワクチン接種を推進しなければ感染を阻止できないという確固たる理由が見当たりません。
 
今まで、どの様なワクチンでも任意・自由意思に任され接種していた筈です。現在の状況は、建前では自由意思であり「努力義務」を謳っておりますが、裏側では強い同調圧力・強制力を感じます。
極端に言えば、「どこか、おかしい」と言いたくなる状態で、これしか他に方法が無いかのような一点集中の一途さを感じます。
 
その、一途さが最適・最良の手段であり、適切・安全なものなら私自身真っ先に賛成し、人々に接種を進めますが今回のワクチンは治験完了前の不完全なものです。
 
今まで人生を長く生きて来て、国家が国を挙げて推進してきたものには一歩立ち止まって考えてみる必要があります。日本では、薬害事件が数多く発生しているからです。(以下、引用)
 
「ワクチンを避ける国民感情には過去に何度か起きた薬害が影響している。1948年から翌年にかけてはジフテリアの予防接種で製造企業のミスが原因で924人に健康被害が及び83人が死亡した。89年から93年にかけてはしか・おたふくかぜ・風しん(MMR)ワクチンの接種により多くの子供が無菌性髄膜炎に感染し、約1800人の被害者が出た。
 
これらを背景に94年の改正予防接種法では定期接種に課せられた「義務接種」が「努力義務」へと変更された。近年では子宮頸(けい)がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)感染予防のためのワクチン接種を巡る副反応が大きな話題となった。」(以上、「Bloomberg2020年12月23日」より引用)
 
今回の、コロナワクチン接種において公式に厚労省は、千数百人の死亡事例を公表しております。水面下では、その何倍もの犠牲者が存在しているはずです。
その他にも、多くの人々が接種後の後遺症に悩んでいるのです。・・・国の施策が、果たして本当に正しいものなのか?一歩立ち止まり適切な判断を求められていると観ます。
 
参考動画の紹介
https://rumble.com/vn402t-38817893.html
第10回 コロナワクチンについて知ってもらいたい
 
https://www.youtube.com/watch?v=wfMqHiJ7DIY
スウェーデンは9月29日に規制ほぼ撤廃 | コロナ禍の一年半を振り返ったらスウェーデンに感謝し
かできない【コロナ】
                                                                     
https://www.nicovideo.jp/watch/sm39478484
mRNA爆弾ワクチン
 

*法津如来のコメント

コロナに対する政策について、日本政府はスウェーデン政府のやり方を見習って欲しいものです。
石法如来の紹介動画をみて感じました。


病気の種類

今日は、安易に現代医学の診断名(発達障害)を使ってしまったために、才木広之さんに余計な不信をもたらしてしまったことを謝罪します。

ところで、病気の種類について、過去にこのブログで書いたことを思い出したので、引用します。
https://76263383.at.webry.info/201312/article_25.html

(以下引用)

欲と飢え 老化が病気 それなのに 九十八の 病気に増えた<311>

○少年少女のためのスッタニパータ311.
・・・
人間の病気は次の三つでした。
欲しいという気分。
お腹がすくこと。
歳を取ること。


スッタニパータ311. 第2 小さな章 7.バラモン法経 28.

○中村元先生訳
311
昔は、欲と飢えと老いという
三つの病いがあっただけであった。
ところが諸々の家畜を祀りのために殺したので、
九十八種の病いが起った。


○正田大観先生訳
314.(311) 
かつては、欲求(本能)と飢餓(空腹になること)と老化という
三つの病〔だけ〕が、〔人間たちに〕存在しました。
しかしながら、家畜たちの屠殺から、
〔新たに〕九十八〔の病〕が起こりました。(28)


○一口メモ
家畜に刃を下して殺したことにより、人間はこれまで、欲と飢えと老化という三つの病気しかなかったのですが、その後九十八種の病気が現れたと言われています。

何故、欲と飢えと老化が病気なのか?少し復習してみましょう。

欲が病気であることは、スッタニパータ51番の偈で学びました。

欲望は 病気はれもの 矢と災難 それらを避けて 一人で歩く<51>

http://76263383.at.webry.info/201305/article_21.html

「病気とは治療をしなければ治らないものです。欲望は欲望を満たさなければ止むことはありません。しかし、欲望は一度欲望をみたしても、欲望は満足を知らず、さらに欲望は増大するのです。その意味では、欲望は不治の病だというべきなのです。」

飢えが病気であることは、ダンマパダ203番で述べました。
空腹で 己が苦だと よく分かる 己を知って 涅槃に至る (203)

http://76263383.at.webry.info/201209/article_17.html

「なぜ、飢えは最大の病気なのですか?飢えの治療のために、食べ物を補給しても、決して治らないのです。また明日治療をしなければならないのです。飢えは不治の病ですから、最大の病気なのです。」

老化も治すことの出来ない病気です。生命の老化は止めることが出来ないのです。生命にとって無常とは老化なのです。無常を止められないように、老化も止められないのです。

ここで、98種の病気の一部を列挙してみましょう。(全部は調べられなかったため)

1.眼の病、2.耳の病、3.鼻の病、4.舌の病、5.身体の病、6.頭の病、7.喉の病、8.口の病、9.歯の痛み、10.咳、11.喘息、12.風邪、13.火傷、14.熱、15.内蔵疾患、16.気絶、17.下痢、18.リュウマチ、19.コレラ、20.ハンセン病、21.おでき、22.ハンセン病による変形、23.肺結核、24.皮膚の炎症、25.傷、26.痒み、27.疥癬、28.黄疸、29.糖尿病、30.唾液の病、31.吹き出物、膿胞、32.潰瘍でできた穴、・・・(中略)・・・97.てんかん、98.毒に触れること、かき傷による感染など。

またその後、人間は悪行為を積み重ねることによってでしょうか、現在では標準病名マスターと呼ばれるものに登録されている病名は、20,155種類になっています。

このように、人類は悪行為を重ねることによって、多くの病気に悩み苦しむことになるのですが、病気には意味と役割があるのです。この偈の解説の本筋と外れますから、詳しくは述べられませんが、病気は人類に生き方を改善すべきことを教えているのです。

(以上引用)

最後に書いた「病気は人類に生き方を改善すべきことを教えているのです。」ということは重要です。


出来事をどのように想うか?

今日は孫娘のバレーのプレコンサートです。

実は、10月25日は彼女の5歳の誕生日なのです。

そのお祝いを兼ねて、プレコンサートを見に行くことになりました。

昨日は雨でしたが、今日は良い天気になりそうです。

16日の登山の疲れもほとんどなくなり、ジャンプもできるようになりました。

毎日、よいことがあります。

もっとも、これもどのように想うかにかかっています。

私についても、この一週間を次のように考えることもできました。

登山をしたが、体の節々が疲れて、嫌だ嫌だ、もう登山などはしない。

急に寒くなって、昨日は雨で買い物に行くのも大変だった。

今日は孫娘がプレコンサートを見に来て欲しいと言うけれど、コロナだし、大変だ。

毎日、悪いことがあると思いながら生きていれば、そのようになります。

毎日、良いことがあると思いながら生きていれば、そのようになります。

なぜならば、物事は良くも悪くも考えられるからです。

悪いことを選択しながら、それを想いながら生きていれば、暗くなって、辛くなります。

しかし、良いことを選択しながら、それを想いながら生きていれば、楽しくなります。

人生が明るくなるか、暗くなるかはその人次第なのです。



石法如来の特別寄稿:ワクチン接種が進んでいます・・・が。(その3)

ワクチンの接種が進むと、以前の日常が戻ると誰もが期待しています。勿論、私もその一人です。
しかし私は、得たいの知れないワクチンを国民の大多数が接種したことにより、新たな危機が生じ得るのではと内心怖れています。
 
この度の、コロナパンデミックと比較されるものにスペイン風邪がありますが、なぜ大量の死者数が出たのか不思議に思っていたのですがやはり原因がありました。それは、西洋医学で使用される治療薬です。それを表現する文章を見つけましたので紹介します。(以下、引用)
 
「SARS-CoV2(新型コロナ)は、1920年に発生したスペイン風邪ウィルスと似ている、と言われてきましたが、なぜスペイン風邪は多数の死者を出したのでしょうか?ウィルスがコロナではなかったため、SARS-CoV2よりは強力だった可能性は高いと指摘されていますが、そこが問題ではないと私は考えています。
 
問題は、ウィルスに対する治療法です。当時、欧米社会ではホメオパシーとカイロプラクチイックなど、今で言う自然治癒力を重視する医療を医学のベースとしていましたが、その医学手法からアロパシー(近代西洋医学)=現代西洋医学=対処療法にシフトしている時期でした。
 
スペイン風邪における死者について、一番の問題はそのアロパシーで使われる解熱薬であり、当時で言えばアスピリンです。アスピリンに代表される西洋医学治療が、免疫をいじってサイトカインストームを巻き起こし、ウィルスの変異と拡大と著しい死者数を生み出したのです。
 
発熱という最大の生体防衛機能によってしか抑制されないウィルスに、解熱剤を投与するという愚行が犠牲の拡大を招いたというわけです。スペイン風邪の処置について、ある報告ではアスピリンによる対処療法的西洋医学治療を受けた患者の死亡率は30%弱でしたが、自然療法を行う施設で致死率は1%程度だったとされています。」(以上、『新型コロナワクチンの正体』内海 聡著・ゆさぶる社88~89頁から引用)
 
去年、ヨーロッパでコロナが大流行し沢山の人間が亡くなりましたが、その大半の原因はサイトカインストームであったと聞いたことがあります。
サイトカインストームについては、以前の記事(「コロナこれから・・・。(その6)」2021年9月7日)に書きましたので、是非お読み下さい。
 
なお参考動画として、削除する前に見て欲しい北海道札幌市の医師(JPsikadocter)による動画「厚労省信用できない」と、尼崎市の町医者・長尾和宏氏のワクチン否定派になった動画、更にはイタリアにおけるグリーンパス(ワクチンパスポート)反対大規模デモの様子など3本を上げました。 
 
参考動画の紹介
https://www.youtube.com/watch?v=70j3g7VxxpQ
厚労省信用できない
 
https://www.nicovideo.jp/watch/sm39471028
#524_眩暈、痺れ、立てない…ワクチン後遺症は、60歳以下ばかり 長尾和宏コロナチャンネル
 
https://www.youtube.com/watch?v=baE18GKmQtA
イタリア・グリーンパス反対大規模デモの様子と現状


*法津如来のコメント

ワクチンを打つか、打たないかは、その人の自由です。

ですが、現在は必要な情報が故意に隠されているということがありますので、石法如来が発信してくれる情報は貴重です。

皆様の判断の材料にしてください。


無意識の世界と漸悟と頓悟

少し前から、ある友人と無意識の世界について、メールのやり取りをしています。

お互いにいろいろ共感する点が多いのですが、何かそのやり取りにちぐはぐなところがあるのです。

その違いが少しずつわかってきました。

無意識の世界に対する問題意識に違いがあるのでした。

彼は、心の傷の癒しに関心があったのです。

彼は、心の傷の癒しの延長上に覚りを考えているのでしょう。

私の関心は、もちろん、覚り(解脱)です。

解脱とは、名称(個人的無意識)や形態(集合的無意識)の消滅です。

これらが消滅した無意識もあります。

さて、彼が心の傷の癒しに関心があるのは、発達障害だと診断されてところにあるのかもしれません。

そういえば、このブログに度々コメントをしてくれる才木広之阿羅漢さんも、発達障害と診断されたようですね。

そのような方は、まず心の傷の癒しが必要です。

その上で、覚りに向かう修行になります。

上述の友人は、覚りについて、頓悟と漸悟の違いについてメールをしてくれましたが、

心の傷の癒しを含めて、覚りへの修行と考えているのかもしれません。

解脱は心の傷のない人に現れるものなので、覚りは頓悟と言えるのです。


登山後の体調について

10月16日に登山して、その日に東京に帰って来ました。

翌日17日の朝は普通にラジオ体操をしました。体が少し重い感じなのでスロージョギングは通常の半分しました。

18日は17日と同様の状態でした。

しかし、昨日19日はスロージョギングはできません。

ジャンプが駄目なのです。

ラジオ体操も飛び跳ねるのはできません。

痛くはないのですが、膝の周りの筋肉に力が入らないのです。

77歳では、運動による筋肉痛などは、3日後に来るようです。

これがいつもとに戻るでしょうか観察中です。

話は変わりますが、昨日は衆議院選挙の公示日で、定数465名に対して1051人の届け出があったそうです。

人が異なれば、異なる意見がありますが、よく話しあって、よい政治を行なってもらいたいものです。

ただ、どのような政治になるかは人々の深層心理(無意識)の力が決めているのだと思っています。

それが変わらなければ、政治は変わらないでしょう。



石法如来の特別寄稿:ワクチン接種が進んでいます・・・が。(その2)

ワクチン接種により、期待された抗体値が時間の経過とともに低下し、やむなくアメリカ・イギリス・イスラエルなどでは3回目のワクチン接種(ブースターショット)が進められているようです。
 
参考動画では、NOBOクリニックの龍見昇(たつみのぼる)院長が「3回目のブ-スターショット」は危険であると警告を発しておられます。
ちなみに、イスラエルでは8月1日からサードショット(3回目接種)が始まり、それによりコロナ死者が増えているという内容です。
 
ジョンズホプキンス大学のロバート・ヤング博士によると、ワクチンは重金属とか酸化グラフェンなどの添加物で構成されており、簡単に体外に排出されないように作られているそうです。
重金属や酸化グラフェンなどのワクチン内容物が、接種回数を重ねる毎に体内に蓄積され副作用が出る確率が増すと述べておられます。
 
日本国内では言論を封殺されておりますが、ワクチン副作用による死者及び重篤な症状に陥った人間が数多く出現しています。
細部は、ブログ「泣いて生まれてきたけれど」をご覧になって下さい。
 
2本目の動画は、アメリカ白衣サミットにおけるお医者さんの講演です。スパイクタンパクは、新型コロナ感染症そのもでありワクチンこそが新型コロナ感染症なのだという内容です。
重要な箇所は、スパイクタンパクは体内を循環しかつ長く体内に留まるという点です。動物実験により、スパイクタンパクは新型コロナと同じ症状を引き起こすことが分かったようです。
 
動画の中で、スパイクタンパクそのものが毒素であり、なぜその様な毒素を人体内に注入するのか?と疑問を呈しておられます。
スパイクタンパクは、体じゅうを循環し自分自身の免疫が「敵(異物)」と認識しそれを攻撃し炎症を起こします。
 
スパイクタンパクは、血流脳関門を通過する毒素です。脳の血管を乱すような毒素を、なぜ人体に入れるのでしょう?・・・自分自身の免疫システムが、自分自身の組織を攻撃することになります。
 
これこそ、サイトカインストームと呼ばれるものです。ちなみに、サイトカインストームとは「感染の量が多くなると、炎症の量も多くなり、サイトカインも大量に放出されます。 それをサイトカインストーム(サイトカインの稲妻、サイトカインの暴走、免疫暴走)と呼んでいるのです。」とあります。結論的には、危険なので「ワクチンをすぐやめなさい」という内容となっています。
 
参考動画の紹介
 
https://odysee.com/@tatsuminoboru:b/boostershot:5
ブースターショットは危険NCTV#090
 
https://odysee.com/@ttubouti:7/WhiteCoartSummit---%E5%A4%A7--540p:3
ワクチンをすぐやめろ!アメリカ白衣サミットにおけるお医者さんの講演です。スパイクタンパクが新型コロナ感染症なのです。ワクチンが新型コロナ感染症なのです。
 
https://www.nicovideo.jp/watch/sm39469350
SATORISM TV.190「遂に始まったか!米軍の人工知能が示したワクチンの真の恐ろしさ!サイトカインストームで人口激減か!」」
 

*法津如来のコメント

石法如来、今回も寄稿ありがとうございます。 

77歳の老人が横尾山(海抜1818m)を登った感想

10月15日、みすがき山自然公園の近くの民宿で前泊しました。

10月16日の朝8時、信州峠(海抜1464m)の登山口を出発。

案内では登り1.5時間、下り1時間になっていました。

山頂には10時すぎでしたから、かなりゆっくり登ったわけです。

始めは曇っており、風もあり、かなり寒いという状態でした。

歩く始めると体も温まり、途中からは汗もかき、上着を一枚脱ぎました。

花の時期は過ぎていましたが、まだトリカブトの紫の花が残っていました。

曇っていましたから、山の神に「時々は晴れてくれ」と頼みました。

山頂近くになると晴れて、周りの八ヶ岳、南アルプス、瑞牆山、金峰山などが見えました。

山頂では、バナナを食べ、コヒーを飲んで、下山しました。

帰りは、太陽に照らされたススキ野原が綺麗でした。

というわけで、無事登山は終了したわけです。

翌日(10月17日)は、体の痛みはないのですが、やはり体は重い感じでした。

普通にラジオ体操に行きましたが、その前に行うスロー・ジョッギングは半分でやめました。

老人になると運動後の筋肉痛は翌日ではなく、年齢に応じて遅くなるのです。

ですから、筋肉痛が起きた時はどの運動の筋肉痛かわからなくなります。

最後の感想。

登山は自分の都合でゆくりしたり、中止はできますが、これが自然災害の場合をどうでしょう。

自然災害の場合は、そのようにいきません。

災害にあった高齢者や病人は大変だろうなと改めて、人ごとでなく考えました。



石法如来の特別寄稿:ワクチン接種が進んでいます・・・が。(その1)

日本では、2021年4月から本格的に新型コロナウィルスに対しワクチン接種が始まり、順調に接種が進んでいるようです。
データーを見ますと、10月14日現在・・・1回接種者は約9,400万人(74%)で、2回接種者は約8,300万人(65%)と全国民の80%接種を目指す動きに見えます。
 
ワクチン接種の効果なのでしょうか?・・・現在、新型コロナウィルス感染者は減少傾向が見られます。願わくば、このままコロナ騒動は終息して欲しいものです。
一説によると、コロナの毒性は低下し悪い症状が出なくなった模様で、PCR検査陽性者が減少するなら当然騒ぎは終息の方向に向かうはずです。
 
果たして、このままコロナ騒動は終息するのか?という問いに対し、私は少し懐疑的に見ております。イギリスやイスラエルの例を見ても分かるとおり、ワクチン接種後暫くの間感染が収まっておりますが、その後に感染爆発を起こしているという現実があるからです。
 
日本の場合、次流行のタイミングが真冬インフルエンザの時期とぶつかりそうですから、感染爆発が起こったら大きな規模になると想像出来ます。
 
ちなみに、イギリスではコロナで死亡する人のほとんどがワクチン2回接種者であるという話です。・・・コロナ・ワクチンには感染予防効果が薄いことや、逆に症状を悪化させる可能性があることは以前から指摘されておりましたが現実化しているようです。(参考動画として予定していた、「英国報告書より、ワクチン2回接種者が非接種者の3.4倍の死亡率」の動画が削除されました。)
 
またイスラエルの方でも、入院患者の85~90%はワクチン接種者であるという報道がされています。ワクチン接種を推進している日本でも同様のことが起こり、冬にかけ入院患者が激増する可能性があり気を引き締める必要があります。
 
なお、現在行われているワクチン接種は個人の任意・自由意思で進められているものです。個人の自由の侵害や、人間平等の思想から逸脱した「接種の強制や同調圧力」は本来あってはならないことです。まもなく、日本国内において実験が開始される「ワクチン・検査パッケージ」はすでにイギリスで廃止された「ワクチンパスポート」を彷彿させ、ワクチン接種に繋げる下心が見え隠れします。
 
現在、「社会のために」というかけ声(言葉)のもと人々の行動は制限され、多くの人々はそれに従っています。それが、本当に正しいことなのか?目に見えない恐怖は本物なのか?・・・それらを真剣に考え行動しないと、大切な個人の「選択の自由」を失うことに繋がる局面であると観ます。
 
参考動画の紹介
 
https://www.nicovideo.jp/watch/sm39452775
ワクチンが免疫力を下げている可能性がある
 
https://odysee.com/@tatsuminoboru:b/ade%EF%BC%83087:1
ワクチンを打った人の方が感染、重症化しているNCTV#087
 
https://www.youtube.com/watch?v=NJXpOXVLM3A
2021.10.13【米国】ワクチン義務化「我々の自由と権利を蹂躙するな」奪われる選択の自由!!子供たちの未来のために自由を守るパイロットたちの戦い【及川幸久−BREAKING−】  2021.10.15投稿



*法津如来のコメント

今回の石法如来の特別寄稿は、10月15日に頂きました。

10月16日のブログの掲載予定でしたが、

横尾山近くの民宿でのネット環境が悪く、ブログを更新できませんでした。

よって本日(17日)に掲載することになりました。

石法如来また彼の投稿を期待されていた読者にご迷惑をかけました。

申し訳ございません。謝罪致します。


山梨と長野の県境にある横尾山に登る予定

今年は新型コロナウイルスのおかげで、沖縄旅行を取りやめました。

その代わりに7月の終わりに清里高原にいきました。

高原の空気を吸い、鳥の声を聞き、自然のリズムを改めて意識するようになりました。

そこで、9月23日はお彼岸のお墓まいりのついでに、近くの妙法ヶ岳に登りました。

妙法ヶ岳は埼玉県秩父の三峰三山の一つで、標高1332メートルの山です。

今月は、今日(15日)横尾山に行くことにしました。

「山梨県北杜市と長野県川上市の崎位に位置する山。標高1818メートル。

カラマツと笹原が美しい山で、山頂付近の稜線は開放感があり、展望が素晴らしい。

登山中はずっと奥秩父の山並み、八ヶ岳の展望などが楽しめる。」

との記事がありました。

ネット環境が悪いそうですので、明日のブログの更新はできないかもしれません。
なぜ、その山に登るのか?

妻は今だに、ロッククライミングをやっていて、そのために長野県川上市に時々いくのです。

その時、横尾山を見ていて、その山が気になっていたとのことです。

私は、それに付き合うという次第です。

標高1818メートルは標高1332メートルより、少し高いので途中で下山するかもしれません。

登頂まで登らなければいけないというものでもありませんので。


ダンマパダ182番

一昨日(10月12日)、ダンマパダ182番を引用しました。

「人間の身を受けることは難しい。

死すべき人々に寿命があるのも難しい。

正しい教えを聞くのも難しい。

もろもろのみ仏の出現したもうことも難しい。」(中村元 訳)

私は過去にこの偈について、3回解説しました。

もろもろの仏は出現しがたい
https://76263383.at.webry.info/201003/article_23.html

人間に生まれることは稀なことブッダ出現は奇蹟のようだ
http://76263383.at.webry.info/200905/article_14.html

人間に生まれることは有り難い
http://76263383.at.webry.info/200806/article_10.html


しかし、それらは私が解脱して、ブッダ(如来)になる以前に書いたものです。

それらの解釈は、間違えとは言えないものですが、

本来のブッダの意図とは異なるものです。

ブッダの本意は後半の2行です。

3行目「正しい教えを聞くのも難しい。」とは、「法の句」を聞くのは難しいという意味です。

4行目「もろもろのみ仏の出現したもうことも難しい。」とは、そのために「法の句」聞いた修行者がブッダになることは難しいという意味です。

このことはゴータマ・ブッダの生存されたいた時の弟子たちには、当然理解されていたはずですが、

時を経て、意味が曖昧になったのでしょう。

このことを、法華経の方便品で次のように述べているのです。

「諸仏世尊はただ一大事因縁によってのみ世に出現したまう」

しかし、この指摘も法華経を学ぶ修行者にも理解されずにいました。

これを、六祖慧能が法華の持者法達に教えたことが「六祖壇教」で述べられています。
(タチバナ教養文庫「六祖壇教」235ページ)

しかし、この重要な教えを、現代の仏教修行者は忘れて、いや理解できずに、解脱できず、ブッダ(仏)になれずにいたのです。

慧能から約1300年経て、現代のブッダたるSRKWブッダがそのことを、自ら覚り、明らかにしてたのです。

その言説のおかげで、その後、法津如来、捗法如来、法風如来、石法如来、慈栄如来などが続々と世に出現したのです。

その意味で、SRKWブッダは偉大なのです。


石法如来の特別寄稿:「あるギタリストの死」と仏教

あるギタリストとは、今年6月(2021年6月)82歳で亡くなった寺内タケシ氏のことを指します。振り返れば私とギターとの出会いは、高校2年生の時偶然隣の席に座ったM君に「ギターやらないか?」と誘われたのがきっかけです。
 
その頃流行っていたのが、アメリカのギターインストルメンタルバンド・ベンチャーズであり日本の寺内タケシ(とブルージーンズ)でした。
当然、最初からギターが弾ける訳もなく毎日M君宅で特訓です。ぼろんぼろんが、ポロンポロンになりやがてシャリーンと綺麗な音になるのですが、指先は痛くなるし手首は疲れるしで、なかなか骨のおれる修業ですが「上手くなりたい!」という意思があり練習が苦ではなくなります。
 
音楽センスも才能もまるでなしの私ですが、聞いている音楽の内容が変わると人間の内面にまで変化が表れます。それまで、歌謡曲しか聴いたことがなかったのですが、洋楽分野のギターですからそれまでとは次元がまるで違うのです。
 
ギターは、小さなオーケストラと言われるほど幅広い音域の楽器です。上手な演奏家なら、一人でどんな曲でも弾きこなすことが出来て、聴衆をうならすことが出来ます。
亡くなった、エレキギターの神様と称された寺内氏は、まさにそのような人物でした。
 
人間は、自分の手本になるような人間を見つけて「自分もそうなりたい」と思うものです。仏教の分野でいうと、私の場合はずっとゴータマ・ブッダを追いかけて来ました。
その人間が、偉大であればあるほど自分もその地点に到達出来なくても、そこそこの高見に到達する可能性があるというのは、間違いのない事実です。
 
ギターで言えば、目標になる人物がレコードなどを出している訳ですから、聞いて弾き方やコード進行など、色々な情報を得ることが出来ます。
その点は、仏教思想という把握しにくい内容の学びとは違います。最も、レコードを聴いてその人のテクニック・思想の全てが把握・理解・習得出来る訳ではありません。
 
毎日毎日、レコードを聴いたりギターになじんでいると、段々人間もそのように作り上げられて行きます。下手ながらも、目標を持って臨んでいると身体全体が生き生きして来るのです。
私の場合は、それまで精神的に暗黒で将来展望も見通すことが出来ないような人生を送ってきましたが、高校2年生でギターに出会い人生に希望・展望が開けてきました。
 
自分にとって、エレキギターの神様と言われた寺内氏の技量に比べたらまるで足下にも及びませんが、同じ道を目指そうそうとした行為そのものが一番の財産となりました。
ギターに関して言うと、師匠のM君はレコードを一度聴いたらギターで表現出来るほどの人物でしたから、自分とはまるで違う人間だと正直思いました。
 
結局M君は、当時ギタリストで歌手・タレントだったアントニオ古賀の付き人からマネージャを長く勤めました。彼は、すでに亡くなりましたが多少音楽的才能に恵まれていても、プロのミュジシャンへの道は遠かったということです。
私の場合は、M君を見て自分の才能の無さに気づきました。気づきが早かったので、下手な夢を追いかけずに済んだと言えます。
 
音楽の世界に限らず世間には、亡くなった寺内氏と同じように上手くギターを弾ける人は沢山います。でも寺内氏は、エレキギターの第一人者であり草分けという存在です。
いくらギターを上手く弾けても、その世界で第一人者にも草分けにもなることは出来ません。
 
その意味で、私は仏教の世界ではSRKWブッダがこの世界の第一人者であり草分けであって、他の追随を許さないほど大きな存在であると観ます。
先頭を行く者が偉大であればあるほど、追随して進む者も数多く出現し到達する境地も自ずと高いものになります。そう考えたら、未来が本当に楽しみです。


*法津如来のコメント

今回も寄稿ありがとうございます。

次回は「ワクチン接種が進んでいます・・・が。(その1)」だそうですが、
(1)から(3)までの予定で投稿してくださるそうです。
楽しみにしてください。


心配しなくてもよい、大丈夫、宇宙はうまくできている。

みなさま、おはようございます。

今日は、初めに報告をします。

昨日は、過食をせずに通常通りの少食にしましたら、やはり夜中にトイレに一度も行かずにすみました。

今日は、世間の人々は心配しすぎだということを言いたいと思っています。

新型コロナについてはもちろんですが、

昨日は毒ヘビに噛まれた時、破傷風のワクチンを打った人はその血清を打っても良いだろうか

という電話の問い合わせを受けました。

その知識は必要でしょうが、まだ、毒ヘビに噛にまだ噛まれてもいないのにです。

心配しすぎです。

今日は「心配しなくてもよい、大丈夫、宇宙はうまくできている。」ということについてお話しします。

私はつねひごろ、「心配しなくてよい、大丈夫、なんとかなる。」と思っています。

ダンマパダ182で、ゴータマ・ブッダは次のように教えています。

「人間の身を受けることは難しい。

死すべき人々に寿命があるのも難しい。

正しい教えを聞くのも難しい。

もろもろのみ仏の出現したもうことも難しい。」

この言葉の解説を深くすると長くなりますので、簡単に説明すると、

あなたは人間として生まれてきただけで、奇跡的な幸運の持ち主なのです。

ですから、心配ないのです。

大丈夫です。なんとかなります。

また、最近次のような動画を見つけました。

「なぜ宇宙はこんなにうまくできているのか  ~宇宙大学~ 野本麻紀氏による宇宙セミナー」
https://www.youtube.com/watch?v=vxcTupKVYSo

少し難しですが、宇宙が本当にうまくできていることを説明してくれています。

これを見ていると、人間はもちろん私もうまくできていないはずはないと思われます。

本当にうまくできている私が、うまくいかないはずはないと思われます。

ですから、大丈夫なのです。

夜中にトイレに2回行く

今日は新聞休刊日なので、このブログに書くテーマを新聞から見つけることはできません。

また、前日書いたブログ記事の内容の続きで書くこともありますが、昨日の記事は一応あれで完結です。

ただ、昨日は夜中にトイレに2回行きました。

夜中に1回はたまにはありますが、トイレに2回いくことはほとんどありません。

なぜか考えました。

思い当たることは、食べ過ぎです。

以前の食生活は、比丘(テーラワーダ仏教の僧侶)の戒律(正午以後の食事の禁止)により、1日2食でありましたが、還俗によりその戒律からは自由になりました。

妻との共同生活になりましたので、妻の食生活に合わせることになりました。

そこで現在は、朝食、昼食、夕食の3回食べるようになりました。

量はあまり多くなく、朝は自家製の豆乳ヨーグルトとりんごかバナナ、

昼はサラダと蒸したサツマイモ、夜は妻の作った夕食ですが、いわゆる主食は食べません。

その他、1日2リットルのお湯は少しずつのんでいます。

昨日は、所用で妻と外出しました。

昼の食事は外食、うどんを食べました。

それが大盛りでお腹いっぱいになりました。

また、夜は妻が友人からもらったというジャガイモがいっぱい入った肉じゃがを残さず食べました。

私は食べ物は残さない習慣になっていますので全て食べたため、またお腹がいっぱいになりました。

多分これらが夜中に2回トイレに行った原因だと思われます。

老人になると、トイレが近くなるとい言われます。

高齢で夜中のトイレで悩んでいる方は、食べ過ぎが原因ではないかと考えたらどうでしょうか。


今日は目の愛護デー

今日は目の愛護デーだそうです。

10月10日の1が眉毛で0が目、それが二つ並んでいるからでしょうか?

さて、昨日「出来事が共通であれは、人々の世界は融合するということです。

この例は人々はパンデミックという共通の出来事に遭遇しているということです。」と書きました。

まだ記憶に新しい人々の共通の大きな事故では、

2011年3月11日に、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故でしょう。

あの日のことはまだ覚えているでしょう。

あの時、私は何をしていたか思い出せます。

多くの人が、東北の人々に支援金を集めたり、ボランテャに出かけました。

みんな、少しは優しくなったりもしました。

自分の人生について考える人も増えたような気がします。

しかし、そんな雰囲気が薄くなったような時、新型コロナウイルスのパンデミックが現れました。

これは、東日本大震災とは違って、世界規模で起きています。

それはまだ続いています。

これが、どのような結末になるかはわかりませんが、

世界規模で人々の意識が大きく変化し、社会が大きく変化することは間違いないでしょう。

歴史は繰り返されると言いますが、らせん状に進化しています。

人々の意識の根底は繋がっていますから、一人の意識の変革は大切です。

自分が変わってもどうにもならないと思わずに、

自分が変われば、世界が変わると思ってください。


10月7日夜の首都圏地震

一昨日夜の地震の時、私はすでに寝ていました。

その時は随分長い地震だなと思っていましが、そのまま寝ていました。

翌日の夕刊で知ったのですが、交通は混乱し、帰宅できなかった人多くおられたようです。

同じ出来事でも、被害や受け取り方、感じ方が異なることを改めて思いました。

人は自分の立場から、見て、感じて、判断しますから、

他人を思いやることが難しいことがよくわかります。

また昨日は、「すぎやまこういちさん死去」という報道もありました。

私は、「すぎやまこういちさんとは誰?」と思いました。

人気ゲーム「ドラゴンクエスト」の音楽などで知られている作曲家だそうです。

私は、「ドラゴンクエスト」について名前だけは聞いたことはありますが、

ましてや、その音楽の作曲家については全然知りません。

人はそれぞれ別の世界に住んでいるようです。

別の世界に住んでいるのですが、同じように喜怒哀楽があります。

別の出来事に遭遇しますが、同じように苦しみがあり、楽しみがあります。

ここから何を発想するでしょうか?

私は、二つのことを発想しました。

一つは人の思いにはパターンがあるということです。

もう一つは、出来事が共通であれは、人々の世界は融合するということです。

この例は人々はパンデミックという共通の出来事に遭遇しているということです。

今日はここまです。

ラジオ体操に行ってきます。



石法如来の特別寄稿:「道の人」(本物)の見分け方

世の中に、本物の「道の人」は存在するのか?と考えることがあると存じます。今日は、その事について少し考えてみます。(考察の対象は、修行者です。)
 
人間という生き物は、欲がありますから自分自身の持つ判断の尺度も、その欲目を基準にしています。・・・ということは、自己の持つ判断の基準はあまり当てにならないということになります。
 
修業の可否・あるいは人間の幸福というものは、「道の人」との出会いにより決定される部分が大きいですから、出会いがその人の人生に占める割合・強度は考える以上に大きなものがあります。
そう考えたら、本物に出会わなければ目的(覚り)達成は不可能と言えます。
 
この世を長年生きてきて断言出来ることは、この世において道の人と称する人物(宗教者・思想家など)はほとんどが偽者です。また、偽者に限って外観を飾ったり、出版物に上手いことを書きますからすっかり騙されてしまいます。
 
騙されやすいのは、案外自分自身に自信を持っている人間です。「自分は、騙されることは無いだろうし、騙されない自信がある。」等というのが一番やっかいなのです。その人の自信の表れこそ、相手に付け入る隙を与えているのです。
 
そういう私も、大きなことは言えません。新興宗教団体(阿含宗)に、過去すっかり浸かりお金を貢ぐ結果となりました。
今振り返れば、学んだものはがらくたばかりで真に自分自身の血肉となったのは、「阿含経の存在を知り、自ら学んだ」ことだけです。
 
それでも、いまだにその教団に在籍し同じ境涯を堂々巡りしている会員も数多く存在しています。いつまでも、進歩無き世界に安住していても安楽(覚り)を獲得することは出来ません。
 
私は、先に「私の出会った偉人たち」の記事の中で、SRKWブッダこそ本物であると書きました。SRKWブッダを、よく観察すると本物の「道の人」の姿が浮かんできます。
 
それは、「仏として生きている」ということです。・・・仏は、「職業を持つことができない」から経済活動は出来ません。経済活動せずに、生きていかなければいけないのです。
SRKWブッダは、2001年12月の覚りを得た時点から約20年間、「仏として生きて来た」ことに対し、それこそまさしく「道の人」の生き方であると大いに賞賛します。  
                                                  
考えて見れば当然ながら、凡人はみな「人を集め・物を集め・お金を集める」ことに執心しています。経済活動の原則である、その様な行為に走る人間はみな凡人であり「道の人」ではありません。
「道の人」は、どこまで行っても「理法に逆らう」生き方は出来ないのです。何より、精神の純粋性を保つには、経済活動など行えないし行ってはいけないのです。
 
「道の人」は、見方によっては普通のおじさん(おばさん)であり、特段尊敬に値する人物には見えません。そう考えると、どこにでもある路傍の石の如き存在に見えますが、決してそうではありません。
 
「仏として生きている」、その生き方を示すことによりあとに続く者の手本となり、「法を説く」ことにより後に続く者に生き方・歩み方を教えることになります。
それは、単なる路傍の石に止まることなく、どこまでも気高い崇高な輝きを放っています。その輝きを、キャッチする人間もいればしない人間も出来ない人間もいます。
 
本物は、見ようによっては「全く大したことない」ように見えます。・・・著書で上手いことを書き、見える部分(表面)を着飾り、甘言を弄する者に衆生は惹かれるというのがこの世の常ですが、それは単なる幻想・幻惑・妄想に過ぎません。
目の前の迷いを乗り越えない限り、本物の「道の人」と出会うことは難しいのです。


*法津如来のコメント

今回も、大切なことを教えられました。

次回は、「「あるギタリストの死」と仏教」というお話しだそうです。
これも楽しみですね。


 

優しさと、人間として一番優れていること

10月4日の記事の中で、「『やさしい』を漢字で書くと『優しい』となります。」と書きました。

それについて、halさんから「人を 憂える やさしい ひと」とコメントを頂きました。

始めは、優は「人を憂う」と書いていることに気づきませんが、さらにhalさんから、次のブログ記事の紹介コメント頂きました。

【優という字 太宰治】 優しさと、人間として一番優れていること
https://ameblo.jp/kotonohakokoro/entry-11437946340.html

(以下引用)
■太宰治

「私は優という字を考えます。
 これは優(すぐ)れるという字で、
 優良可なんていうし、
 優勝なんていうけど、

 でももう1つ読み方があるでしょう?
 優(やさ)しいとも讀みます。
 そうしてこの字をよく見ると、
 人偏(にんべん)に、憂ふと書いています。
 人を憂(うれ)へる。

 ひとの寂しさ侘しさ、つらさに敏感な事、
 これが優しさであり、
 また人間として一番優(すぐ)れている事ぢゃないかしら」

 1946年4月30日付け 河盛 好蔵あて書簡より

(以上引用)

halさんのコメントはいくつかのコメントの中で埋もれてしまわないように、今回取り上げてみました。


今日の運勢

シンクロニシティを感じるようになって、占いにも興味を持ち始めました。

今日(10月6日)の東京新聞の運勢の欄に次のように書いてあります。

(以下引用)

ね   一に努力、二に努力、努力を重ねて努力を忘れ悠然となる

うし  富は一生の宝、智恵は万代の宝。智惠を磨きて大吉

とら  瑞雲に臥して眠る意あり。援助者ありて心安らか

う   親不孝なる子に先祖の助けなし。親孝行をして吉運

たつ  自分を偉いと思った時に他人は汝より遠ざかる

み   法の話を聴くと我が身の価値のなさが知れる。そこに真の価値あり

うま  本日は不運なるも背水の陣にて巻き返す時

ひつじ 大鳥大空に飛び来るが力なくして落ちる。英気を養って他日の発展に備えよ

さる  三日読書しなければ人相衰えるという。好書を読みて心快活なり

とり  一を以て千万を知る。身近から整えれば困難は必ず突破

いぬ  北窓の新竹茂りて、はなはだ暗し。静寂に身を置いて心澄ませよ。邪念は消えゆく

い   苦言を受け入れる度量ありて開運へ向かう

(以上引用)

これは松風庵主という方が毎日お書きになっておられますが、

いつもその干支でない人でも参考になる言葉が述べられております。

ありがたいことです。


石法如来の特別寄稿:私が出会った偉人たち。(その3)

人間は、何のために生きるのか?・・・ありふれた質問ですが、その答えの中にその人の全てが現れます。
人々の中には、今生きるのに精一杯の人もいることでしょう。中には、死にたくないから生きている・・・という人もいるかも知れません。何らかの目標・目的を持ち、人生に情熱を燃やして生きる姿はある意味尊く美しいものですが、中にはお金が欲しい・地位が欲しい・名誉が欲しいと、人間の欲望のままに生きている人間も数多く存在するのも事実です。
 
大体、政治家・実業家などと呼ばれる人間は概ね野心家が多いですから、当然そのような部類に入る人間達です。私は、記事の中で偉人として三名の人物を挙げましたが、本物はSRKWブッダだけです。
 
SRKWブッダは、本物の仏ですから職業を持つことが出来ず経済活動を行ないません。故に、余計なものを一切身に付けないで生きているのです。・・・この、基本事柄を守ることの至難さは他の人物を見ればよく理解出来ます。
 
空手家の大山倍達氏は、お金や名誉に関してそれ程頓着があった人物とは思いません。ただただ、自分の空手流派の普及・発展を願い行動する人物であったと考えますが、本人の死後(空手)団体相続の問題が持ち上がり、大きな内紛になり裁判沙汰ののち団体は分裂していくことになります。
 
分裂も、一つや二つでは無く(全世界では)数十団体にも分裂して行きました。・・・格闘技界というのは、仏教の教えでいう(六道の)修羅界ですから争いがあってある意味当然の世界です。
強さと、個性を持ち合わせた弟子達を束ねてきた功績の大きさは評価出来ますが、大山氏一代で築き上げた空手団体は一瞬のうちに瓦解・分解してしまいました。
 
組織が大きくなると、人も集まりお金も集まります。そうなると必然的に、次の地位を狙う存在が現れ大きな争いに発展することは予測可能だったはずです。
大山氏にその意図がなかったとしても、死後団体内に醜い相続争いを生起させ、一代で築き上げた空手団体を分裂・分解にみちびき結果的に晩節を汚すこととなりました。
 
阿含宗の桐山靖雄管長は、欲望の権化のような人物です。彼が、直接お金を集めなくても教団の集金システムは彼(と役員)が作り上げたものです。
私も、七年ほど教団に所属しそれなりの金額を教団に納めました。それは、私ばかりではなく古参会員ほど多額の資金を教団に差し出したはずです。
 
面白いもので、教団における所属年数の古さと納付した金額の大きさによって、教団内でそれなりのお役・立場が与えられるのです。私の思い違いでなければ、教団の中身とはその様に見えました。
教団内は、一から十までお金がかかるシステムが出来上がっているのです。
 
私が教団在籍中に、一番がっかりしたのは京都山科区花山(かざん)の総本山を建立した際に、管長ご夫妻の銅像を建てたという話を聞いた時です。
「死ぬまでに、私は必ずブッダになる」と言っていた人間が、何で夫婦の銅像なのか?。・・・乗っているのは高級車ベンツで、法衣も煌びやかに着飾り名誉称号まで授かる?・・・。私が、教団退会を決意した理由にもなった事実です。
 
彼は、宗教家を語る実業家でした。ですから、全ては自分自身の事業拡張のために行っていたことです。それを、「因縁解脱できる。」というキャッチフレーズのもと修業を重ねたとしても、どこまで行っても目的達成など不可能です。・・・根本が、間違っているからです。
 
作られたものは空(無常であり苦であり無我)であり、やがて失われて行くものです。SRKWブッダ以外の2名の偉人(?)は、死後組織をちりぢりに分裂・分解させ世界の武道家達を迷わせた者。あるいは達成出来もしない(成仏という)目標を自分の私利私欲のために利用し、衆生をどこまでも迷路に誘い込んだ者・・・達(たち)です。
 
SRKWブッダの真に偉大なところは、近年において覚りを得た第一人者であると言うこと。最初に「覚り」に到達したという事実に、言葉を超えた真の価値と意味があります。
次に、「仏として生きている」と言うこと。仏には自然に出来ることですが、衆生にその生き方は真似が出来ません。
 
本物は、世間の雑踏を気にせず社会の対応変化の中で静かに生きているのです。

(おわり)


*法津如来のコメント

「石法如来の特別寄稿:私が出会った偉人たち。」は今回で終わります。

正直、私もなぜ空手家の大山倍達氏や阿含宗の桐山靖雄管長が出てきましたので驚きまいた。
この結論で納得いきました。
石法如来ありがとうございました。

次回は「「道の人」(本物)の見分け方」を投稿していただけるそうです。
よろしくお願いいたします。


ソ連崩壊から30年

昨日の「コロナ以後を予測する」の中で、「2024年アメリカ合衆国の没落」と書きました。

そうしたら、今日の東京新聞に、「ソ連崩壊から30年」という記事がありました。

1991年12月、にソ連が崩壊。ゴルバチョフ大統領は大統領職を辞任したのです。

それ以前に、多くのソ連国民はソ連崩壊を望み、新しいロシアを望んでいたのでしょう。

国については多くの国民が本当に望んだ通りになります。

個人については、その人が本当に望んだ通りになるのです。

もし、そのようにならないとしたら、本当にそのようには望んでいないのです。

その辺は無意識の領域なので自覚できないだけなのです。

・・・・・・・
多くの人々は、だいたい明日はこうなるだろうと予測しているから、そのようになります。

しかし、中には将来こうなってほしいと強く願う人がいます。

そして、その願いに従って、少しでも行動します。

そのような人がいるから、世の中は変わっていきます。

ぜひ、皆さんもそのような人になってください。

・・・・・

話は変わりますが、「やさしい」を漢字で書くと「優しい」となります。

しかし、私は「やさしい」を「優しい」と書くことに抵抗感がありました。

何故ならば、「優」という漢字は、優劣の「優」であるからです。

「優劣はない」と思っているからです。

「違いはありますが、優劣はないのです。」

しかし、ある動画を見ていたら、「やさしい人」は「優れた人」なのですと言っていました。

そういう見方もあるかと感心しました。

それならば、「優しい」と書いてもいいかなと思いました。

・・・・・

話はまとまりませんでしたが、皆様、今日も良い一日でありますように。


コロナ以後を予測する

混乱の中にいると、先のことがまったくわからなくなります。

そうすると不安になります。しかし、変わらない現象はありません。必ず変わります。

苦しいことがあっても、それがいつまでも続くことはありません。

ですから、心配しなくてもよいのです。

また、その変化には型があります。

始めは小さな変化です。それが中くらいの変化になり、大きな変化になり、

それが最高になり、変化がなくなり、変化は反転します。それの繰り返しです。

変化の型はどのような現象にも当てはまるのです。

そのために、易経の理論や占星学などが研究されています。

歴史は繰り返すととか、個体発生は系統を繰り返すなどといわれます。

世界的な疫病の流行もだいたい100年おきくらいに起き、3年くらいかけておさまっています。

新型コロナの流行は、2020年くらいに始まって、2022年くらいにはおさまるでしょう。

先日、9月20日に「シンクロニシティについて」で紹介しました水口清一氏が次のテーマで動画を出しています。

「数霊から見た近未来」
https://www.youtube.com/watch?v=IP3qu_vLdfU

数霊とは、人類の集合無意識が作り上げるものだと考えるとあながち荒唐無稽なものではありません。

この動画は2020年5月30日に発表されたのですが、その予想の結論を書いておきます。

2020年 新しい時代に生まれ変わる

2021年 創造的破壊の年になる

2022年 人類は中岐路に立つ

2023年 グローバリズムの衰退

2024年 アメリカ合衆国の没落

2025年 資本主義社会の終焉

2026年 新しい文明の始まり




石法如来の特別寄稿:私が出会った偉人たち。(その2)

阿含宗の桐山管長は、書(執筆)いて良し話して(法話)良しのオールラウンド宗教家でカリスマ性の塊のような人物です。
私も、7年ほど阿含宗に在籍し仏教とは何か?宗教とは何か?を一から教えて頂きました。ゴータマ・ブッダの教法に最も近いと言われる『阿含経』の存在を知ったのも、桐山氏の広報活動のお陰です。
 
桐山氏が、著書や法話で阿含経を広めていなかったら、それ(阿含経)に出会えていたかどうか分かりません。その意味では、仏教上の恩師と言えなくもないのです。
 
最後は、SRKW(白川)ブッダです。・・・私が、SRKWブッダの存在を知ったのは相当遅く、2017年7月にワンギーサ先生(法津如来)とメールのやり取りを始めて以降の話です。
それまで、全くその様な人物の存在を知りませんでした。大体、「覚った人がこの世に存在する」こと自体考えたことがありませんでした。
 
当時、私自身の見解はゴータマ・ブッダこそ覚った人であり、尊敬すべき人であり教えを聞くべき人であると考えておりましたから、それ以外は想定外で考えた事すらなかったのです。
 
初めて、ワンギーサ先生(法津如来)にSRKWブッダの存在を耳にしたのですが、最初は全く信用しませんでした。それは、完全な「眉唾(まゆつば)」であり自分自身そう名乗ること自体怪しいと考えました。
当時、さらりとSRKWブッダの書かれた文章を読んでも理解力の欠如+信じる気持ちゼロで、全く身に付かず「よく分からない・嘘だろう・文書では何とでも書ける」というくらいの認識でした。
 
今振り返れば、自分自身ゴータマ・ブッダの説かれたという経典を信じ、その教えに囚われすぎていたのです。当時、ワンギーサ先生(法津如来)は本当に、忍耐をもって懇切丁寧に対応して下さいました。
その後、電子版の『覚りの境地』を購入し読み進めるうち一気に視界が広がり、直接本人(SRKWブッダ)とスカイプで会話し衝撃を受けました。
 
私の受けた衝撃というのは、「この世のものとは思えない雰囲気」に出会ったことに尽きます。・・・それまでの人生で、誰一人感じたことの無い(別次元の)雰囲気を感じたのです。
その時、何を話したか忘れましたが異空間?の不思議な感触は暫く残り、その頃からSRKWブッダの教えも理解出来るようになり、自ずと「間違いなく覚りを得た人物である」と確信するようになりました。
 
SRKWブッダの凄いところは、当然ですが「仏として生きている」という点に尽きます。仏として生きるとは、何をもって表されているかというとそれは生活全般においてです。
何より、「仏は職業を持つことができない」訳ですから、生活も当然質素なものになります。
 
その辺りのことを『覚りの境地』(2019改訂版)に「もし出現した仏が家族持ちであれば、仏とその家族が生活していくのに困らないだけの最小限度の過不足のない経済活動が行え、かれらが楽しく豊かに生きていける世の中になるように社会構造が対応変化する。」(同本・24頁から引用)と。
 
文章にしたら、とても短くそれがどれほど意味深いものであるか見逃されそうな内容ですが、そこに仏の生活の全てが表現されています。
私の場合は、61歳まで生活のために職業人として仕事に従事・専念し、自分・家族を養ってきましたが仏になれば「社会構造が対応変化して最小限度生活に困らないで生きていける」などと、考えたことも想定したもありませんでした。
 
SRKWブッダは、2001年12月の覚りを得た時点から「そのように生きて来た」ことに讃歎の声を上げざるを得ません。
それは、「言うは易く行うは難し」そのものだからです(本人は、自然に生きているのですが)。・・・世を見渡せば、世人はみな「物を集め・人を集め・お金を集め」ることに執心しています。
 
きらびやかに着飾り、名誉を求め・地位を求め・お金を求める。その様な人間が、どれだけこの世界にはびこり世間を汚れたものにしているかと言うことです。
その汚れた世界から厭離するには、自らの生活そのものを清らかなものにするしかありません。「仏として生きる」ことは、仏でなければ出来ない生き方なのです。


*法津如来のコメント

ここに、石法如来の本当に言いたいことが書かれています。

次回の特別寄稿が楽しみです。


 

なぜ、武道家は覚らなければ強くなれないと覚るのか?



昨日のブログ記事に、「強さを求める武道家も、結局、覚らなければ強くなれないと覚ります。」と書きました。

それはなぜでしょうか?

武道の修行者は、筋肉を鍛えることを始めます。

しかし、筋肉を鍛えても相手に勝てないことを知ります。

そこで技を学び始めます。

技は筋肉の強さとは異なる技術が必要になります。

指導者からは、力を抜けと言われます。

しかし、力は抜こうと思っても抜けないのです。

相手に腕を掴まれたら、緊張して力が抜けないのです。

生死をかけた勝負の場であれば、その緊張は極限に達するでしょう。

これは、単なる技術だけでなく、心を平静に保つ修行な必要になるのです。

そのために、達人と言われる人は、心の修行をしています。

また、本当に武道の技術を身につけるということは、すべての技術から離れ、すべてを無意識にゆだねることだと知るからです。