無意識の世界と漸悟と頓悟

少し前から、ある友人と無意識の世界について、メールのやり取りをしています。

お互いにいろいろ共感する点が多いのですが、何かそのやり取りにちぐはぐなところがあるのです。

その違いが少しずつわかってきました。

無意識の世界に対する問題意識に違いがあるのでした。

彼は、心の傷の癒しに関心があったのです。

彼は、心の傷の癒しの延長上に覚りを考えているのでしょう。

私の関心は、もちろん、覚り(解脱)です。

解脱とは、名称(個人的無意識)や形態(集合的無意識)の消滅です。

これらが消滅した無意識もあります。

さて、彼が心の傷の癒しに関心があるのは、発達障害だと診断されてところにあるのかもしれません。

そういえば、このブログに度々コメントをしてくれる才木広之阿羅漢さんも、発達障害と診断されたようですね。

そのような方は、まず心の傷の癒しが必要です。

その上で、覚りに向かう修行になります。

上述の友人は、覚りについて、頓悟と漸悟の違いについてメールをしてくれましたが、

心の傷の癒しを含めて、覚りへの修行と考えているのかもしれません。

解脱は心の傷のない人に現れるものなので、覚りは頓悟と言えるのです。