あきらめる・あきらめない

11月27日に紹介した動画(「今日は凄いこと言うよー!神様の大嫌いな事は?」)

が納得できない方がおられるようですが、

彼ら(神様が見える子供たち)の動画をも一つ紹介させてください。

それは次の動画です。

一瞬で幸せになれる言葉…皆様に響きますように
https://www.youtube.com/watch?v=LxRu0qUNXk8

「トキ(神様が見える子供)がどうしても皆さまに、

伝えたかった事を、紙に書き始めました。」

という言葉から始まります。

トキはまだ7歳の子供ですから、自分の言いたいことを伝える言葉を持っていません。

そこで、身体で表現します。

それが可愛くて笑ちゃいます。

子供でなくても、自分の言いたいことを伝える適当な言葉がわからないことがあります。

ということは、他の人が使う言葉も、それが適当な言葉でなくても、使っている場合があるのです。

ですから、他の人が何かを言っても、その言葉の表面の意味でなく、

その言葉を使っている人の心を感じるようにしたら、どうでしょうか。

今回の動画の、「あきらめない、あきらめる」の言葉の意味も、

私には「こだわる、こだわらない」あるいは「執着する、執着しない」のように思えます。

皆さまはどうでしょうか?


石法如来の特別寄稿:大学通信教育(その3)

佛教大学の通信教育学部に入学すると、直ぐさま同校の卒業生が自宅を訪ねてきて勉強の進め方・スクーリングの参加方法など、丁寧に教えてくれたり相談に乗ってくれます。
 
私のところにも、同校卒業生で社会福祉士をやっている先輩が見えられ、色々詳しく教えて頂きました。スクーリングに参加した際の宿泊場所も、その先輩が数年間お世話になったところを紹介して頂いたのです。
 
そこは、詰所(つめしょ)と呼ばれる宿泊施設で、「大きな寺社の門前町には、各地方の詰所があり、その地方から参拝に来る人に低料金の宿泊施設を提供していた。」(以上、「フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」から引用)という場所です。
 
私が宿泊したのは、東本願寺近くにある詰所「中郡(なかごおり)」という名称で、近所には同様の詰所が多数点在し、スクーリングのシーズン間は全国から学生が集まって来ておりました。
詰所は、低料金で宿泊可能ですが食事のサービスは一切ありません。入浴・トイレは共同で、入浴は男女時間差を設けて利用することになります。
 
私は、その様な環境の団体生活に慣れておりますので極めて快適に過ごしました。1階は、20畳位の大部屋2間で、10名以上がそれぞれに布団を並べて寝るのですが、仲間内で打ち解けるのは早く情報交換も楽しみの一つでした。
 
そこの詰所は3階まであり、1・2回生は1階、3回生は2階、4回生は3階と区分分けしており、学生年次が上がると授業内容もより専門的になり自習の時間も多く取ることが出来るよう、色々配慮してくれていました。4回生の時、3階居住になり「自分も、いよいよ最上階まで来たか」という感慨に耽った記憶があります。
 
昼は、学校周辺の食堂で食事をし夕食は京都駅周辺で用事を済ませます。お陰で、その周辺の地理にも詳しくなり、すぐ近くにある東本願寺まで散歩に出掛けたりしましたが、寺院のスケールの大きさには圧倒されました。・・・全てが大きくて、全国の信者から沢山建立基金を集めて作られたものであり、信者の信仰心の篤さにはただただ驚きました。
 
詰所は、京都駅から歩いて10分ほどの距離にあり、付近には京都らしく「法衣や数珠」を販売しているお店が沢山あります。近くに、「宝蔵館(ほうぞうかん)」という仏教関係の書物を出版する会社があり、自分の知っている会社の社屋がここにあると言うだけで親近感を感じたものです。
 
京都駅の近くに住んでいたので、時間のあるときは東寺(とうじ)によく行きました。東寺は、真言宗の根本道場であり尚且つ総本山で、教王護国寺(きょうおうごこくじ)とも呼ばれています。
https://butsuzolink.com/toji/
 
その広い境内に、多くの建築物がありますが特に「講堂(こうどう)」の須弥壇中央には大日如来を中心とする五体の如来像(五仏、五智如来)、向かって右(東方)には金剛波羅密多菩薩を中心とする五体の菩薩像(五大菩薩、五菩薩)、向かって左(西方)には不動明王を中心とした五体の明王像(五大明王)などが安置されており、静かな空間に勇壮な仏像群が圧倒的な迫力で迎えてくれます。
 
また、東寺のみならず京都のシンボルとなっている五重塔もあります。高さは、54.8メートルで木造塔としては日本一の高さを誇り、過去に雷火や不審火で4回焼失し、現在の塔は5代目で寛永21年(1644年)、徳川家光の寄進で再建されたと言われています。
 
東寺の敷地内における寺院で、私のお勧めは真言宗の勧学院とされる「観智院(かんちいん)」です。
観智院は、東寺宝物館から洛南高等学校に至る経路上正面にある目立たない建物ですが、東寺内にありながらひと味違う趣のある寺院です。
https://toji.or.jp/guide/kanchiin/
 
観智院について・・・(以下引用)
「京都市南区九条町にある教王護国寺(東寺)の塔頭(たっちゅう)の一つ。後宇多天皇勅願の二十一か寺の一つで、杲宝(ごうほう)を開山とする。客殿は桃山式の書院造りで国宝。」(以上、「コトバンク」から引用)とあるように、東寺に行かれましたら是非「観智院」まで足を運んでみて下さい。


なぜ自分は抵抗や反発を感じるのだろうか?

昨日、紹介した動画に反論する匿名さんのコメントを頂きました。

ありがとうございます。

これは予想されたことですが、このコメントに共感する方もあると思います。

このような方にこの際ですから、これは良い機会だと思ってください。

あの動画に、「なぜ自分は抵抗や反発を感じるのだろうか?」と考えてください。

まじめが大切と思っているからですか?

ふざけちゃいけないと思っているからですか?

頑張ることが大切と思っているからですか?

あきらめちゃいけないと思っているからですか?

そもそも神様なんて存在しないと思っているからですか?

何かに抵抗や反発の心が生じるのは、心にこだわりがあるからです。
自分のこだわりにはなかなか気づけないものです。

自分が自覚しているこだわりともかく、特に無意識のこだわりはなかなか気づけないものです。

大切なことは、無意識のこだわりに気づくことです。

無意識のこだわりが自分を支配しているからです。

何かに抵抗や反発を感じるときが、そのようなこだわりに気づくよい機会なのです。

「まじめが大切」、「ふざけちゃいけない」、「頑張ることが大切」、「あきらめちゃいけない」、

これらもこだわりだと知る必要があります。

これらのことが、あなたを苦しめているのです。

そんなものを取り払ってしまえば、楽しく生きることができます。

最後にダンマパダ198(中村元訳)を引用します。

悩める人々のあいだにあって、悩み無く、大いに楽しく生きよう。
悩める人々のあいだにあって、悩み無く暮らそう。


「今日は凄いこと言うよー!」

今日は、面白くて、可愛くて、そうだなと思う動画を紹介します。

タイトルは「今日は凄いこと言うよー!神様の大嫌いな事は?」です。

URLは、https://www.youtube.com/watch?v=05meDEWw0eg です。

これは、お母さんが6歳の子供に神様のことを聞く動画です。

8分31秒で短いものです。

私の記憶に残った部分を書いてみます。

「神様に好かれる人はどんな人ですか?」

「まじめじゃない人」

「頑張ってない人」

「頑張ってない人は、自分のダメなところをなおそうとしない人」

「トキ(子供の名前)はどうしてママを選んで生まれてきましたか?」

「まじめじゃないから」

「ふざけているから」

「神様の嫌いな(悲しむ)言葉を教えてください」

「あきらめない」

「頑張る」

「頑張っているときは怒った顔をしている」

「ふざけているときは笑っている」

まとめ

神様の好きな人は、笑っている人、まじめじゃない人、頑張らない人。

バツ(X)の顔をしたら、バツ(X)のことが起こるよ。

マルの(○)顔をしたら、マル(○)のことが起こるよ。

以上です。

石法如来の特別寄稿:大学通信教育(その2)

通信教育の楽しみは、何と言ってもスクーリングです。私の場合、古都京都の本学校舎において仏教学の専門家から直接授業を受けられるという、又とない機会を得られるからです。
スクーリングには旅費が掛かりますが、当時私は学生の身分を持っていたので「学割(学生割引)」がききます。遠距離のチケットを購入する場合、低価格で購入できる特典は本当に有り難く感じました。
 
細部は忘れましたが、当時私の住む釧路から関西国際空港へは直行便がありとても便利でした。関西国際空港で覚えているのは、空港の建物から一歩外に出たときの別世界の暑さです。・・・それは、暑さの壁として自分自身の目の前に立ちふさがったかのようなイメージで、北海道では経験できないものでした。
 
佛教大学の場合、土日を利用した学外スクーリングも頻繁に実施されており、私の場合札幌開催のスクーリングに参加し単位取得に努めました。学外スクーリングで単位を取得していると、夏期スクーリングは2週間前後連続参加すれば良かったと記憶しています。
一番思い出に残るのは、何と言っても最初の年(一年生時)のスクーリングで、観光バスに新入生を乗せオリエンテーションと称し、京都の観光地巡りをさせて頂いたことです。
 
記憶に残っているのは、嵐山にある「化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)」です。このお寺には、石を積んだ奇妙な工作物があり一種異様な雰囲気を醸し出しています。
伝承によると「弘仁2年(811年)、空海が当地に野ざらしになっていた遺骸を埋葬して供養のために千体の石仏を埋め、五智如来の石仏を建てて五智山如来寺を建立したのに始まるとされる。その後、法然が念仏道場を開き、名称も念仏寺となったという。」(以上、「フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』」から引用)とあります。
https://travel-noted.jp/posts/14306
 
ここのお寺は、私が最初仏教を始めたときに学んだ密教に関係の深い弘法大師空海と、佛教大学が浄土宗を開かれた法然上人の教えを根幹に据えた学びの場であるという、二つの共通点を有するお寺ということで記憶に残っております。
 
あと嵐山で、記憶に残るのは「竹林の道(ちくりんのみち)」です。ここは、「大河内山荘から野宮神社の間を約200メートルにわたって続く風情のある小道です。周辺には嵐山や世界遺産の天龍寺などがあります。竹林の道は京都嵐山の代表的な観光名所のひとつで、嵐山を訪れた際には是非立ち寄って頂きたい観光スポットです。」(以上、「京都トラベルナビ」から引用)とあるように、風光明媚な名所です。
 
夕方、校舎に戻ると通信教育学部の学校祭があり催し物を楽しむことが出来ました。当時、佛教大学の社会福祉学科は、単位取得し卒業すると社会福祉士の受検資格が得られると言うことで、全国から沢山の医療関係者が資格取得を目指し参加していました。
 
まさか、初めてのスクーリングで学校祭参加とは、と言うことで大変感激しましたがその後北海道から参加の学生が集まり近くの居酒屋で打ち上げが行われました。
百人近くの学生が参加し、「随分来ているものだと」と驚いたものです。その中で一番印象に残っているのは、「大学の4回生を、4年ほど続けている」という札幌から来られている年配の学生です。
 
彼は、同じ仏教学科らしいのですが卒業論文のみ残すだけで、大学の行事が楽しいからとずっと(約8年?)在籍していると言っていましたが、さすがに大学というところは個性ある学生も先生方も多いものだと感心しました。また、一番記憶に残ったのは仏教美術(芸術)を教える先生で、授業の際必ず羽織袴着用で出てくる男性講師の存在です。
 
スクーリング期間は、短期間に多くの学生が集まるため本学の先生方だけでは授業を捌ききれないので、他の学校などから臨時講師を多数依頼していたようです。
個性派揃いの講師陣、やはり大学というところは高校とはまるで違う、ある意味「とても面白い」専門教育の場なのだと改めて感心したことを思い出します。


*法津如来のコメント

「今朝はブログに何を書こうかな?」と思うとき、石法如来の寄稿は大変ありがたいです。

今回も楽しい原稿を送って頂きました。ありがとうございます。


昨年の今日、ブログに書いたこと

今朝はブログに何を書こうかな?

昨年の今日は何を書いたか調べてみました。

SRKWブッダ著「仏道の真実++」【善き談論】◇ 戒論
https://76263383.at.webry.info/202011/article_29.html

この日は、石法如来の特別寄稿もありました。

石法如来の特別寄稿「『名称と形態』の考察(その2)」
https://76263383.at.webry.info/202011/article_30.html

たまには、過去を振り返ってみるのもよいでしょう。

前者は、善き談論(小欲論、知足論、遠離論、不交際論、精進努力論、戒論、禅定論、智慧論、解脱知見論)の一つについての感想です。

後者は、仏教の重要な智慧の一つについて考察です。

今日は「戒論」について復習しましょう。

(以下引用)

戒律は、してはならないことを取り決めて人を縛り付けるためのものではない。

戒律は、むしろ修行者が自由闊達に振る舞うためにこそ規定されるのである。

例えば、スポーツはルールに則って行わなければならないが、逆に言えばルールに則っていさえすれば思い切ったプレイを為して良いということでもある。

そして、それがスポーツの醍醐味を生み出す源泉ともなる。

同様に、戒律にしたがうことによって、修行者は自分の振る舞いについて気を削がれることなく修行に専念することができるのである。

(以上引用)


日本語48音からなる歌や祝詞

カタカムナ5首と6首から日本語48音について書きましたので、いろは歌などについて書きます。

いろは歌は弘法大師作という話もありますが、さだかではありません。

しかし、大涅槃教の聖行品「雪山偈」(「無常偈」とも言われます)の内容を示しています。

いろはにほへと  (色は匂えど)  
ちりぬるを    (散りぬるを)   諸行無常(しょぎょうむじょう)
                   意味:万物は生成・変化・生滅して一時もとどまらない
わかよたれそ   (我が世だれぞ)
つねならむ    (常ならむ)    是生滅法(ぜしょうめっほう)
                   意味:生あるものは必ず滅する
うゐのおくやま  (有為の奥山)
けふこえて    (今日越えて)   生滅滅已(しょうめつめつい)
                   意味:無常の世を超越した
あさきゆめみし  (浅き夢見し)
ゑひもせす(ん) (酔ひもせず)   寂滅為楽(じゃくめついらく)
                   意味:生死の苦しみを滅した安楽の境地である

*「雪山偈」にまつわるSRKブッダの「理法」があります。つぎのサイトを参照してください。
【雪山童子の境地】
http://srkw-buddha.main.jp/rihou199.htm


日本語48音を重複させずに作った歌は他にもあります。

あわ歌

あかはなま いきひにみうく
ふぬむえけ へねめおこほの
もとろそよ をてれせゑつる
すゆんちり しいたらさやわ

*あわ歌は「ホツマツタエ」という文献に掲載されている歌です。

他にも48音を重複させずに作った祝詞があります。

ひふみ祝詞

ひふみ よいむなや こともちろらね
しきる ゆゐつわぬ そをたはくめか
うおゑ にさりへて のますあせえほれけ

*ひふみ祝詞のはじめの方の意味は、一二三 四五六七八 九十百千万億兆でしょうが、あとはわかりません。

これらの歌や祝詞は意味がわからずとも、唱えると音の響きが心を落ち着かせ、体調を整える効果があります。

自分の好きな節で、唱えればいいのです。なかなかいいものですよ。

石法如来の特別寄稿:大学通信教育(その1)

私が40歳代の頃、「せっかく仏教の勉強をしたのだから」と力試しに佛教大学通信教育学部において学ぶことにしました。
最初に選択したコースは、スクーリングも科目最終試験も無い「仏教教養講座(2年)」です。・・・初めの頃は、通信教育とはどう言うものか全く分かりません。
 
大学から、自宅に到着した段ボール箱を開けると色々書類が沢山入っています。それを1づつ取り出して丁寧に読み進めます。通信教育は、「ゆっくり・じっくり」根気が無いと続かないのです。
最初の書類で、通信教育の概要を学びます。通信教育とはどの様なものか?を自分自身で学ばなければ勉強は一歩も進まない・・・それが、通信教育です。
 
おもむろに、「設題集」を取り出します。何か難しい事が書いています。・・・笑い話みたいな話ですが、設題集に書かれている設題の意味・内容そのものが理解出来ないとレポートは全く書けないのです。
せっせと設題の意味、そして問いかけていることは何か?を学びます。・・・概ね、内容を理解したらテキストや参考書で勉強を始めます。
 
私の場合は、大体1つの設題に対して参考文献3~4冊読み重要な箇所をノートに転記します。
その当時パソコンはありませんでしたが、ワープロという文書作成機がありましたので、どんどん打ち込んで行きます。文書を組み立てる形式は私の場合大体「序論(はじめに)・本論・結論」で、何度もワープロに記入した文字を読み返しながら文章の作成を進めます。
 
1つの設題に対して、8枚のレポート(400字×8枚)提出ですから3200字です。ワープロを、20×20の文書形式に設定すれば、きっちり仕上げることが出来便利です。
ただ、出来上がった文章は手書き(自筆)提出なので、せっせと書かなければいけません。
 
「仏教教養講座(2年)」は8科目16設題で、私の場合は1年と少しで勉強を終え修了を待つばかりです。2年を無事修了すると、立派な修了証書が贈られます。
次に私は、「入学資格認定コース」に進みます。修業年数は最低1年、一般教養を4科目選び履修します。スクーリングはありませんが、科目最終試験を受け単位を認定して貰う必要があります。
 
このコースは、大学入学を前提としたもので、取得した単位は入学後に認定して貰えるものです。・・・このコースを選択して進んだとき、大学の勉強に進めるかどうか不安があったことは間違いありません。何より、期間の長いスクーリング参加が一番のネックです。自分は良くても、職場が許可してくれなければ勉強は進まず中途挫折する以外ないからです。
 
私は、取りあえず未来のことは考えず、いま目の前にある「入学資格認定コース」に集中しました。・・・結果的に1年かからず一般教養4科目16単位を取得し、いよいよ次の年から「文学部仏教学科」に進学です。
進学して分かったのは、学外スクーリングを頻繁に行っていて数日間参加すれば1~2単位取れると言うこと。その為、実際のスクーリングも2週間前後参加すれば良いと言うことで、職場には何とか頼み込んで休暇を取得させて貰います。
 
私の職場(自衛隊)は、昔から勉強する人間には優しく私が入隊した頃「夜間高校」に進学している隊員が結構いて、早めに仕事を切り上げ通学準備その他特別な待遇を受けていました。
また、通信大学に通う人間も若干名居て、夏になれば東京周辺の駐屯地はスクーリングの宿泊場として使用され、勉強する者を援助しようというシステムが整っていました。
 
今考えても不思議なのは、すんなりと4年間スクーリングに参加出来たことです。トラブルなど一切なく、職場は参加を許可してくれました。自衛隊と言う職場は、隊員数が多く仕事を代わってくれる人がいて、勉強したいと考える人間には最高の職場と言えます。
 
結局、佛教大学では7年間学びました(42歳から49歳まで)が、向学心に燃えて勉学に励んでいたので苦しいと感じたことは一度もありません。思えば、在学中に知り合った仲間達と切磋琢磨し、共に卒業を目指したのが良い思い出です。
通信教育を通じ、それまで自分の専門分野ばかりでは無く、広く仏教を学ぶ時間を作れたと言うことが自分自身の宝となったことは言うまでもありません。


*法津如来のコメント

「この記事は、2020年11月1日、投稿したものを一部修正し、新たに連載もの(その1~その8)として記事を書いたものです。」とのご連絡がありました。

石法如来の若い頃のご苦労が偲ばれます。このシリーズも楽しみです。

一切の生きとし生けるものは幸せであれ

久しぶりに、スッタニパータの第1章8 慈しみ(慈経)を中村元訳「ブッダの言葉」(岩波文庫)から引用します。

(以下引用)
143
究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達してなすべきことは、次のとおりである。
能力あり、直く、正しく、ことばやさしく、柔和で、思い上がることのない者であらねばならぬ。

144
足ることを知り、わずかの食物で暮し、雑務少く、生活もまた簡素であり、
諸々の感官が静まり、聡明で、高ぶることなく、諸々の(ひとの)家で貪ることがない。

145
他の識者の非難を受けるような下劣な行いを、決してしてはならない。
一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ。

146
いかなる生物生類であっても、怯えているものでも強剛なものでも、悉く、長いものでも、
大きいものでも、中ぐらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、粗大なものでも、

147
目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも
すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも、
一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。

148
何びとも他人を欺いてはならない。たといどこにあっても他人を軽んじてはならない。
悩まそうとして怒りの想いをいだいて互いに他人に苦痛を与えることを望んではならない。

149
あたかも、母が己が独り子を命を賭けて護るように、
そのように一切の生きとし生れるものどもに対しても、無量の(慈しみの)意を起すべし。

150
また全世界に対して無量の慈しみの意を起こすべし。
上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき(慈しみを行うべし)。

151
立ちつつも、歩みつつも、坐しつつも、臥つつも、眠らないでいる限りは、
この(慈しみの)心づかいをしっかりとたもて。この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ。

152
諸々の邪まな見解にとらわけず、戒を保ち、見るはたらきを具えて、
諸々の欲望に関する貪りを除いた人は、決して再び母胎に宿ることがないであろう。

(以上引用)

この慈経を引用する気になったのは、先日NHK朝の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」のヒロイン(安子)の祖父が亡くなる間際に、安子に「幸せになれよ」という場面がありました。

その時、慈経の「一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。」を思い出したのです。

ゴータマ・ブッダは、すべて生きとし生けるものを、孫娘のように思っていたのだなと。

ただし、凡夫である安子の祖父は「幸せになれよ」と言い、ブッダは「幸せであれ」というのです。

先日の記事「カタカムナに関する基礎知識」の訂正と補足

2021年10月27日の「カタカムナに関する基礎知識」という記事に誤りがありましたので、
https://76263383.at.webry.info/202110/article_27.html

お詫びすると同時に、ここで次のように訂正いたします。

と申しますのは、このブログでは部分的な訂正することができず、

訂正する場合は、記事全体を削除して、新たに記事をアップしなければなりません。

そうすると、新たな日付になり、またコメントなども削除されるからです。

(以下訂正記事)

カタカムナに関する基礎知識については、ネット上にいろいろ散見しますが、
私が初期に参考したものは次のものです。

別章「カタカムナ文字考」
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/gengogakuin/mojikakutokuhico/katakamunagoco/top.htm

この初めに、次のように記されています。

「れんだいこは、神代文字のうちカタカムナ文字に格別に注目する。そこでサイト化し総合的に俯瞰することにする。カタカムナ文字はカタカムナ哲理に裏付けられており、文字の一字一句に魂が込められている。これを言霊(ことだま)と云う。それは、現代の日本語に続く48音の骨格を基本にしている。このすばらしさ、このすばらしさによる日本語のすばらしさ。これにより、カタカムナ文字から日本語へと続く文字は世界に例のない哲理文字となっている。ここを認めたい。以下、このことを確認する。
2009.3.19日 れんだいこ拝」

ですので、カタカムナに興味のある方はこのサイトを参照してください。

これとは、別にカタカムナ5首の初めに部分について、すこし説明します。

「ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト」

これをあえて、多少意味が取れるように書くと、次のようになります。

「一二三四五 回りて廻る 六七八九十」

カタカムナ文字は、大丸と小丸と縦線と横線の組み合わせで書かれています。

私は、カタカムナ文字をこのブログで書くことができませんので、上記サイトなどで調べてください。
私の説明より、「一見は百聞に如かず」です。

実は、この文字の配置は、円形になっています。

世界にいろいろな文字がありますが、それらはほとんど横書きか縦書きでしょう。

多分、円形書きになっているのはカタカムナ文字だけでしょう。

しかも、よく見ると「回りて廻る」と言うように、大丸の周りの小丸も廻っているのです。

ヒ(一)は、大丸を大空とすると、小丸は日の出の位置にあります。

フ(二)は、日の出を午前6時とすると、小丸は午前9時の一にあります。

ミ(三)は、小丸は正午の位置にあります。

ヨ(四)は、小丸は午後3時の位置にあります。

イ(五)は、小丸は午後6時の位置にあります。

ム(六)は、小丸は夜の9時の位置にあります。

ナ(七)は、小丸は夜中の12時の位置にあります。

ヤ(八)は、小丸は夜中の3時の位置にあります。

コ(九)は、面白いことに、小丸はイ(一)とヤ(八)の位置二つ書かれています。
つまり1+8=9になるのです。

ト(十)は、文字通り十で、横線と縦線です。

つまり、カタカムナ文字は、文字の小丸が自転しながら、公転している様子を示しているのです。

これは、万物は自転しながら公転していることを示しているのです。

この例は、原子の構造、体の構造(例えば血液は回りながら体全体を回っていること)、地球上の水の動き、地球の自転や公転、太陽も自転しながら銀河宇宙を公転していることなどです。

以上、わかりにくい説明でした。すみません。

(以上訂正記事)

以下、補足の説明を少しします。

上記の「ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト」は、

80首の歌から構成されているカタカムナ文献と言われるもの5首のはじめの部分です。

5首と6首の歌は日本語48音+「カタカムナ」という音で構成されているのです。

5首は、

ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト アウノスヘシレ カタチサキ

6首は、

ソラニモロケセ ユヱヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ

これらの歌は五七調ですからリズムがよいです。

自分のすきなように唱えてください。

気分がよくなります。

心と体の不調が改善されると何人もの人が言っています。

私も、毎日唱えていますが、確かにその通りです。


サヌキ性ってなんだろう…

昨日の「カタカムナが解き明かす 雌雄の秘密」のブログ記事に対して、

ごとうさんがコメントをしてくれました。ありがとうございます。

そのなかに、「サヌキ性ってなんだろう…」という言葉がありました。

そこで、それについて少しコメントを書きます。

カタカムナには「サヌキ」に対して「アワ」という言葉があります。

これらを辞書で探すと、サヌキは「讃岐」で、アワは「泡」となっていました。

ネットで探すと、いろいろあります。

結論を先に言いますと、サヌキは男、アワは女という意味です。

ですから、サヌキ性とは男性性ということです。

しかし、カタカムナではそのように単純に現代語に置き換えない方がよいのです。

カタカムナでは、一音一音に意味があると考えているのです。

そればかりか、一音一音を神のように考えているのです。

ですから、サヌキならば、サという音の響、ヌという音の響、キという音の響を感じるのです。

サ、サ、サ、・・・・・・・・・・、何を感じるでしょうか?

ヌ、ヌ、ヌ、・・・・・・・・・・、何を感じるでしょうか?

キ、キ、キ、・・・・・・・・・・、何を感じるでしょうか?

サヌキ、サヌキ、サヌキ、・・・・、何を感じるでしょうか?

同じように、アワについても感じてみましょう。

考えないでください。

ア、ア、ア、・・・・・・・・・・、何を感じるでしょうか?

ワ、ワ、ワ、・・・・・・・・・・、何を感じるでしょうか?

アワ、アワ、アワ、・・・・・・・、何を感じるでしょうか?

カタカムナ文献を解読した楢崎皐月という先人たちが日本の表意語48音の意味については次のように記載しています。

しかし、これは参考に自分で感じてください。

サ:右回り、差、(渦の差、チカラの差)
ヌ:潜象、計測できない
キ:動き、粒子、対向発生

ア:あらゆるもの、宇宙、始元量、左回り、重なる
ワ:円、輪、和、調和、コロイド状

サヌキは何となく男性性を感じませんか。
また、アワは何となく女性性を感じませんか。

「カタカムナが解き明かす 雌雄の秘密」

昨日は、生前の父が所属していた彫刻家グループの展覧会を見に行きました。

父は画家でしたが、晩年は彫刻家の友人に勧められて塑像を作っていたのです。

展覧会会場は東京駅八重洲口にありましたので、帰りは本当に久しぶりに八重洲ブックセンターに寄りました。

そこで、カタカムナ研究所所長 天野成美 著

「カタカムナが解き明かす 雌雄の秘密」(宇宙が決めた「絶対的な男女のあり方」)

という本を見つけました。

こんな本が出ているのだと思い、発行日を見ました。

2021年11月18日 初版第1刷発行となっていました。(その日でした。)

これは縁だなと、早速購入して、読みました。

参考のために、目次を引用します。

はじめに

第1章 万物には雌雄がある

 宇宙はなぜ「陰」と「陽」から出来ているのか
 生物はほとんどが男と女に分かれている
 男と女の最大の違い
 サヌキ性が強くなりすぎると人間も社会も幸せになれない
 幸運を引き寄せる最強の「アマウツシ」
 「対向発生の性質」を直観で悟っていたカタカムナ人
 天然自然からみた「男らしさ」「女らしさ」
 クローン人間は果たして人間の益になるのか
 女の実態「生命力を内在、親和的で、依存性の傾向」
 男の特性「直進的、表に出たがり、欲望増大の傾向」
 バランスと調和、人智を超えた自然の摂理
 男と女は、そもそも別の生き物
 男女同権であっても男女同質ではない

第2章 天然自然の夫婦のあり方

 天然自然のコトワリ「夫婦中睦まじく」
 宇宙が決めた「絶対的な男女のあり方」に従う動物たち
 「生命はどこからくるのか」を教えるカタカムナ
 男と女の違いを認めることからすべてが始まる
 違うものの組み合わせが新しいものを創造する
 難しい課題を乗り越えていくのも人間の特権
 睦み合い、許し合い、認め合う関係
 男女がうまくいく、夫婦が仲睦まじく暮らせる秘訣
 物的豊かさだけよりもはるかに幸せな「フトマニ」
 
第3章 男女における子育ての違い

 子育ては赤ちゃんが生まれる前から始まっている?!
 男の子と女の子の育て方の違い
 自己肯定感を高める子育てを
 子供の才能を見つける最高の時期とは
 のびのびと才能を伸ばす子育て
 好きなことをさせてあげよう
 カタカムナが教える最高の育て方
 人間は誰でも天与の能力を持っている
 読み書きそろばん、生きる術を教える
 日本人は新しいものを実用化する能力に長けている
 思春期子育ての注意点

第4章 心と体の二重構造

 「見えるもの」と「見えないもの」の二重構造
 カタカムナの「心と体」の理論
 生命の本質、生命の実体「ミ」
 生命力と生命体の両方を持つ「生命」
 「カム」からもらった「命」を感謝
 宇宙の意志に向かって生きることが人間の目標
 「今今」を生きることに心を尽くす
 死後はカムに帰る「ミ」

第5昇 アワ・サヌキの悟り、フトマニ目指して
 末永く地球と付き合っていくために
 天の摂理に順応した生き方をする動物たち
 男には男の役割、女には女の役割
 アワ量を増やすことが人生の大事な目標
 アワ性が色濃く残る日本の文化
 フトマニから生まれる真の学問、芸術、文化
 行き過ぎたサヌキをアワで調和
 アワ脳の感受性とサヌキ脳の判断力
 これからの時代、アワ量を高めて行きましょう

あとがき

以上です。

仏教とカタカムナはアプローチは違いますが、どちらも生命の幸せを目指しているのです。

石法如来の特別寄稿:インフレ、そしてスタグフレーションへ。(その5)

この記事は、(その4)で終わらせようと考えていたのですが、11月2日の夕刊に「アメリカ株式市場最高値更新」の記事を見て、株(相場)の下落が頭をよぎりましたので少し書いて見ます。
 
世の中が適度なインフレで、景気も良い中株価が上昇する現象は悪い気がしません。給料も増えるし、相対的に経済のレベルアップが期待出来るからです。
でも、コロン禍の中ここまで株価が上昇すると、当然次に考えられるのは「株価の下落」ということになります。
 
私は、その時代生きていなかったから経験していませんが、有名なのは1929年の株価大暴落であり、それを契機に世界経済は不況に突入していくことになったという話です。
まさに、表題にある「スタグフレーション」は株価の下落から進行していくことが考えられます。
 
収入が増えない中、物資の供給も滞り価格だけが上昇していく。今まで考えたこともないような悪夢が襲来したら、生活を成り立たせるのに苦労しなければならない最悪のシナリオと言えます。
 
株価の急落は、偶然に起こるものなのでしょうか?。・・・この世に、そんな上手い偶然が果たしてあるものなのか?。・・・誰もが疑問に思うことです。
私自身の見解としては、それらは偶然に起こるのでは無くある意味必然、仕掛けられて起こると見ます。
 
その為に、少し相場の仕組みを書くことにします。相場の仕組みが理解出来ていないと、「仕組まれている」という理屈が理解出来ないからです。
 
普通に考えて、現在1万円の値段が付いている株券(一株)が5千円に値下がりしたら、誰もが「損した」と考えます。・・・その考え自体、全く間違いでは無いのですが相場には「からくり」があるのです。どの様な「からくり」でしょうか?・・・それは、「売買」という言葉の中にその答えがあります。
 
「売買」という字は、「売り方」と「買い方」を意味し双方存在してこそ成立する契約のことを指します。要は、どちらか一方があっても成立しない契約だと言うことです。
株式市場は、「買い方」・「売り方」双方が揃ってこそ相場が成立するものです。
 
その様に考えると、「誰かの損失は誰かの利益」であり、「誰かの利益は誰かの損失」であるという図式が成り立ちます。
株式相場が大暴落を起こし、「〇〇億円の資金が蒸発した」などとマスコミ報道されることがありますが、株式市場の資金が全て蒸発して「無くなってしまった」訳ではありません。
 
形を変えて(株から現金に)、反対売買していた人間に資本移動しただけの話なのです。(要は、儲けた人間がいると言うことです。)
通常、「売り方(売っているほう)」は「空売り(からうり)」という手法を用いて、高値圏に到達した株価を売り崩す戦略が取られます。その手法が的中すると、(売り方は)株価が下がれば下がるほど儲かる仕組みになっているです。
 
昔、北海道に拓殖銀行という都市銀行がありました。不動産業者へ、多額の資金を貸し付けるなどの放漫経営を続け、経営が好調なときは高い株価を付けていましたが、銀行の財務内容を調べていた投機家(売り崩しを狙う金融家など)に目を付けられ、株価の大規模・強烈な売り込み(空売り)を受けてしまいました。
 
株価は、みるみる下降しますが下げ(下落)が止まりません。そうなると、落ちるところまで落ちないと許してはくれない展開です。直近の高値から、わずか2週間ほどで最低金額のと1株=1円(ひとかぶいちえん)まで下落して行きます。
 
結局、北海道拓殖銀行は(資産価値の大幅毀損により)金融市場において資金調達が不可能な状態となりあえなく破綻してしまいます。
規模は違えども、世界的な株価の暴落を企図・予想している存在は必ずいるので、「隙(すき)」を見逃さず高値株に(売り崩しの)攻撃を仕掛けてくることは容易に想像出来ます。
 
圧倒的な情報量と、資金量によりそれ(大暴落)は可能になります。それは、決して不可能なことでは無くかつ偶然に起こることでもありません。
 
結局、世界経済は「マネーゲーム」により動いている(動かされている)と言うことです。現行の金融システムに乗っかって、何とか日常生活を維持している国民・庶民が、苦しみ苦労させられるという構図はいつの時代も変わらないのです。
(おわり)
 
参考動画の紹介
https://www.youtube.com/watch?v=eXKieUjbrvk
歴代の株価大暴落3選!リーマンショックを超える大暴落があった?簡単解説!
 
https://www.youtube.com/watch?v=kc55AxizioY
2021.11.14【誰でもわかる】東芝3分割ハゲタカファンドの暗躍【及川幸久−BREAKING−】


*法津如来のコメント

「石法如来の特別寄稿:インフレ、そしてスタグフレーションへ。」シリーズは、4回の予定でしたのですが、私は6回の予定と勘違いしていました。

そこで、石法如来は(その5)を書いてくれました。

「インフレ、そしてスタグフレーション」の行方は、「国民・庶民が、苦しみ苦労させられるという構図はいつの時代も変わらないのです。」ということになるのですが、

この点に関して、ochoさんが11月17日のブログ記事に対して次のようなコメントをしてくれました。
ありがとうございます。

(以下引用)
 世界的なスタフグレーションで、日本はついに財政破綻!
企業倒産、失業者、自殺者も再び3万人超え5万人に迫る勢いに。
さらに、南海トラフ、関東大震災も起こり、これに乗じて中国が尖閣、沖縄に進行するかもしれません。

 これは現象世界の見方では地獄に見えますが、
無時間、無空間の神仏視点から観ると意識の目覚めのチャンス。

 まさに鎌倉時代に新宗教が相次ぎ誕生した時代の再来になるのではないでしょうか。

 人々が信仰に眼を向け「人生を見直す機運」ですから。
                           合掌
(以上引用)

また、このような世間の様子を実感して、またその本質を知った修行者は、次のスッタニパータ9偈でいわれるようなことになります。

走っても疾(はや)過ぎることなく、また遅れることもなく、「世間における一切のものは虚妄(きょもう)である」と知っている修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。(中村元訳)

「蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。」とは解脱するという意味です。
詳しい解説は、
https://76263383.at.webry.info/201304/article_9.html

聖徳太子はこのことを「世間虚仮」と言いました。

「一切は虚仮(コケ)なりと知り修行者はこの世あの世をともに捨て去る」

昔の修行仲間からのメール5回目

また、昔の修行仲間からメールを頂きましたので、引用します。


(以下引用)

法津如来様

啓示が降りましたのでお伝えします!

よろしければお読み下さいませ。

合掌

○○○拝


 ☆『「自愛とは命の優しさへの感謝の祈り」愛の錬金術』


 あなたが、例え両親から虐待されたり、

今、失恋や失業して苦しみのどん底にいても 

 あなたを沈黙の眼(まなこ)で観つめ『いつも護ってくれている存在』がある。


    『それ』は

 あなた☆☆☆☆☆『自身の命』。


 あなたが今、どんなに苦しく涙も枯れ果て、絶望の荒波に晒されていても。 

   変わらぬ愛が

 あなたの☆☆☆☆☆『心臓の鼓動や呼吸を透して流れ続けている』。


 マインド思考で感じる三次元の現象世界を★★★『「自分」の目で見続ける』限り、


    『それ』の

 『限りない優しさに気づくことはない』。


    外側の

 どんなに『「理不尽で不幸だと
★★★マインドが思う」出来事に遭遇しても』

    あなたの

 ハートに愛は沈黙の「微笑みを浮かべながら」流れ続けている。

 あなたが『生きている限り、ハートに「ただ意識の眼」を向けなさい』。

    『それ』は 

 あなたが『心臓の鼓動と呼吸の「変わらぬ優しさ」を
☆☆☆意識的に観たら感じられる』。


 愛の本源に繋がる『存在の唄
☆☆☆☆☆「命の気」が心臓の「鼓動と呼吸」を透して』

あなたの『全身を包み込み、護り続けている』ことが感じられる。



★【AMS自愛内観】とは。

 「自愛」ワークとは☆☆☆☆☆『自己の命への慈愛内観』。


    『それ』は


 あなたが両親や友人、

例え★★★★★『外側の取り巻く環境に感謝の光が観えなくとも

 自己の内側

あなたの『ハート・☆☆☆「命の鼓動の優しさ」

☆☆☆☆☆「愛気に意識を合わせ「本気で」感じ抜く」ことだ。 


     やがて

 あなたは周囲の人達や環境、どんな状況にも関わらず

 あなたに『流れ続ける☆☆☆「無限の優しさ愛気」への感謝が
無我の祈りに変わっている』。


 「命の優しさに出逢う」自愛内観・瞑想、TAOで。

(以上引用)


*法津如来のコメント

ここで、仏教の三法印といわれるものを引用します。

277 「一切の形成されたものは無常である」(諸行無常)と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。

278 「一切の形成されたものは苦しみである」(一切皆苦)と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。

279 「一切の事物は我ならざるものである」(諸法非我)と明らかな知慧をもって観るときに、ひとは苦しみから遠ざかり離れる。これこそ人が清らかになる道である。

(岩波文庫 中村元訳「ブッダの真理の言葉・感興のことば」より)


昔の修行仲間からのメール4回目

今日は、昔の修行仲間からのメールを4回目を引用します。

修行方法は修行者各自が自分で考え、自分で選択し、自分で行うもので、指導者が指示するものではないと考えております。

しかし、参考なる修行方法はあると思いますので、その一例として次のメールを、今日はそのまま引用します。

ただし、名前は伏せました。

(以下引用)

法津如来様

よろしければお読み下さいませ。合掌

啓示と今朝実際に体験したことを言語化しました!

○○○拝


 『自観・感謝内観道』がAMS瞑想!

 在家修業者の多くが「自分を観る」いわゆるヴィパサナ瞑想が難しい。

 これは一般にはサマタ力・集中力の不足、醸成の不足と考えられてきた。

 集中力とは、心身が弛緩した脱力状態で「自然に現れてくる」ことに気づく人達が以外に少ない。

 特に瞑想「法」を座式で行うものと定形化した発想に陥っていると特に。

     実は

 日本に禅が入ってくる前の中国禅において寝た状態で禅を行う寝禅というのが念仏禅と共に存在したという。

     また  

 日本のチベット密教活仏からはゆったりソファに寛いだ脱力状態で、

変性意識を呼び起こす瞑想を推奨された。 

     実際

 ダイナミック瞑想、ダンスワークなど動的瞑想「法」が向いているタイプは、

 身体エネルギーが過剰傾向にあるため通常の静的な座式瞑想法は

「長期間のリトリート、出家修業」で食事を含めたトータルワークとして取り組まないと困難。  

    さて 

 この心身脱力の状態が自然に生じる、寝式瞑想の状態での 

 一般の在家修業者が反すう思考のエネルギーに圧倒され「観て消せない」

    いわゆる

 「わかっちゃいるけどやめられない」感情・行為のループから脱する道の『方法と方向』について。


 一つは自観という秘伝ワークがある。
これはある強い感情、怒りや不安が湧いてきた時 
の「体感覚が強く現れた場所」(主に胸中心が多い)に意識を集中すると

    同時に 

 頭頂部と「眼と鼻の裏の間」にも意識集中するもの。しかし、このワークもサマタ力が必要なため一般在家修業者には難しい。

    しかし、この時

 内観感謝の想い、慈悲の祈りの気を想起して行うと「集中の努力・心身緊張の感覚ゼロ」で 

 気づくと「無の変性意識に出逢っている」。

    特に

 内観で過去の感謝体験を強く信頼し
☆☆☆☆☆「自分は常に救われ護られていて完璧」だという 
☆☆☆☆☆『確信的な思い込み・プラシーボ力(信仰力)が自然に強まり』無意識に常に想起し続けていると。

やがて


 「自分の生き残りの思い、本能・執着から生まれる怒りや不安の思い」    
は気づくと消えていて

    脳内認識が

 別の領域の想いによって変容している。

 自分が存在しない永遠のTAOとして。  

         合掌

(以上引用)


石法如来の特別寄稿:インフレ、そしてスタグフレーションへ。(その4)

現在の日本は、株もそこそこ高く昔ながらに経済力が強いと思われますが、優良な多くの日本企業には外国資本が流入し、すでに昔のような勢いや輝きはありません。
マスコミで、日本の経済状況をきちんと報じませんから国民は理解出来ていませんが、どの分野においても日本の競争力はすでに世界のトップグループから脱落しています。
 
分かりやすい例で言うと、例えば東芝という有名な電機メーカーがあります。白物家電で有名なメーカーですが、1999年にアメリカのウエスチングハウス(WH)という原子力メーカを買収したまでは良かったのですが、その後その会社の経営が思わしくなくなり2017年3月ウエスチングハウスは破綻します。・・・儲けを出すことを期待して買収した会社が破綻し、多額の損失を計上することになり東芝は前途多難の状態に追い込まれました。
 
同様に白物家電大手のシャープは、得意の液晶パネルで売り上げを伸ばすことが出来ず、結局台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業に資金援助を受けることになり、結果的に66%の株を握られ経営権を奪われるという事態となっています。
製薬会社大手の武田薬品も、外国人の経営者が指揮をとり2019年6兆円規模の巨額買収を行いましたが、財務状況が急速に悪化し看板商品の「アリナミン」や本社ビル・研究所などを売却し、今後どの様な進路を辿るか注目されています。
 
日本の、一流企業と言われる会社が大なり小なり問題を抱えながらも何とか奮闘していますが、私などが若い頃に抱いた強い日本企業のイメージは、遙か彼方に消え去ったようです。
円安になれば、確かに輸出企業は業績をアップさせることが出来るでしょうが、昔ほど稼げる会社が日本には存在しないというのが現状です。
 
今のところ日本人は、何とか過去の遺産で食いつないでいますが、どこまでも続かないのではと考えられます。為替が、現在のレベルをキープし極端な円安にならない限り大丈夫であると思えますが、正直未来のことは分かりません。
 
日本が、輸出を主体とした貿易で黒字を稼げれば良いですが、貿易赤字が積み重なり経常赤字が増大するようだと要注意です。・・・為替が、円安に振れているにも関わらず輸出で稼げなければ、原油などの高騰により貿易赤字が膨らんで来ます。エネルギー価格の高騰は、貿易赤字に直結するからです。
 
私の予想では、近い将来世界的なスタグフレーションが訪れるのでは無いか?と危惧しています。スタグフレーションとは・・・、(以下、引用)
「景気が後退していく中でインフレーション(インフレ、物価上昇)が同時進行する現象のことをいいます。この名称は、景気停滞を意味する「スタグネーション(Stagnation)」と「インフレーション(Iinflation)」を組み合わせた合成語です。
 
通常、景気の停滞は、需要が落ち込むことからデフレ(物価下落)要因となりますが、原油価格の高騰など、原材料や素材関連の価格上昇などによって不景気の中でも物価が上昇することがあります。これが、スタグフレーションです。景気後退で賃金が上がらないにもかかわらず物価が上昇する状況は、生活者にとって極めて厳しい経済状況といえます。わが国では、1970年代のオイルショック後にこの状態となっていました。」(以上、「SMBC日興證券サイト」から引用)
 
景気後退下での物価上昇・・・それこそ、まさしく日常生活を根底から脅かす悪夢の襲来と言うことになります。そして不景気の波が、どの位の期間続くのか?ということがより重要になって来ます。
 
蛇足ですが、過去に取り上げた記事に出てきたダボス会議における「グレートリセット」の時期が、世界的不況と重なりそうで嫌な予感がします。・・・現在の資本主義体制をリセットして仮想通貨(デジタルマネー)を普及させ、ベーシックインカムの実施などにより国民の一層の管理が進むことも考えられます。 
                
参考動画の紹介                                                                           
https://www.youtube.com/watch?v=cMilMd7e9mY
10-11 物価高が迫っている
 
https://www.youtube.com/watch?v=y8FajFTEcPw
2021.10.30【地球温暖化】《誰でもわかるグレートリセットとは?【COP26】パンデミックでは世界をリセットしきれなかった!次は気候変動で人類消滅の危機!?【及川幸久−BREAKING−】 


*法津如来のコメント

「石法如来の特別寄稿:インフレ、そしてスタグフレーションへ。」は、(その6)まで続く予定になっていますが、石法如来は最後に何を言ってくれるのでしょうか?


もう一度「昔の修行仲間からのメール」

引き続き、昔の修行仲間からメールを頂きました。

何度かメールを頂き、彼の言いたいこともわかるようになりましたが、

このように言わなくてもよいのではないかと思いつつも、

このように言うことを好む方もおられると思い、

もう一度、また読みやすいようにして、引用させて頂きます。

(以下引用)

***『誰しもに愛される秘密の道がある』***

誰からも「愛される人」とは、必ず愛(合)気・調和同調能力をもっている。

圧倒的な愛の気(意識振動の空間情報量)を伝え

「調和同調する能(脳)力、ミラーニューロン」が相手の無意識に繋がり

ハートの想いが結果的に「引き出される」こととなる。

AMS合気相対瞑想(相伝)とは、愛と「情」を感じ取る力を研ぎ澄まされていく『無努力変容法則』。

ハートが 受けとる気(意識情報)の質や精度を左右するのが「調和能力、無我・愛、気のレベル」。

『それ』は  ある人が同じ人(気の情報場)にアプローチ(アクセス)しても

『人によって受け取れり方(気の情報)に大きな差が表れることがある。

これが、恋やビジネスシーンの営業に現れる。

『それ』は『無我・調和(同調)能力の違いによる結果』。

愛気相対瞑想とは『技術ではなく意識深度(抽象度)や理学知識の智慧などを含め

『「結果的」に出逢える「思考目的が通用しない」TAO(道)』。

【愛(合)気相対瞑想・快気(空間意識振動)干渉】とは!

『それ』は あなたが相手や空間の気((情報)に触れる(合気する)と、

『存在と非存在の「情報場の気」がわかる。

そこから『質や量、形など「気の情報をサーチして」、それら情報場に「快気干渉して変化することで、

具体的かつ臨場感のある三次元世界の「現象世界の書き換えが可能」となる。

『それ』がよく言われる『脳は現実と非現実の区別がつかない』ということ。

あなたが、愛(合)気・ハート共感のエネルギーを『色や音、味覚・触感あなたの無意識に繋がる

「快の」体感覚(共感覚)を「意識的に」変えることで、

大自然・大いなる存在の「別の領域」の意識、大光明エネルギー』に溶けていく。

『それ』は『エゴ、思考・マインドにとってのパラダイムシフト』。

これまで『思考が造っていた時間の常識、現象からワープ(瞬間移動)』し、

『奇跡の具現化に遭遇する』から。

『それ』は『脳(大脳新皮質)の認識を『自然な「快の気と意識的に合わせる(愛気)ことで」

脳内情報の「否定的な感情が認知エラーとして」書き換えられる。

この脳内情報の書き換え(快気干渉による認知エラー※自然回復)を

あなたの視覚、聴覚、触覚の『五感に「変性意識状態」で積極的に起こすように『干渉する』。

やがて、見えるはずのない、触れないはずの情報に触れるようになる。

こうした『AMSワークの意図的な「愛・快気干渉による認知エラー修正、視点の逆転によって、

あなたの意識がパラダイムシフト』する。

『それ』は無時間、無空間、別次元の至福、「もともと在る」永遠の大河TAOだから。

(以上引用)


         

昔の修行仲間からのメールの続報

11月10日に、昔の修行仲間からのメールをいただきましたが、今回はその続報です。

今回も読みやすいように、文章の段落を整理して引用します。

(以下引用)

***『感謝内観・瞑想は脳を活性化し「闇の感情反応」を書き換える愛の錬金術』***

怒りや悲しみ、恐れといった『潜在意識に染み込んだ長期記憶 による「感情反応」トラウマ』。

この苦しみは『潜在記憶化して脳に留まること』であなたを悩ませ続けるマインドの闇となっている。

これがどんなに『頭(大脳新皮質)でわかっても抑えきれない感情反応「わかっちゃいるけどやめられない」』行為に結びついてしまう。

例えば、いつも暴力を奮う紐男や物をねだってくるクレクレ女性に『知性で考えても「なぜかわからないが」惹かれてしまい「同じ過ちを繰り返して後悔する」ような。

これら『苦しみの情動は強い意識圧力を生む「気の心身言語」として潜在意識に深く浸透していく』。

では「どうしたら」 マインドの闇、感情の自動記憶反射を消すことができるだろうか。

あなたは、これまで「様々な瞑想「法」やセラピー、ヒーリング、加持祈祷や 魔術に至るまで試したのに消せない」

「なぜ」だろう?

あなたは自己のハート、胸の精宮(アナハタチャクラ)を強く意識して本気で問いかけなさい。

『それ』は「真剣な感謝内観」が誘う祈りが『「道なき道の道標」となる』。

真宗の身調べ、感謝内観・瞑想は『「自分が闇だと思い込んでいた長期記憶」を表層意識に呼び出し、この記憶にまつわるマイナス感情を「感謝の想い・光の記憶に結びつける」』ことで『ゼロ思考・中和バランス』の意識「愛そのもの」に変容している。

『それ』は 否定的なマイナス記憶、「苦しみだと思い込んでいた「自分」の分離・部分意識も「光の想い、愛に出逢うための道程・TAO に至る旅路だった」と気づくことで、『「何一つ問題なかった」という「強烈な」感謝の想いと涙が祈りに変わる。

やがて無我の歓び「気の心身言語」が潜在意識を「深く浸透する」ことで新たな長期記憶として「書き換えられる」ことで意識変容するというAMS理学原理。

例えば、あなたが「両親から厳しい躾、体罰を与えられ育てられたことで親の死後も強い嫌悪と怒りの感情がどうしても晴れなかった」のに、 身しらべ・内観ワークで『両親の厳しい躾のお陰で、小さなミスも許されないシステムエンジニアの世界で今超一流と言われるまでになり、豊かで 幸せな人生を「結果的に」過ごせている』 ことに気づき。

『「これまでは自分の才能、全て自力で成功した」と思い込んいたが、実は両親が 知らず知らずに「教え与えてくれていたお陰だ」』と
 
『何をしても消えなかった怒りの感情が 嘘のように消え去り、両親に対して抱いていた 怒りの感情が、 逆に「すまない」という想いが湧き上がり、号泣する感情と「感謝の光が」ハートから無限に溢れ出ている』だろう。

これは両親に対する「記憶と深い怒りの感情とが繋がっていた」ものが、『感謝感情の連合記憶に変換され、
 新たな長期記憶として潜在意識が書き換えられた』ことによる意識シフト。

この錬金生成原理は『怒りという「強い情動」、闇の気の心身言語が涙を流すくらい「強い感謝の情動」の
 光の気の心身言語とが「衝突したことで」中和バランスし、ニュートラルゼロとなる「無我の愛に還った」』だけ。

AMS(アインシュタインモデル心理学) 感謝内観・瞑想とは、『光と闇の情動(感情記憶)を同時に 観ることで 潜在意識の感情記憶を「善悪、光闇を超越した大自然・宇宙大光明のゼロ」に還していく』愛の錬金法・TAO。

(以上引用)

このメールに対して、

「心理学的な知識やその他の方法は精神を病んだ人々の治療には有効でしょうが、

覚りを目指す修行者には、特に必要ではありません。

覚りは一大事の因縁によって起こるものです。」

と返信しました。


石法如来の特別寄稿:インフレ、そしてスタグフレーションへ。(その3)

ここに来て日本は、為替が円安方向に動いています。今年(2021年)9月20日まで109円から110円位と安定して為替相場でしたが、アメリカがテーパリングを実施すると述べられた後から円安方向に動き現在113円台(一時、114円台)を付けております。
 
円安がどの様に影響するかと申しますと、輸入製品の価格上げとなって働き物価の上昇に繋がります。ドルと円の為替チャートを見てみますと、2012年頃には1ドル75円32銭を付けたあと円安方向に動き2015年アベノミクスが開始されてから120円台の円安に一気に動きました。
 
アベノミクスの円安は、輸出企業に恩恵をもたらすものであり消費者に対する恩恵はほとんどありません。考えて貰えれば分かりますが、日本人がこぞって海外旅行に行くことが出来たのは、円高の恩恵と言っても過言ではありません。
1945年に、太平洋戦争が終わった頃の為替レートは1ドル360円であり、その時代が長く続きました。
 
1ドル360円の時代に、海外旅行などは夢のまた夢であり永遠にその様な日など訪れることは無いだろうと考えたものです。
今申し上げた、1ドル75円の円高というのは何と360円の5分の一に近い金額であり、輸入する物の価格が変わらないと仮定した場合、為替要因だけで考えると5分の一の値段で購入できる訳ですから、消費者の恩恵は極めて大きなものです。
 
今、何故為替(かわせ)の話を書くかと申しますと、物価(価格)の上下に密接に関係しているからです。
チャートを見ますと、原油の値段は8月まで1バレル(159リットル)=64ドルでしたが、現在(2021年10月末)では84ドルに値上がりしております。・・・3割ほどの上昇です。
 
仮に、原油価格が3割上昇したところで為替が現在より3割高い1ドル80円位とすると、原油価格の上昇分を為替で相殺してくれますので、国民の懐は痛まないと言うことになります。
そう考えると、円安・輸入品高というのがいかに庶民の生活を圧迫するか?と言うことが理解出来る訳です。
 
経済理論的に普通に考えて、物価が上昇するということは「お金の価値が下がっている」ということになります。コロナパンデミックで、海外からの旅行客が激減していますが、少し前まで沢山の人達が日本に観光旅行に押し寄せていました。
海外からの観光客が増えた原因は、円安にあります。日本の円が安いということは、対する外国の通貨が高いということになりますから、外国人にとって日本に観光に行くメリットを享受出来るという訳です。
 
普通に考えたら、ドルをどんどん刷るアメリカの通貨が安くなり、世界一の債権国と言われる日本の通貨(円)が安くなると言うのは考えられない現象ですが、現在のところ金利で動いているようです。
現在アメリカの政策金利は0.25%、対する日本は-0.10%です。確かに、金利差は少ないように見えますが、テーパリングにより将来アメリカの長期金利が上がることを見越して、ドル高・円安方向に為替が動いていると想像出来ます。
 
日本の政治家などは、円高は悪いという刷り込みを国民にしていますが、経済の世界では昔から「通貨が強くて(高くて)滅んだ国は存在しない」と言われています。
通貨が強いと言うことは、その国に経済力・信用力があると言うことです。人間は誰でも、経済が強くて豊かな国の通貨を欲しがるものなのです。
 
第一「信用がある」と言うことは、その通貨は「どこでも使える」と言うことです。役に立たない、信用出来ない通貨を誰が欲しがるでしょう?
一番分かりやすい例は、発展途上国などが国債(国の債券)を売り出すときに、とんでもなく高い金利が付いていることがあります。
 
なぜ金利が高いかと申しますと、国(通貨)に信用力が無いからです。特に、返済能力に対する信用です。よく、銀行や証券会社で扱う外国債券の中には、びっくりする位高金利の商品を売り出すことがありますが、通貨の信用力により金利が決まっていると言うことです。
従って、高い金利だけに着目して投資すると元本を大きく毀損して損失を被ることになりますから注意が必要です。
 
参考動画の紹介                                                                           
https://www.youtube.com/watch?v=gm9na2AnFi0
2021.10.3【米国経済】米国で異常なインフレ‼︎国内外への影響に懸念。世界的エネルギー危機もなぜ連銀はインフレを放置したのか?   


*法津如来のコメント

経済問題(インフレ)といえば、難しいとと思われがちですが、生活に直結した問題です。

この原稿を送ってくれました石法如来は、同時に子猫の動画を送ってくれました。
【祝卒業】5代目おちびーずは正式に里親さんのお家の子になりました - YouTube


「動物の絵」展

昨日は、府中市美術館で開催されている「動物の絵」展を見に行きました。

この展覧会は東京新聞などが主催しているものなのですが、妻が抽選に当たり優待券を頂いたためです。

前日は大雨でしたが、昨日は素晴らしい秋晴れでした。

「ふしぎ・かわいい・へそまがり」をコンセプトにして日本とヨーロッパの絵を展示してあります。

パンフレットによると、

「日本では、こうした『動物を絵にしたい」という気持ちに素直に従い、画家たちはのびやかに動物を書いてきました。さらに、生き物を慈しむ仏教の教えも後押しとなり、神秘的な霊獣からかわいい子犬なで、数々のの動物の絵が生まれました。
 一方、西洋では、日本のように自由に動物を描き楽しむことが長くできませんでした。動物を崇めることを禁じたキリスト教の教義や、人間を描くことを第一とする芸術観のためです。西洋の動物画の歩みは、こうした妨げを乗り越えていく歴史でした。そのエネルギーの源は、それでも『動物を絵にしたい」という強い思いに他なりません。」

絵の話は文字だけでは実感がわきません。11月28日まで開催しています。足を運ぶことをお勧めします。
しかし、今ではその絵画のいくつかはネットで見ることができます。それでも楽しめます。

開館20周年記念 「動物の絵」展 
http://fam-exhibition.com/doubutsu/


昔の修行仲間からのメール

このブログでも取り上げたことのある昔の修行仲間から、次のような直感・啓示が降りたということで、メールを頂きました。

参考にして下さい。

慣れない言葉もありますが、反発しないで好意的に読んで下さい。

読みやすいように、文章の段落を整理して引用します。

(以下引用)

***愛は「ニュートラルゼロの感謝」***

 あらゆる願望達成が消滅する』無努力変容法則・愛の錬金術!が、伝えられてきました。

多くの人達が「覚醒・目覚めを求めている」と言いながら、

実は苦しみからの『癒やしや願望達成を 目指している』。

これは至極当然な『思い』、 なぜならマインド・思考の目的として

『生存のために苦しみを避ける「プログラムが脳内インストール」されている』から。

いわば『「目的達成」が人生、幸せに「なる」ことの意味だと疑問を挟めない脳構造』となっている。

だから 人は『幸せに「なる」=何物かに「なる」』の マインド方程式、「エゴの引力圏」から離脱できない。

決して『それ』が元々「ある」もの。

 幸せとは『「なる」ものではなく「ある」ものだと、「絶対の」至福と感じられない』。

『真実の太陽の姿は「昇ることも沈むこともない」ことが「観えない」』ように。

マインド・エゴは「常に頭の造る目的・成果」に隷属している。

 『無目的・「無思考の直観」を信頼する「ハートに繋がれない」』。

だから 大いなる存在(大自然、宇宙、神様その他)に身を委ねた「全託の愛気(合気)」と 出逢うことがない。

『それ』は 本当は『存在しない恐怖、苦しみを「自分が造り」マインドが抵抗の限りをし尽くした時、

疲れ果てて※(自我限界点で)全心身の力が抜けた瞬間、『「何もしないをする」と 海に浮かんでいるTAO』(自然回帰力)が発現して1つ在る。

マインドには『無努力変容のTAOが難しいものだという「錯覚が思考・潜在意識深くに埋め込まれている」。

様々な瞑想「法」、引き寄せ法則や自己啓発 NLP、セラピー、ヒーリング

『どれも「問題解決の思考目的を前提に」 造られている』。

大自然・宇宙が元々『「何もしないをする」と浮かぶ『救いが存在しない救い』の「自然構造に創った」ことを人は覚(思)い出せずにいる』だけ。

『心身が完全脱力した「愛(合)気体」は『それ』無意識(潜在意識ではない)・空、 ハートの本源と繋がっている』。

『非言語の愛を相互不分離』で感じる(相伝指導)瞑想そのもの。

『それ』は『頭・マインド思考を通すことなく「存在の中心であるハート」 胸の精宮(チャクラ)を意識している想い』。

『それ』は『マインド思考が造る「方法ではない」
 
ハートの「方向」無我の祈りと共に在る』。

だから あなたが自己存在のセンター(中心)、

 ハートの精宮に気(意識振動・波動)を真剣に集中し、

「無思考・無目的に内観」で(私は誰かを)問いかけ、

 感謝が自然に湧き上がってくる瞬間あなたの思考・マインドは「無我の祈りとハートで出逢う」』。

『それ』は あなたの『根深い「感情記憶反応」である 反芻思考・インナーチャイルドトラウマや

あらゆる執着を溶かして「1つの愛に」統合していく』ことになる。

ただ あなたが大自然(大いなる存在)の『回帰力・目覚めに向かって「自然に浮く力」本源を信頼して祈り続ければ』、

『それ』はあなたの『脳の「感情記憶反応」反芻思考を愛・無我の歓喜に書き変える錬金術になる』だろう。

人は『それ』 大自然の『道の力を「信仰」とも言う』。

あなたの自我マインドを「常に意識的に」『別の意識領域である本源・真我』に繋がる

『感謝の祈りに「疑いの余地がない無我」 の想いで、気(意識振動)を合わせ(愛気)続ければ』

あらゆる苦しみが『「自我・思考マインドの霧」だと観えてくる』。

『「ニュートラルゼロの空、中庸バランス」 大光明に吸い込まれ消滅』している。

やがて「結果的」に『必ずマインド思考の 願望想定を遥かに超えた本願」

ハートの願いが叶っている』真実の奇跡に出逢っているだろう。

『それ』は『思考努力の行動が一切いらない 無我・歓びの行為と元々1つ(ZONE)在る』

無努力変容法則、愛の錬金法・TAOだから。

(以上引用)


                       

石法如来の特別寄稿:インフレ、そしてスタグフレーションへ。(その2)

視点をアメリカに移しますと、現在アメリカではバイデン・インフレと呼ばれる「インフレ懸念」が叫ばれているようです。
一番は、物価の上昇ですがガソリン価格が高騰し、場所により違いますが高いところでは1ガロン(3.785リットル)当たり5から6ドル(570~684円位)、1リットル当たりに換算すると150~180円で、過去日本より割安であったガソリン価格が爆上げしています。
 
アメリカでは、2006年以降「シェール革命」とまでいわれたシェールガス・シェールオイルの開発ブームがありました。
それらは、「水平坑井」(水平掘技術)・「水圧破砕」・「マイクロサイズミック」と呼ばれる3つの技術であり、地下資源の開発など昔から使用されていたものですが、それらを改良・高度化しながら技術を組み合わせることで「シェール革命」は可能となったものです。
 
トランプ政権時代までは、ガソリン価格の値上がり等もなくインフレ率は高くありませんでしたが、2021年バイデン政権に移行したのち全ての原油パイプラインを停止させたことなどにより原油価格が高騰、付随して日用品(物)などの値段が一気に上昇している模様です。
 
アメリカは、「シェール革命」においてエネルギーの輸入国から輸出国に転換していたのですが、バイデン政権で事態は急展開最悪の事態に陥っているようです。
中国で起きている、停電や素材不足などによりアメリカも工場の操業停止が続くとともに、製品を輸入してもアメリカ・イギリスなどではドライバー不足で流通が停滞していると言います。
 
原因は色々考えられますが、アメリカの場合手厚い休業補償のため働かないドライバーが増え、サプライチェーンが寸断される事態となっています。
因みに、サプライチェーン(供給連鎖)とは「製品の原材料・部品の調達から、製造、在庫管理、配送、販売、消費までの全体の一連の流れ」のことをいいます。(以上、「大和ハウスグループサイト」から引用)
 
アメリカ・バイデン民主党政権は、社会主義政権であり大きな政府を標榜し予算の大量ばらまきを行い、労働者の勤労意欲を削いでいるようで、各所にその歪みが表れていると言われます。
とにかく、スーパーや量販店に生活必需品が足りないなどの事態が起こっており、その原因はアメリカ西海岸に到着したコンテナを積み下ろす港湾労働者不足であり、流通が滞ると当然品物が不足するので価格は上昇しインフレの要因となります。
 
インフレになる原因は、色々考えられますが大きいのは通貨供給量が増えて貨幣(ドル)の価値が下がることです。因みにアメリカでは、お金の総量が昨年に比べ2倍に膨らんだようです。
一生懸命、アメリカのFRB(連邦準備理事会)がQE(量的緩和(政策))を行い、デフレの脱却や景気を刺激することを目的に大量に資金(マネー)を供給しています。
 
最近、FRBのパウエル議長がQE(量的緩和)を縮小させるテーパリングを実施すると述べ、それまでのマネーの流れが反転する事態となっています。
因みに、 テーパリングとは直訳すると「先細り・次第に先が細くなっていくこと」を表し、リーマンショック後の2012年9月から行われているQE(量的緩和)政策を改め、元の平常な状態に戻そうとする動きが見られるということです。
 
QE(量的緩和)の終了で考えられることは色々ありますが、一番は株価の下落の怖れがあることです。・・・日本も同じですが、少なくてもアメリカ・日本の株式市場の株価は実体経済を上回る高値を付けています。
何故高値が続くかと申しますと、QEでジャブジャブに供給した資金が庶民に回らず、金融市場(株・債券など)に回っているからです。特に、政府の政策が上手くいっているように見せかけるため中央銀行(例えば、FRB・日本銀行など)が、株や債権を買い集めて価格のつり上げに協力しているのです。
 
この株価操作は、通常の金融政策から見たら邪道に等しいものです。その、アンバランスな政策が将来の日本やアメリカの経済に暗い影を落としているのです。
 
https://www.youtube.com/watch?v=WboNzvk738A
「バイデン・インフレ」でブルークリスマスがやって来る


*法津如来のコメント

今回の石法如来の特別寄稿を読んでから、紹介されている動画を見ると、アメリカの現状やインフレについて生き生きと理解されます。


今できる良いと思うことを真剣に行う

昨日は、月に一度くらい電話をくれる方から電話を頂きました。

彼も私も電話かけ放題の契約になっていますから、長電話をします。

以前は北海道からの電話でしたが、今回は大阪に戻ったので、大阪からだということです。

彼からの電話について以前にも書いたことがありますが、内容はいろいろです。

彼は24歳の頃、神秘体験をして、その体験は何であったか知りたくて、仏教の勉強をしたそうです。

そのため、大乗仏教についてよく知っていて、私の知らないことも多く教えてくれます。

自分は悟っているかもしれないが、まだ死の恐怖があるので、完全には悟っていないのだろうと言っています。

死の恐怖のあるうちは、完全には覚っていません。

覚ることの目的は死の恐怖の克服ではありませんが、覚れば死の恐怖はなくなります。

この人生で、本当に大切なことを知ってしまったからです。

もうこれ以上は何もいらないという境地になるからです。

ですから、いつ死んでいいという気持ちになっているのです。

今、関心があることといえば、まだ覚っていない人が自分と同じように境地になることです。

しかし、これは自分が何か特別なことをすればできることではないのです。

これは因縁によるのです。

ですから、今できる良いと思うことを真剣に行うのみです。

経済問題を考える必要性はどこにあるのでしょうか?

普通、子供のうちは親が面倒をみてくれますから、衣食住の心配はしなくてもよいのです。

しかし、大人になると、何を着て、どこに住み、いかに食物を得るかが大きな問題になります。

大人になるということは、経済の心配をするようになるということでもあります。

これが、従来の普通の考え方です。

しかし、これは本当のことでしょうか?

・・・・・

れいわ新選組の山本太郎さんは「何があっても、心配しないでよい国を作りたい」と言っています。

これは、大人でも、老人でも、病人でも、働けない人でも、何も心配しなくてよいということです。

そんなことができるのでしょうか?

それには、経済について知らなければ、答えられません。

本当は、できるはずなのです。

地球上に生まれた人間以外の生物はそのように生きているのですから、

ましてや人間ができないはずはないのです。

約2500年のインドで、それをできているとゴータマ・ブッダは言っていました。

私は過去のブログ記事で説明しました。
https://76263383.at.webry.info/201304/article_19.html


「わたしは怒ることなく、心の頑迷さを離れている。

マヒー河の岸のほとりに一夜の宿りをなす。

わが小舎(すなわち自身)はあばかれ、(欲情の)火は消えた。

神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」(岩波文庫「ブッダのことば」中村元訳)

石法如来の特別寄稿:インフレ、そしてスタグフレーションへ。(その1)

コロナの感染者も減少し、緊急事態宣言が明けるまえ位からインフレ傾向が見られ、巷ではガソリン価格の上昇に感心が向いています。今回は、経済問題である「インフレ」について少し考えてみたいと存じます。

日本では、長引くデフレ(不景気・物価の下落)によりインフレ(物価の上昇)とは縁遠い状態が続いて来ました。・・・今までは、景気が悪く賃金(給与)が上がらない+物の価格が上昇しないことで、ある意味助けられていた部分がありましたが、ここに来て状況に変化が現れて来ました。

経済という視点で考えると、緩やかなインフレ(物価の上昇)は経済の適度な拡大・拡張に繋がり、給料アップなどありますからある意味「良いインフレ」と言う事になります。 ところが、まだコロナ感染症の波が本当に収まったのかどうか分からない中での物価上昇は、当然賃金が上向かない不景気の中でのインフレですから「悪いインフレ」ということになります。

今回のインフレの波は、どうやら日本だけで起こっているのではなく世界的なものであることが分かります。エネルギー(原油・ガス)価格の上昇は、その前兆となるものです。 原油について言えば、産油国が油の供給を絞っている・供給を増やさないということが大きな理由となります。供給量が増えない中、消費量が増えると当然価格(相場)は上昇します。

私の住む北海道では、1年の約半分が冬ですから灯油の需要が多い地域です。最近まで、1リットル70円位の価格帯でしたが、現在は1リットル100円を超えております。 私の家で、大体一ヶ月300リットル位焚くので灯油代の値上がりは家計を圧迫します。

自宅で使用しているガスの方も、値上がりするという告知が出されました。・・・地球温暖化防止ということで、化石燃料を使用せず自然再生エネルギー(太陽光・風力発電)利用を推進しておりますが、ここに来てそれらでは絶対数が足りないことが判明し、エネルギー価格高騰に繋がっているという説があります。

車(自家用車)も、将来的にはEV(電気自動車)に置き換えると声高に叫ばれていますが、果たしてどうかな?と個人的には思います。 確かに、ハイブリッド車などの普及でガソリン消費量も減り、原油の価格高騰を防ぐストッパーの役目を担っていたことは間違いありません。

日本ではあまり話題になりませんが、お隣の中国では大変な電力不足で9月から中国の地方政府は、電力消費の削減を企業側に伝え、その影響により多くの工場が生産停止しているようです。 今まで堅調そうに見えた中国経済も、現在では不動産大手の恒大(こうだい)集団のディフォルト危機により、いよいよ中国の不動産バブル破裂近しかと騒がれています。

大きな企業が躓くと、それに関連して中国経済そのものが抱える借金の額が浮上してきます。インドのメディアでは、中国の隠れ債務は40兆ドル(約4500兆円)に達すると報道されているようです。今年の中国は、夏場に大規模な洪水に見舞われ大変な被害が出たようですが、当初停電のきっかけとなったのは燃料となる石炭不足からと言われています。

数年前まで、石炭の大規模輸出国であるオーストラリアと良好な関係を築いていたのですが、最近は関係が悪化中国がオーストラリアの輸入品にたいして関税をアップしたことから石炭の輸入量が激減、停電に繋がったと伝えられています。

石炭を産出する炭鉱も、大雨・洪水の影響を受け十分に採炭出来ないことも、停電・家庭の暖房などに影響を及ぼしている模様です。
新型コロナパンデミックの悪影響を、いち早く解決し経済回復を果たしたと言われる中国ですが、ここに来て●借金漬けの経済体制(不動産企業のディフォルト危機)●エネルギー危機(電力不足)●輸送混乱(サプライチェーンに悪影響)が表面化して来ました。

参考動画の紹介

https://www.youtube.com/watch?v=FHsJE75-Gyg

10-24 (ヤバめの小ネタあり)燃料価格バク上げで今までの政策が動揺している

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6408412

年間4万円以上の負担増に 相次ぐ値上げでテレビ朝日系(ANN)


*法津如来のコメント

経済の問題は、直接的に覚りとは関係ありません。

しかし、何一つとして、世の中のことは無関係ということはありません。

すべて因縁でありますから、繋がっています。

今まで、経済問題に無関心であった方も、この際この問題について考えてみたらどうでしょう。



「日本語が世界を平和にするこれだけの理由」の続き

「日本語が世界を平和にするこれだけの理由」を読んで、日本語と英語等との違いを短く説明するのは難しいのですが、この本では「『する英語』と『ある日本語」』」という節はその理解の助けになります。

英語の文は動作で構成されていて、日本語は状況を表現しているということです。

例えば、「私があなたが好きです」という文は、英語では「私は 好き あなたを」ですが、日本語では「好き です」となるということです。

(以下、この本の204ページからの引用)

実はそれこそがこの章でお話ししたい「日本語の世界平和への寄与」の意味なのです。

ここでまたまた私の思い出話ですが、2007年の夏に、久しぶりに訪れた広島で私は「世界平和への思い」を強くしました。

具体的には、平和公園の中の慰霊碑の碑銘「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませんから」を見た瞬間です。

以前から、この二つ目の文を巡って「一体、過ちを繰り返さないと誓っているのは誰なのか」という問題が起きたことは知っていましたが、その日、広島に身をおいて、ふと私には、「誰の過ちか」が明らかにならない方がかえって日本語らしくていい、と思えたのでした。

つまり、本書で注目してきた「わたし」と「あなた」の共存が、ここでは「敵」と「味方」の共存という形をとっているということに思いついたのです。

そう考えれば、敵はいつまでも敵ではなくなります。

国境を越えて、広く地球という一つの星の上に共存する人類というところまで連帯の和を広げてゆくなら、戦争という異常な状況に敵もまた当事者、そして被害者として巻き込まれていたと考えられるからです。

確かに戦争では、ほんのひと握りの人たちを除いて、敵も味方もほぼ全員が犠牲者と言えるのです。「正しい戦争」などというものはありません。

(以上引用)

私も、2019年8月6日、広島市の平和公園の慰霊碑の碑銘「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませんから」を見て、すこし違和感を感じましたが、今はこの通りだと思います。
https://76263383.at.webry.info/201908/article_6.html


「日本語が世界を平和にするこれだけの理由」

金谷武洋著「日本語が世界を平和にするこれだけの理由」という本があります。

この本については、今年の2月9日にこのブログで取り上げました。
https://76263383.at.webry.info/202102/article_11.html

この著者は長い間カナダで日本語を教えていた教師です。

その経験に基づいて、この本を書いたのです。

平均的日本人は、他のアジアの国と比較して英会話能力が低いと言われています。

この本ではその理由を二つ述べています。(以下引用)

(1)日本語と英語が様々な点で正反対であること

(2)母国語である日本語を日本人自身がよく分かっていないこと

日本語は英語の文法になぞらえて、英文法を土台に教えられてきました。まるで日本語と英語は同じ言葉であるかのように。

ところが本当は何から何まで正反対だということに私は気づいたのです。

地球上によくこんなに違った二つの言葉があるものだ、と正直驚いてしまいました。

そこで、学校で教えてくれない日本語の本当の姿を若い皆さんに知っていただきたくてて、この本を書いて見たいと思ったのです。

それを知ることで、大きなメリットが二つあります。

一つ目は、「普段あまり気づかれていない日本語の秘密」を知っていただけたら、日本語本来の美しさを生かしたコミュニケーションができるようになることです。

「日本語に秘められた大きな力」に気づき、役立てていただければ、これほどうれしいことはありません。

日本語は、実は世界に誇るべき素晴らしい言葉です。(以上引用)

以上はこの本の「はじめに」の一部ですから、具体的な内容はわからないでしょうが、

本文は読めば、なるほどとわかります。

私がたびたび、カタカムナについてお話しするのは、別の面から、日本語の素晴らしさと、重要性を理解するためなのです。

また、そのことは日本人のためだけでなく、世界の人々にも重要だと考えています。

日本語が世界を平和にするからです。


石法如来の特別寄稿:念彼観音力(ねんぴかんのんりき)

35年ぶりに、懐かしい言葉に出会ったので書いてみます。表題の、「念彼観音力」(ねんぴかんのんりき)とは、『観音経』(法華経観世音菩薩普門品・ほけきょうかんぜおんぼさつふもんぼん)の中に出てくる言葉です。
懐かしいとは、10月28日掲載(「自称「法津(のりつ)如来」のブログ」)の記事に、読者であるhalさまがコメントで『観音経』を紹介してくれて、久しぶりにその経典名に触れたということです。
 
私と観音経の出会いは、阿含宗時代に遡ります。28歳から35歳まで、足かけ7年間阿含宗で修業?させて頂いたのですが、その時読誦していた経典が般若心経(はんにゃしんぎょう)と妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五偈(みょうほうれんげきょうかんぜおんぼさつふもんぼんだいにじゅうごげげ)でした。その他に、真言などを唱えていたのですがここでは省略します。
 
当時の阿含宗では、因縁解脱の修業法として「千座行(せんざぎょう)」なるものを教えておりました。千日間、休まず行(修業)を続けるならば因縁が切れる・・・という触れ込みです。
これは、絶対やらなければ損だとばかりに私自身挑戦することにしたのです。
 
千日間、一日も切らさずに行(ぎょう)を続けるとしたら二年九ヶ月の間頑張らなければいけません。長期出張とか、どうしても行が出来ない時には「代行(だいぎょう)」というものがあり、本部道場に届けると代わりに行をしてくれるという仕組みになっていました。
 
私の場合、仕事柄出張(野外演習)が多いので代行を依頼できるのですが、なるべく自分で行をしたいので時間短縮のために経典を丸暗記して臨んでいました。
普通、ゆっくり行うと35分前後かかる行を15分位で終わらせます。一人で、孤独な時間を作れる人間は周囲を気にしないで行を実践出来ますが、私の場合常に周りに人間がいるので、一人になる時間を作るのがとても難しかったことを覚えています。
 
そこで考えたのは、トイレの中で座を開き行じるというものです。座を開くとは、(携帯可能な)本尊である「ご宝塔(ほうとう)」を安置するということで、その後に(その場で)一連の所作に基づき経典・真言の読誦を行うという訳です。
トイレに入ってから出るまで、約十五分ほどで定められた行(ぎょう)を淡々とおこないます。あまり長くトイレに止まると、不審に思われますから「一心に素早く行法を進め」るのです。
 
結局、七年間で二千日超の修業を完遂しましたが、因縁解脱したという感覚はまるでありませんでした。ただ、教団に止まっている限り「1000日、あるいは2000日達成した」という証に、袈裟に印(しる)しが付くので一目瞭然でした。・・・ある意味、自己満足の世界です。
 
そこで「念彼観音力」の『観音経』ですが、この経典を管長である桐山靖雄氏が採用したのは、事業に失敗し柱に紐をくくり首を吊ろうとした「その時」観音経を見つけ自殺を思いとどまった、という風の因縁を語っていたことを思い出します。
 
それ程までに、功徳のある経典なので会員諸君にも勧めるのです。・・・みたいな話を、何度も聞いた覚えがあります。
観世音菩薩が、「私たちが人生で遭遇するあらゆる苦難に際し、観世音菩薩の偉大なる慈悲の力を信じ、その名前を唱えれば、必ずや観音がその音を聞いて救ってくれる」と・・・。
 
信じる者は救われる。・・・私の場合は、一心に信じる気持ちが足りなかったので、結局その教団を離れる事となりました。
最もものは考えようで、その教団を離れたが故に私は自分自身の目的を、最終的に達成することが出来たのだと言うことも出来ます。
 
もしかして、観音経を一心に読誦した功徳?を一番得ることが出来たのは、私自身だったのかも知れません。
全く、人生何が幸いするか分かりません。・・・そう考えたら、目先の目標を疎かに処してはいけないと言うことになります。


*法津如来のコメント

最後の「全く、人生何が幸いするか分かりません。・・・そう考えたら、目先の目標を疎かに処してはいけないと言うことになります。」は重要です。その通りです。


私の誕生日にまつわる話

今日は何も書くことがないなと思っていましたが、

もしかしたら、今日が私の本当の誕生日なのかもしれないと思い出しました。

私の戸籍上の誕生日は、昭和19年1月2日、中華民国浙江省杭州延齢路に生まれたことになっています。

しかし、実際はどうもこれは違うらしいのです。

当時は戦争中でしたし、しかも外地でしたので、適当だったようです。

その時の年齢の数え方は、生まれた時が1歳、正月がきたら2歳になります。

父は、生まれてすぐに2歳になるのはかわいそうだと思ったようです。

そこで、翌年生まれで、届けたようですが、それが1月2日です。

そのように、思う親は多いようで、私の同級生は1月生まれが2割くらいはいました。

後日、私は母に「本当は私は何月何日に生まれたの?」と聞きました。

母も正確には覚えてなく、翌日が天長節(11月3日)だたようです。
「11月2日だろう」と言っていました。

当時の母はまだ若く、友達が翌日は休みなので、遊びに行くのが羨ましく思ったそうです。

1月2日は、周りはみんな正月気分なので、私の誕生日を特別に祝ってもらうことはありません。

というわけで、自分の誕生日は確定してないという思いがあるので、

誕生日を基にした占いにはあまり興味はありません。



木内昇氏の東京新聞の連続小説「かたばみ」の中から

昨日は、第49回衆院選挙投票日でした。

選挙というものは、人が改めてものを考えるのに良い機会になりますので、重要です。

しかし、それが争いのもとになってはいけません。

また、その結果というものは、なかなか面白いものです。

人々の集合意識を反映しているからです。

自分の好みや期待があっても、そのようになる場合もありますが、そのようにはいかない場合もあります。

しかし、それが今の現実なのです。

たとえそれにインチキがあっても、それを含めて現実です。

さて、今日は以前紹介した木内昇氏の東京新聞の連続小説「かたばみ」の中から10月30日の文章を引用します。

(前略)

あなたがたは少国民である前に、すでにひとりの立派な人間です。

これからいくらだって未来を創っていける人間なんです。

人というのは、ひとりとして同じではありません。

ですから、みんなと同じように考え、行動することは、必ずしもいいこととは言えないのです。

本当は誰しも、自分が心から思ったこと、感じたことを大切にして、生きていく権利があるのです。

他の誰にも真似(まね)できないことをして、人生を存分に楽しむ権利があるのです。

なにも、大人が決めたことに、黙って従う謂(い)われはありません」

吉川は静かに、だが確かな声で告げたのだ。

(後略)

注:吉川とは、戦況の悪化した昭和19年の教師です。

この吉川先生の言葉は、令和3年の生徒だけでなく、大人にも通用する言葉です。