昔の修行仲間からのメール4回目

今日は、昔の修行仲間からのメールを4回目を引用します。

修行方法は修行者各自が自分で考え、自分で選択し、自分で行うもので、指導者が指示するものではないと考えております。

しかし、参考なる修行方法はあると思いますので、その一例として次のメールを、今日はそのまま引用します。

ただし、名前は伏せました。

(以下引用)

法津如来様

よろしければお読み下さいませ。合掌

啓示と今朝実際に体験したことを言語化しました!

○○○拝


 『自観・感謝内観道』がAMS瞑想!

 在家修業者の多くが「自分を観る」いわゆるヴィパサナ瞑想が難しい。

 これは一般にはサマタ力・集中力の不足、醸成の不足と考えられてきた。

 集中力とは、心身が弛緩した脱力状態で「自然に現れてくる」ことに気づく人達が以外に少ない。

 特に瞑想「法」を座式で行うものと定形化した発想に陥っていると特に。

     実は

 日本に禅が入ってくる前の中国禅において寝た状態で禅を行う寝禅というのが念仏禅と共に存在したという。

     また  

 日本のチベット密教活仏からはゆったりソファに寛いだ脱力状態で、

変性意識を呼び起こす瞑想を推奨された。 

     実際

 ダイナミック瞑想、ダンスワークなど動的瞑想「法」が向いているタイプは、

 身体エネルギーが過剰傾向にあるため通常の静的な座式瞑想法は

「長期間のリトリート、出家修業」で食事を含めたトータルワークとして取り組まないと困難。  

    さて 

 この心身脱力の状態が自然に生じる、寝式瞑想の状態での 

 一般の在家修業者が反すう思考のエネルギーに圧倒され「観て消せない」

    いわゆる

 「わかっちゃいるけどやめられない」感情・行為のループから脱する道の『方法と方向』について。


 一つは自観という秘伝ワークがある。
これはある強い感情、怒りや不安が湧いてきた時 
の「体感覚が強く現れた場所」(主に胸中心が多い)に意識を集中すると

    同時に 

 頭頂部と「眼と鼻の裏の間」にも意識集中するもの。しかし、このワークもサマタ力が必要なため一般在家修業者には難しい。

    しかし、この時

 内観感謝の想い、慈悲の祈りの気を想起して行うと「集中の努力・心身緊張の感覚ゼロ」で 

 気づくと「無の変性意識に出逢っている」。

    特に

 内観で過去の感謝体験を強く信頼し
☆☆☆☆☆「自分は常に救われ護られていて完璧」だという 
☆☆☆☆☆『確信的な思い込み・プラシーボ力(信仰力)が自然に強まり』無意識に常に想起し続けていると。

やがて


 「自分の生き残りの思い、本能・執着から生まれる怒りや不安の思い」    
は気づくと消えていて

    脳内認識が

 別の領域の想いによって変容している。

 自分が存在しない永遠のTAOとして。  

         合掌

(以上引用)