一切の生きとし生けるものは幸せであれ

久しぶりに、スッタニパータの第1章8 慈しみ(慈経)を中村元訳「ブッダの言葉」(岩波文庫)から引用します。

(以下引用)
143
究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達してなすべきことは、次のとおりである。
能力あり、直く、正しく、ことばやさしく、柔和で、思い上がることのない者であらねばならぬ。

144
足ることを知り、わずかの食物で暮し、雑務少く、生活もまた簡素であり、
諸々の感官が静まり、聡明で、高ぶることなく、諸々の(ひとの)家で貪ることがない。

145
他の識者の非難を受けるような下劣な行いを、決してしてはならない。
一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ。

146
いかなる生物生類であっても、怯えているものでも強剛なものでも、悉く、長いものでも、
大きいものでも、中ぐらいのものでも、短いものでも、微細なものでも、粗大なものでも、

147
目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも
すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも、
一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。

148
何びとも他人を欺いてはならない。たといどこにあっても他人を軽んじてはならない。
悩まそうとして怒りの想いをいだいて互いに他人に苦痛を与えることを望んではならない。

149
あたかも、母が己が独り子を命を賭けて護るように、
そのように一切の生きとし生れるものどもに対しても、無量の(慈しみの)意を起すべし。

150
また全世界に対して無量の慈しみの意を起こすべし。
上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき(慈しみを行うべし)。

151
立ちつつも、歩みつつも、坐しつつも、臥つつも、眠らないでいる限りは、
この(慈しみの)心づかいをしっかりとたもて。この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ。

152
諸々の邪まな見解にとらわけず、戒を保ち、見るはたらきを具えて、
諸々の欲望に関する貪りを除いた人は、決して再び母胎に宿ることがないであろう。

(以上引用)

この慈経を引用する気になったのは、先日NHK朝の連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」のヒロイン(安子)の祖父が亡くなる間際に、安子に「幸せになれよ」という場面がありました。

その時、慈経の「一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。」を思い出したのです。

ゴータマ・ブッダは、すべて生きとし生けるものを、孫娘のように思っていたのだなと。

ただし、凡夫である安子の祖父は「幸せになれよ」と言い、ブッダは「幸せであれ」というのです。