石法如来の特別寄稿:大学通信教育(その4)

スクーリングの参加すると、色々な方に出会います。・・・2回目のスクーリングに参加したとき、仙台から参加のSさんが近傍の貸し自転車店から自転車を借りてきました。
「これは良い」と言うことで、仲間数名が同じように貸し自転車を借りて通学するようになります。
 
京都の街は、電車がなくほとんどバスによる移動です。それはそれで楽しいのですが、運動も兼ね自転車通学を行うことにするのですが、難問がいくつかあります。
佛教大学は、京都の北側・金閣寺近くの紫野(むらさきの)という場所にあり、私の住む詰所から約8キロ離れた位置にあります。
 
最後、3キロほどは登り斜面でかなり体力的にきついと言うのがその難問で、次に京都の暑さです。・・・京都は、盆地なので夏はとても暑く北海道から参加の自分にはかなりきついのです。最後当然ですが、時間に余裕を持っていかないと授業に間に合わないということで、のんびりしている暇はないと言うことです。
 
校舎に到着したら、駐輪場に自転車を止め汗を拭き着替えをし教室に向かいます。授業により教室は変更しますから、事前にしっかり教室を把握していなければいけません。
通信教育で面白いのは、早く来た人が必ず前の席に座ると言うところです。これについては、大学の先生方も「通学生は後ろから席から埋まり、通信学生は前の席から埋まる」と言っておられました。
 
折角、遠い地方から勉強に来ているのだから、前の席でしっかり授業を聞こうという態度です。その頃の通信教育学生は、その単位科目が終わった後「科目最終試験」を受けるのではなく、科目における最後の授業時間の終わり間近に問題を付与され、解答を決められた期日(大体、10日後位)までに原稿用紙6枚ほどに纏め(学校宛)報告しなければいけないことになっていたのです。
 
期日までレポートを提出しなければ、その時点で単位取得は不可能になり、提出したレポートもA~Cランクは合格、Dランクだと不合格となります。
それまでのように、授業終了と共に科目最終試験があるならある意味一発勝負で、担当の先生のお情けにすがると言うこともない訳ではありませんが、レポート提出という「はっきりした形」になっていますから、何が何でもレポートを提出せねばならず、自ずと授業態度も真剣になるという訳です。
 
授業中、私を含めて寝ている人間は一人もいません。単に、授業に参加すれば良い訳ではないので参加学生は全員真剣です。
周りで、会話をしている生徒もおりません。本当に、絵に描いたような授業風景ですが、それは4年間ずっと変わらない風景でした。
 
スクーリング参加者の、何パーセント卒業までたどり着けたかは不明ですが、仕事をしながら勉学に励むという姿勢は素晴らしいものと感心しました。
 
大学2年目以降、佛教大学の教授陣から専門分野の講義を受けるのですが、一番印象に残っているのは大乗仏典における「空」思想研究の第一人者である梶山雄一(かじやまゆういち)教授です。なぜ印象に残っているかと言えば、授業中発した言葉を日本語で黒板に書いたのですが、字(漢字)を間違えて書くという場面がありました。
 
梶山教授は、間違いに気づきすぐに正しい漢字を書いたのですが、その時に「このとし(年齢)になると、漢字忘れるんだよね。向こうの言葉(パーリ語かサンスクリット語)は忘れないんだけど・・・」と仰ったからです。
その頃、先生の年齢は70歳代で京都大学を退職後に佛教大学に来られ教鞭を執っておられました。
 
昼休みなどに、授業してくれた教授の部屋に遊びに行く機会がありました。・・・校舎とは別棟に教員の研究室があり、表に名札が掛かっています。名札の下には、「在室・不在」の表示があり、中に先生がいるかどうかすぐ判別出来ます。
部屋の中は、横長の15畳位の広さで壁一面に仏教の関係書籍がびっしり並べられています。教授との会話よりも、これ位勉強しないと大学教授・助教授にはなれないのだと感心したことを覚えています。