#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第32章 修行僧 39偈

39 永久にときほごされて安らぎに帰した修行僧にとっては、いかなる生存も打ち克たれ、未来において静まっている。それが苦しみの終末とよばれる。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

「ときほごされて」は漢字で書けば、「解ほごされて」になります。

苦しみの原因が解らずに、苦しんでいる状態から、苦しみの原因が解り、安らぎの状態になった修行者は、どんな生存にも打ち克たと述べられています。

苦しみの原因が解ったとは、この世のものごとはすべて変化し、消滅するものであるとことを知り、それらに執著しなくなったということです。

「どんな生存にも打ち克た」とは、輪廻しなくなったという意味です。当時のインドでは輪廻は信じられており、輪廻しなくなったことは幸せなこと考えられていたのです。

「安らぎに帰した」とは、静まっている状態なのです。

「未来において静まっている。それが苦しみの終末とよばれる。」とは、将来解脱して、心が完全に静まると、苦しみが完全になくなるということです。

最後に、昨日の続きとして、私の今の健康状態を述べますと、朝の体温は36.0度です。倦怠感はありません。鼻の左側の腫れと赤みは、よく見ると多少違いがありますが、ほぼ同じです。押すと多少痛みはあります。完治とは言えませんが、ほぼ治ったと言えます。私の場合は、はじめから喉の痛みや咳などはありませんでした。同居している妻も元気です。しかし、現在東京では、外出自粛が要請されていますから、外出せずに過ごします。



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