#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第32章 修行僧 48偈

48 泥沼をわたりおわって、村の棘(とげ)(=諸感官を刺激するもの)を粉砕し、情欲を滅ぼすに至った人、___かれこそ<修行僧>と呼ばれるのである。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)

*法津如来のコメント

「泥沼をわたりおわって、村の棘(とげ)(=諸感官を刺激するもの)を粉砕し、」について、解説します。

「泥沼」と「村の棘(とげ)」とは、心の名称(ナーマ)と形態(ルーパ)の比喩なのです。訳者は村の棘(とげ)について、カッコで(=諸感官を刺激するもの)と解説していますが、それとは別の解釈をします。

心の名称とは、説明が難しいのですが、まさに心の泥沼というべきものなのです。泥沼がその意味を説明しています。

同様に、心の形態の説明は難しいのですが、それは心の棘というべきものなのです。

ちなみに、心の名称(ナーマ)と形態(ルーパ)については、SRKWブッダのホームページで解説されています。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou006.htm


心の名称が消えれば、情欲(不必要な欲望)がなくなります。

さらに、心の形態(心の棘)がなくなった人を、修行僧(修行者)と説かれています。

仏(ブッダ)とは呼んではいないのは、解脱知見(仏の自覚)まだ明確になっていないからです。





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