#感興のことば(#ウダーナヴァルガ) 第32章 修行僧 68偈〜73偈

68 大きな激流が極めて弱い葦の堤を壊(こわ)すように、情欲をすっかり断ち切ってしまった修行僧は、こなたの岸を捨て去る。蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。 

69 大きな激流が極めて弱い葦の堤を壊(こわ)すように、憎しみをすっかり断ち切ってしまった修行僧は、こなたの岸を捨て去る。蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。 

70 大きな激流が極めて弱い葦の堤を壊(こわ)すように、迷妄をすっかり断ち切ってしまった修行僧は、こなたの岸を捨て去る。蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。 

71 大きな激流が極めて弱い葦の堤を壊(こわ)すように、慢心をすっかり断ち切ってしまった修行僧は、こなたの岸を捨て去る。蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

72 大きな激流が極めて弱い葦の堤を壊(こわ)すように、貪ぼりをすっかり断ち切ってしまった修行僧は、こなたの岸を捨て去る。蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

73 大きな激流が極めて弱い葦の堤を壊(こわ)すように、愛執をすっかり断ち切ってしまった修行僧は、こなたの岸を捨て去る。蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

(中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。)


*法津如来のコメント

今回の71偈は、スッタニパータ4とよく似ています。
https://76263383.at.webry.info/201304/article_4.html

「激流が弱々しい葦(あし)の橋を壊(こわ)すように、すっかり驕慢(きょうまん)を減し尽くした修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。」

慢心も驕慢も、同じようような意味です。これらは自分と他人と比べることによって起こる感情です。

情欲、憎しみ、迷妄、慢心、貪ぼり、愛執などの感情は、非常に強く、それらを克服するのは、非常に困難であると思われています。確かに、その通りですが、これらの偈では、「大きな激流が極めて弱い葦の堤を壊(こわ)すように」と述べられています。

これらの感情の根を知った智慧の力を「大きな激流」に喩えているのです。克服困難に見えるこれらの感情は、智慧の力の前では「極めて弱い葦の堤」だと言っているのです。

感情の根は、前回に説明しました。勇気を持って、情欲、憎しみ、迷妄、慢心、貪ぼり、愛執を克服してください。


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