SRKWブッダ著「仏道の真実++」【功徳のよすが】(2)

(以下引用)

【功徳のよすが】(2)

 ● 予め功徳を積んでいることは、功徳のよすがである。「さあ功徳を積もう」などと言って何も無いところから一気に功徳を積むことはできない。たとえば、大きな結晶を綺麗に作るためには種になる小さな結晶を用意し、それを少しずつ成長させて形成していくであろう。それと同様である。では、最初の功徳はどうやって積まれるのであるか。それは、すべての人が生まれながらに積んでいるということである。このことを、法華経=方便品第二では、「舎利弗よ、正に知れ。私は昔、誓願を立て一切の生ける者達を私と等しく異なるところがない様にしようとした。私の昔の願いは今既に満足し、一切の生ける者達を教化して、皆、仏の道に入らしめた。」と表現している。したがって、誰もが功徳をしっかりと積むことができることが保証されているのである。したがって、自分は功徳を積めない生まれなのではないか、などと心配するには及ばない。

(以上引用)


*法津如来のコメント

「では、最初の功徳はどうやって積まれるのであるか。それは、すべての人が生まれながらに積んでいるということである。」

これについて、SRKWブッダは「法華経=方便品第二」を引用されておられますが、私(法津如来)は、ダンマパダ181偈を引用しましょう。

「人間の身を受けることは難しい。死すべき人々に寿命があるのも難しい。正しい教えを聞くのも難しい。もろもろのみ仏の出現したもうことも難しい。」

この「人間の身を受けることは難しい。」という言葉は、そもそも人間として生まれているということは、功徳を積んでいるということなのです。

そうでなければ、数え切れないほどの無数の生命がいるなかで、人間として生まれくることができなかったのです。




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