SRKWブッダ著「仏道の真実++」【功徳のよすが】(6)

(以下引用)

【功徳のよすが】(6)

 ● 功徳は、重荷を下ろすために積むものである。重荷が却って増えたならば、それでは功徳を積んだことにはならない。ここで言う重荷とは、しがらみという意味である。功徳を積んだ人は、生活が簡素になり静けさが増す。日々を軽々と送るようになる。

(以上引用)


*法津如来のコメント

「功徳は、重荷を下ろすために積むものである。」とありますが、この「重荷」とは、自分でもあまり重荷と気づいていないものなのです。重荷がなくなった時わかります。

例えば、停電で電気冷蔵庫の振動音が消えて、静かになった時、振動音があったのだと気づきます。

また、休日朝起きたとき、今日は会社に行かなくといいのだと気づいた時の気持ちです。この最大のものは、定年になった翌日朝目覚めたときでした。今日から会社に行かなくてよいのだと思ったときの不思議な気持ちでした。会社に行くことは重荷だったのです。

別の例では、職場で私が「肩が凝った」と言うと、ある同僚は「私は肩が凝ったことがない」と言いました。彼の肩をそっと触ると、彼の肩はがちがちに硬かったのです。多くの場合、重荷は自分では気づいてなく、その重荷を下ろしたとき、それが重荷であったとわかるものなのです。

さて、ここで言う重荷、しがらみはそれをなくしたとき、初めてそれが重かったとわかり、楽になったとわかります。




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