SRKWブッダ著「仏道の真実++」【言葉】(1)

(以下引用)

【言葉】(1)

 通常、言葉は人の意思の疎通に用いられるものである。また、知識の伝達、記録、思考、決意の表明などにも用いられる。そして、言葉にはそれらとは別の偉大な働きがある。それは、言葉が人の覚りの決定的な機縁となることである。

 すなわち、人は世に希有なる法の句を耳にして、その真実の意味を理解したときに覚り(=解脱)を生じるからである。逆に言えば、人が法の句を聞くことがなければ絶対に覚ることはできないということである。したがって、覚りを求める人は、言葉を聞くことにおいてよく気をつけているべきである。

 ところで、言葉は、このように有益なものであるが、用い方を誤ると相手を傷つける無形の武器ともなる。もちろん、そのような用い方は理法に適わない愚行である。修行者は、同じことを表現するのであるならば、耳に心地よい、穏やかな言葉を以て語るのがよい。そうであってこそ、言葉は正しく用いられたと言えるからである。そして、言葉を正しく用いる人の前にこそ、世に希有なる法の句は出現すると期待され得るのである。

 さて、法の句こそが、この世における智慧の確かな現れであると知られるものである。ただし、法の句は智慧そのものではない点に注意しなければならない。実際には、法の句を耳にして、その出現の真実の意味を知る人に智慧が生じ、解脱が起こることになる。そして、ある法の句が覚りの機縁として働くのは、通常一人の修行者に対してである。

 したがって、仮に、ある人が幾つかの法の句を集め、一覧したとしても、それによって覚りを生じることはあり得ない。それぞれの法の句は、基本的に使い回しはできない性質のものだからである。

 これは、たとえばプロポーズの言葉に似ている。ある人が、ある相手に向かって発したプロポーズの言葉はあくまでも彼自身のユニークな言葉であって、他の人がそのまま用いても役には立たないようなものである。真似しても白々しく、そぐわない言葉になってしまう。それどころか、人格を疑われかねない。同様に、ある法の句は、それを耳にして作仏するに相応しい人にとってのみに役立つ、ユニークなものなのである。

(以上引用)


*法津如来のコメント

今日から3回に分けて、【言葉】の章を引用します。

ここでは、初めに言葉の一般的な働きとともに、今までにだれも述べたことのない言葉の偉大な働きについて述べています。

それは、「言葉が人の覚りの決定的な機縁となる」ということです。

その言葉は「法の句」として現れるのですが、「法の句こそが、この世における智慧の確かな現れであると知られるものである。ただし、法の句は智慧そのものではない点に注意しなければならない。」とも述べられています。

繰り返し、読み、熟読玩味する引用文です。


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