SRKWブッダ著「仏道の真実++」【不可思議】(5)

(以下引用)

 ◇ 解脱そのものは不可思議ではない

抗生物質を服用すると、口から(消化器官から)遠く離れた例えば手や足などの患部の細菌感染を予防することができる。抗生物質は、身体の健康な部位には悪影響を及ぼすことなく、選択的に患部の炎症を防止するのである。それと似て、解脱によって消滅するこの名称と形態(nama-rupa)は、人が有する名称と形態の全体ではなく苦をもたらす余計なものだけが選択的に消滅することを得る。

すなわち、現象論的に考察すれば、解脱は抗生物質の働きと類似している。要するに、どちらもこの世の自然な現象として受け止め得るということである。このようなことを鑑みたとき、解脱そのものは別に不可思議な現象ではないとも言えよう。

また、たとえば蝉が脱皮する場合、脱皮すべき皮は非常に強靭なものである。しかしながら、それゆえに蝉は綺麗に脱皮することができるのである。もしその皮が強靭でなければ、きれいに脱皮することはできず、後に支障を来すかも知れない。

さて、解脱によって終滅するこの名称と形態(nama-rupa)も極めてに強固なものである。しかしながら、解脱によってそれらは根こそぎ脱落してしまう。よって、修行者は、自分が中途半端に解脱してしまうのではないかという疑念を持つには及ばない。誰の解脱も、完全に、すっかりと行われることは間違いないからである。

ただし、解脱そのものが基本的には容易であるということと、その解脱を実際に生じることの難易とは別のことである。これは、解脱が因縁によって生じることに起因している。修行者は、功徳を積むことによって、覚りの因縁をしっかりと培わなければならないことはもちろんである。

(以上引用)


*法津如来のコメント

薬の話になると、私は昔薬剤師であったので、一言言いたくなります。

この引用文の趣旨は完全に問題なく、この通りであります。

私なりの表現をすると次のようになります。

抗生物質は特定な病原菌を選択的に殺すものでありますから、体細胞には影響はりません。(厳密には多少の副作用はあります。)

ですから、特定な病原菌に対して有効な抗生物質を選択して服用すれば、病気は治ります。

解脱においては、抗生物質に相当するものは「法の句」です。修行者の解脱を妨げている名称と形態(nama-rupa)を消滅できる「法の句」を聞き取ることができれば、解脱できます。

修行者が自分に必要な「法の句」を聞き取れるようになるためには、「功徳を積むことによって、覚りの因縁をしっかりと培わなければならない」ことになります。



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