SRKWブッダ著「仏道の真実++」【覚りの予兆】(3)

(以下引用)

【覚りの予兆】(3)

 ○ 仏縁の予兆がある。特定の経典を探していたのが偶然に見つかるとか、特定の経典が意外な形で手元にやって来るとか、特定の経典をどうしても読誦したくなるとかいうことである。

また、未だその縁のある経典の内容を知らないのにどうしてもその経典を手に入れて読みたいなどと思う場合もある。

なお、これについては、対象が経典ではなく生き身の仏を対象とする場合もあり得る。

すなわち、まだ見ぬうちから、その仏にどうしても会いたくなるのである。

(以上引用)


*法津如来のコメント

この引用文の具体的な例をSRKWブッダ著「覚りの境地」(p191~p193) から引用します。

(以下引用)
しかし、細君が実際に取り組んでみると私 (=SRKW ブッダ) のホームページ『覚りの 境地』を見ても内容が難しくて理解できず、かと言って釈尊の原始仏典は読む気がしな かったらしい。そんな彼女の頭をよぎったのは六祖壇経であったそうだ。六祖壇経は、私 がそれを読んでいて覚った経緯があるその経典であり、読めば覚れるという可能性を感 じたと言う。また、慧能は文字が読めないのに仏になった人だと伝えられているが、そん な人でも仏になったのだから自分もできるのではないかと思ったと言う。単純に、慧能 になぜか親しみを感じたとも言う。ところが、我が家にかつてあった六祖壇経はすでに 他の人に差し上げていて手元には無かった。したがって、読もうにも読むことができな いと知って細君は途方に暮れたそうだ。

そんなとき、その当の六祖壇経が我が家に戻ってきた。差し上げていた人が、自分には 不要だからと添え書きして約一年ぶりに送り返して来たのだ。それが同年の6月10日 のこと。細君は読みたかった経典を手に入れてめずらしく真剣に読んでいたことを私も 憶えている。と言っても、彼女は寝る前に15分ほど経典に目を通し、眠くなったらその まま床に入るというやり方であった。

そんなことを続けていた7月20日、すなわち六祖壇経を読み始めてから6週間ほど 経った日、細君は珍しく昼間に六祖壇経を読み始めた。するとしばらくして寝室の窓か ら涼しい風が吹いてきて、一瞬に心が晴れたと言う。住んでいる住宅の前を通過する新 幹線のけたたましい音がなぜか急に気に障らなくなったと言う。これが彼女に起きた形 態 (rupa) の解脱の瞬間であったようだ。
(以上引用)

私も、2019年1月15日、解脱知見を得る前に、金剛般若経を毎朝読誦していました。


"SRKWブッダ著「仏道の真実++」【覚りの予兆】(3)" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント