SRKWブッダ著「仏道の真実++」【女性の修行(その2)】(4)

(以下引用)

【女性の修行(その2)】(4)

 ◇ 頑固は覚りの対極

 世間においては、我慢強いことは美徳であると見られている。しかしながら、その本当のところが頑固であるに過ぎないならば、それではしあわせは遠いこととなってしまう。

 頑固さは、聞く耳を持たないことと同義である。逆に、聞く耳を持つ人がついに覚りに到達することを得る。この意味において、頑固は覚りの対極にあるものなのである。

 ところで、相手の言葉を聞いてそれに随うと相手に負けたような気がする人もあるかも知れない。しかしながら、それは本当は逆なのである。この場合、相手から有益な言葉を聞き出したわけであるからそれは勝利に他ならない。増して、相手から本音——決定的な言葉——を引き出すことを得たならば、それは世に得難き宝を手に入れたことになるのである。何となれば、その言葉によって互いの心を安んじることができるであろうからである。

 もしも頑固さによって自分をも相手をも安んじることができるのであるならば、その頑固さは称賛され得る。しかしながら、頑固さは先ず自分の安らぎを損なうものであることに賢明な人は気づくであろう。しあわせの境地を求める人は、頑固さを捨てよ。頑固さを離れたところに道は見出され、そしてその道によってこそ人は完全なる安らぎに至るからである。

(以上引用)


*法津如来のコメント

頑固とは、変えたくない、変わりたくないということです。

それでは、名称と形態で汚れた心を変えることはできません。

それでは、解脱できません。

つまり、「頑固は覚りの対極」にあるということです。



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