「無分別智(その23)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その23。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[思いやりの気持ちからではない]

無分別智は、真実の意味で相手を思いやった結果顕れるものですが、思いやりの気持ちから顕れるものではありません。 

なぜなら、無分別智は、思いやったという気持ち無しに顕れるものであり、相手においても思いやってもらったという認識を生じることは無いからです。 

無分別智は、あくまでも互いに対等なるこころの下で顕れ出るものであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

今回の引用の重要なポイントは、「無分別智は、あくまでも互いに対等なるこころの下で顕れ出る」ということです。

思いやりの気持ちというものも、やさしい気持ちではありますが、思いやる人と思いやりを受ける人という対等ではない状況があります。

例えば、法の句を発する人とその法の句を聞く人の関係は、まったく平等の関係があるのです。

法の句を発する人は、それを聞く人に対して思いやりの気持ちで言うわけではないのです。ただその局面でその言葉を言っただけです。

また法の句を聞く人も、その言葉を自分のために言ってもらったとは思わないのです。ただ聞いて、それが法の句であると認識したのです。



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