石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その8)」

今回、著書『天才 富永仲基(独創の町人学者)』(釈 徹宗著・新潮新書刊)をもとに記事を書き進めて参りましたが、(その8)で終了となります。
著書の四割ほど『出定語後』の上巻までを色々書いてみましたが、まだまだ奥深い内容のある書物ですので、興味のある方は著書をお読み下さい。
 
私が、富永仲基の名前を知ったのは阿含宗時代のことで、今から40年程前になります。今回、偶然に釈 徹宗(しゃくてつしゅう)先生の著書に出合い、仲基とはどの様な人物であったか?を学ばせて頂きました。
 
富永仲基の名前を、後世に残す決定打となったのはやはり「大乗非仏説論」の先駆者として存在したというものです。大乗非仏説論は「国学者の平田篤胤(あつたね)の「出定笑語」などに大乗非仏説が発表され、国学者や神道学者による仏教攻撃の大きな原動力となりました。」(大白法「教学基礎講座」より引用)とあります。
 
平田篤胤は、安永5年(1776年)生まれ江戸時代後期の国学者です。富永仲基は、正徳五年(1715年)に生まれ、延享三年(1746年)に逝去しています
そう考えますと、平田篤胤(あつたね)が「出定笑語」を文化8年(1811年)に著し大乗非仏説を唱え、仏教を攻撃したのは仲基逝去後65年以上経過してからと推察出来ます。
 
余談ですが、平田篤胤が『出定後語』の理論を借用し『出定笑語』を著しましたが、文章が平易通俗的であったこともあり、幕末以前(1820~1840年代)の多くの人に読まれ、明治維新に至る王政復古運動・更には廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の思想原理になったと言われます。
                             
あくまで、仲基がまいた種がその後に国学者達の仏教批判を助け、近代における大乗非仏説論争の源流となったと言うことです。
 
仲基は思想家として、仏典の研究により従来から仏教界に存在する教相判釈を否定し、仏教経典はすべて加上されてきたものであり、経典には正しい成立順序があると主張しました。
その中で、仲基は『阿含経』などの初期経典にも加上があると考えていました。それらの研究の中で、仲基は、「間違った認識の上に成立した信仰・信心というのはおかしい」と声を上げたのです。 
       
仏教学者の中村元氏は、仲基の仏教経典の原典批判的検討を、日本思想史上に大きな影響を及ぼしたと考えます。・・・(以下、引用)
「しかし、仲基の仕事には、クリアすべき大きなハードルがあり、それは東アジアの仏教独特の事情であったことを喝破しています。それは何か・・・。「教相判釈」です。                                                               
教相判釈とは、「仏教の諸経典は釈尊一人で説いたという前提であったため、各経典間に矛盾が生じる。それをうまく解釈して、各経典にそれぞれ適当な位置を与える組織的体系のこと」です。
「彼は全勢力を傾けて、この古い組織的体系を破壊しなければならなかった」、そのように中村は言います。そして、「幾多の教相判釈の体系のうちで最も有力なものは、天台宗の五時八教である。だから彼は極力攻撃した」としています。」(以上、『天才 富永仲基』231~232頁から引用)
 
私の、阿含宗時代の師匠であった桐山靖雄は『阿含経』を依経として一宗を立てましたから、破壊すべき目標は、仲基と同じ天台大師智顗(ちぎ)の立てた教相判釈(五時八教)でした。
すでに江戸時代、その五時八教の教判を完全に論破した存在(富永仲基)が居たので、それを利用して自らの教学を補強したという経緯があるのです。
 
私も当時、一生懸命五時八教(阿含宗教学では五時教判(ごじきょうはん)と呼ぶ。)を勉強しました。だから、富永仲基の存在を覚えていたのです。
仲基が言うように、阿含経と言えど「加上」されているのですから釈尊直説とは言えません。釈尊直説は、厳密に言うと釈尊在世持の修行者のみということなります。
 
現在の師(SRKWブッダ)に出合い、大乗仏教の経典で覚りを得たことに正直驚きました。冷静に、経典成立の歴史を考えますと、純粋な釈尊直説など存在せず、全ての仏教経典は釈尊の思想の延長線上に出現し意味あるものであると考えたら、特段の拘りも胡散消滅してしまいます。
自らに因縁のある経典を信じ、「覚りの道」を追求する。・・・それが、何より大切なことです。


*法津如来のコメント

本日2回目のブログ更新です。

石法如来の特別寄稿「富永仲基について。」の最終回になりました。

この最後の言葉は「自らに因縁のある経典を信じ、「覚りの道」を追求する。・・・それが、何より大切なことです。」

まったくその通りです。

次回は「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」を4回に分けて投稿してくださるそうです。
それらも楽しみにお待ちします。


"石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その8)」" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント