「無分別智(その46)」

SRKWブッダのホームページの理法「無分別智」」の引用、その46。
http://srkw-buddha.main.jp/rihou029.htm


[軽蔑しない]

無分別智の何たるかを如実に知ったとき、分別智や衆生を軽蔑する気持ちが生じることはありません。 

分別智は真実の智ではないことを、はっきりと理解するに至るのですが、人々(衆生)はその分別智を最良・最善の智だとせざるを得ないであろうことも同時に理解するからです。 

人々がそのように思い、そのように振る舞うのは、無理もないことであるのだと知るからです。 

そして、人々(衆生)が為すそのような振る舞いは軽蔑すべきことではなく、根底においてはむしろ尊敬に値することであると(知る人は)知るからです。


*法津如来のコメント

無分別智の何たるかを如実に知ったとき、これは人間の壁を超えたものだと知るのです。

人間の壁とは、心の壁です。それは心の癖と言ってもよいでしょう。

心の癖とは、名称(ナーマ)と形態(ルーパ)です。

これらについては、すでに何回も説明しています。

人間はこれらがある限り、真実を見たたり、聞いたりできないのです。

しかし、何かの縁で、これらを越えたとき、真実を見たり、聞いたりできます。

ですから、真実を見たり、聞いたりできない衆生を軽蔑する気持ちが生じることはないのです。

また、すべて人間は、人間の壁を越えることができる存在であると知るのです。

ですから、根底においてはむしろ尊敬に値することであると(知る人は)知るからです。



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