六祖壇経とSRKWブッダの慧解脱

昨日、金剛般若経に関連して六祖慧能の開悟の話が出ましたが、その話は「六祖壇経」にありました。

その「六祖壇経」を縁にして、SRKWブッダは慧解脱をされたのです。その話は「覚りの境地(2019改訂版)」(p179~p182)に記載されています。少し長いですが、具体的に知るために、引用します。

(以下引用)

私 (=SRKW ブッダ) が覚りの境地に至ったのは、西暦2001年12月19日の真夜 中、午前1時5分のことであった。私は若い頃から仏教に興味があったとはいえ、このこ とについての真実の意味での始まりは解脱のしばらく前に遡るに過ぎない。なぜならば、 それこそが私の発心であり、発心後の歩みこそが仏道の実質的歩みであったと考えられ るからである。以下に、私が覚りに至った経緯とその後のことを書き記す。

さて、ときは私が覚りの境地に至る3ヶ月ほど前に遡る。そのとき私は当時勤めてい た会社の同僚達と新しい研究開発事案の立ち上げのために勤務地を離れていわゆる温泉 場にて合宿を行っていた。

もちろん遊びではない。ただ夜は無礼講である。客先でもある共同研究員とわれわ れで食事をして、さらに二次会へ。そこではじめて入った宿泊所ちかくのパブの中では ちょっぴり破廉恥なドンチャン騒ぎが行われた。彼女たちは100kmほど離れた都市 からこの温泉場に営業遠征でやって来て、客と戯れるのだと言う。そんな中、私は少し酔 いが回ったのも手伝って、しかしそれはいつものことで、釈尊の話を面白おかしく話して いた。そんな話をするのはこのときばかりではない。何の話題でも楽しく話をして場を 盛り上げる・・・それが私の飲み会スタイルだった。

その中の一人の若い女性 (もちろん若くなくては営業遠征できないのであるが・・・) が私に言うのである。「どうやって勉強したのぉ」私はいろんな仏教書を読んだことをや や自慢げに話した。そのあとで、彼女は驚くべき一言を発したのである。彼女が口にし た言葉をここに書くことは敢えてしないが、それは世にも不可思議な一言であった。た だ私はそのときには酔っていたし、その言葉についても別段気に留めず、店を後にしてか らもさらに別のパブに繰り出す始末であった。

しかし、それから数日経ってふと私は思った。先日の彼女の言葉はとても気高い言葉 だった。今まで聞いたことがない不可思議な一言だった。彼女の言葉を思い返していた 私は急に恥ずかしくなった。彼女の方が仏教に対して私より遙かに真剣で真摯な気持ち を持っているように思えたからだ。

そこで私は、青年の頃からそれまで独学で細々と手がけてきた仏教の勉強についても う一度真剣に取り組んでみようと思い立った。そして、その再度の取り組みの手始めと して、この数年来、順不同に取り組んで来て、自分では既に解いたと考えていた (世間で よく知られている) 禅の公案群を再吟味することにしたのである。そして、その再吟味の 過程の中で、私はそれまで知らなかった「基本的公案」という公案に出会った。この基本 的公案は、(故) 久松真一氏 (日本人) によって提唱された公案であり、同氏によれば17 00則以上あるといわれる様々な禅の公案の最終的な一関として位置づけられているも のである。それを、FAS協会という臨済宗系統の京都大学派のホームページにアクセスすることで知ったのが、2001年11月始め頃のことであったと記憶している。

そ して、この基本的公案もそれから約1ヶ月半経過した2001年12月17日に解くに 至った。しかし、それだけで覚りの境地に至ることはなく、このため、その時点では「禅 の公案というものは、詰まるところある種の哲学的見解の帰結である」というそれまで私 が抱いていた見解を何ら変えるものではなかった。つまり、この基本的公案も世間的に よく知られたその他の公案とさして変わらないものに過ぎず、総じてそれらはいわば頭 の体操のようなものであるのだという結論に相変わらず落ち着いていたのである。

ところが、その翌日のこと、すなわち12月18日の夜から19日にかけて、六祖慧能 の著作とされる六祖壇教の「法達の参門」の箇所を読んでいたところ、不意に無分別智を 生じ、覚りの境地に至ることを得たのである。ここで無分別智を生じたというのは、” あ れこそが善知識の言葉 (=法の句) であるのだ” ということにまごうことなく思い至ったと いうことである。それは、具体的には、たとえば法華経でいうところの” 諸仏が世に現れ 出た瞬間” なのだとはっきりと理解したということである。そして、その言葉 (私が得た 善知識の言葉) とは、覚りの境地に至る数週間ほど前に、わずか6歳の子供が彼の友達に 向けてぽつりと言った一言であった。

私はそのとき、自分がそれまで勉強してきたつもりの何某かの仏教的見解などは、善 知識が発する善知識 (法の句) の足下にも及ばないのだとはっきりと理解した。すなわち、 人が作為するところのあらゆる分別智は、人が作為せざるところから世に出現する無分 別智にまったくかなわないのだと心の底から思い知ったのである。

なぜならば、この世 における決定的なことについての対応は、わずか6歳の子供にさえかなわないことがあ るのだとはっきりと知ったからである。私は、自分が40年以上この世を生きてきて、少 しは物事が分かった気になっていたが、本当は何も分かっていないのだと心の底から気 づいた。私は、自分が何か根本的な勘違いをしているに違いないと (説明できなかったが 確かに) 思い至った。そしてそのとき、私の解脱は確かに起こった。

このとき、解脱の瞬間は、時間にして僅かに2~3分間の出来事であり、今になって思 えば六祖慧能がその著書で語った頓悟そのものであった。しかしながら、覚りの境地に 至ったその夜は、自分では覚りの境地に至ったとは気づかずにいつも通りに眠りについ たのである。

しかし、翌朝になって目が覚めたとき、私自身根本的に何かが変わったこと に気づかされた。それは、それまでの人生で一度も感じたことの無い、生まれて初めて の味わう独特の不思議な感じであった。そして私は、台所で朝食の用意をしている細君 に向かって「覚ったかも知れない・・・」と言ったことを憶えている。さらに、朝食を終 え、自家用車で通勤していると、前日までとはうって変わって、

● まったくいらいらしない
● まったく恐怖しない

自分に気づいたのである。もちろん、通勤時にそのようなやすらかな気持ちに落ち着い ていることは初めてのことであった。ここに至り、私は本当に覚ったのだということをはっきりと理解した。

(以上引用)

以上が、SRKWブッダの慧解脱の経緯ですが、法の句と「六祖壇経」が重要な役割をはたしています。

引用文中の「法達の参門」は、中川孝訳註「六祖壇経」(タチバナ教養文庫)では「法華の持者法逹の大悟」となっています。


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