為すべき時に怠ける者は真理の道が分からない

ダンマパダ 280

為すべき時に為さない者
若く力のある時に怠けている者
元気なく、思考も心も怠けている者
怠け者は智慧で真理の道を見出せない

○この詩から学ぶこと

 「為すべき時に為さない者」これが釈尊の怠け者の定義です。この短い詩の中に怠け者の明確な定義まで書かれているのですね。怠け者が自分が怠け者ではないと言えないようにしてあります。
この詩の一行目を「起きるべき時に起きない」という訳もありますが、確かに、起きるべき時に起きない者も怠け者です。しかし、それですと怠け者の定義が狭くなります。

 では人間には怠け者が多いのでしょうか? 人間ばかりではありません。身近な動物をよく観察すると分かります。働きもので知られている蟻や蜂もよく働いているのは二割ぐらいで、他は遊んでいるそうです。では生命はなぜ怠けるのでしょうか。それはすべての生命は苦を感じているからです。苦から逃れて、楽をしたいという欲があるからです。それだけでは怠け者にはなりません。怠け者は為すべき時に為さない者なのですから。

 楽をしたい時、本当に楽になることをするのであれば、それは怠け者にならない。仕事をすべきとき、仕事をすれば楽になるはずであるが、仕事をしないで、さらに苦しくなるのです。そういう人を怠け者というのです。ですから、怠け者と言う人は、為すべきことが分からず、楽にならないことを選択するのです。ですから怠け者は頭が悪いということがいえます。ですから、この詩の四行目で「怠けの者は智慧によって真理の道は見出せない」というのです。真理の道とは究極の幸福・涅槃への道である八正道のことです。
 釈尊の仰りたかったことは、「為すべき時は為すべきことを為せ」ということです。そうすれば、怠け者ではないのですから、「智慧によって真理の道は見出せる」といことです。

 二行目に「若く力のある時に」とありますが、若い人はもちろんですが、老人も怠けていいという訳ではありません。生きている限り、それなりの若さと力があるのです。怠けてはいけません。

 三行目「元気なく、思考も心も怠けている」と智慧がでなくなるのです。元気を出して、思考も心も怠けないようにすれば、智慧がでます。怠け者から脱出するには智慧が必要なのです。

 最後に一言、「為すべきことが分からないという人」はスマナサーラ長老の最近の本「ブッダの教え一日一話」(PHPハンドブック)109ページの7月8日「やるべきことは、目の前にある」を参考にして下さい。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~ 

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