感覚をよく観察し戒守り満足知って善友と親交

ダンマパダ 375

ここに、智慧を得た比丘の
最初にすべきことがある
感覚を守る、満足している
戒律は遵守する
生活が清浄で怠けない
善友に親しむ


○この詩から学ぶこと

 悟りには、第一段階の預流果、第二段階の一来果、第三段階の不還果、第四段階の阿羅漢果があります。(「初期仏教キーワード」47~51ページ参照) 悟りの第一段階に至れば、上の詩の一行目の「智慧を得た比丘」ではありますが、10に分類された煩悩(「初期仏教キーワード」150ページ参照)のうちの3つを捨てていますが、7つの煩悩が残っています。そのため、第一段階に悟っても、まだまだすべきことがあるのです。

 「感覚を守る」とは感覚の刺激から、欲望が生まれます。あるいは怒りが生まれるます。ですから感覚の刺激があってもそれらの煩悩は生まれないように、感覚を守るのです。そのためには、冥想で自分の感覚をしっかり観察する必要があるのです。感覚をしっかり観察できれば、欲や怒りなどの煩悩の発生を抑えられるのです。

 「満足している」とは幸福であるということです。それなのに、人々は満足しようとしないとのです。なぜでしょか。満足しようと思っていないからであります。いつも欲しい欲しいと思っているからです。しかも欲しいという欲は満足を知らずに、初めの欲が満たされても、さらに欲しくなるのです。必要のないものまで欲しがるのです。愚かとしかいえないのです。智慧ある人はここで、頭を切り換えます。欲しいかどうかではなく、必要はどうかを考えることにするのです。欲しいには際限がありませんが、必要には定量があります。必要が満たされれば満足できるのです。これは智慧です。満足している人は幸福です。智慧ある人は幸福になれます。愚かものはいつまでも不幸です。満足しないのですから。

 「戒律は遵守する」は道徳を守るということです。戒律や道徳は人の自由を拘束し、それを守ることは苦しいことではないのです。戒律や道徳は、人がまだ充分に智慧がなくとも、それを守ることによって、人を不幸にしないための指標なのです。また戒律や智慧を守ることは人の心を落ち着かせ、智慧の開発の基礎になるのです。

 「生活が清浄で怠けない善友に親しむ」はこれは、「仏教修行の全体である」と釈尊がと仰るほど非常に大切なことです。10月11日のブログで善友について書きましたのでそれも参考にしてください。

http://76263383.at.webry.info/200810/article_11.html

 まだ、悟りの第一段階に達していないわれわれも、上記の四項の実践は非常に大切なことです。もう一度復習しておきましょう。1.感覚を守ること(観察すること) 2.必要なもので満足すること。 3.戒律や道徳を守ること。4.生活の清らかな怠けない善友に親しむこと。

○感覚をよく観察し戒守り 満足知って善友と親交

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

"感覚をよく観察し戒守り満足知って善友と親交" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント