執着は前にもなくて後にも中間にもない彼はバラモン

ダンマパダ 421


前にも、後にも、
中間にも何もない
何もない無執着な人
彼を私はバラモンと呼ぶ


○この詩から学ぶこと

 この詩によく似た詩があります。10月22日に記載したダンマパダ348番です。次に再記載します。

前を捨てよ、後を捨てよ
中間を捨てよ、彼岸に至って衆生は
あらゆることに心は解放されて
再び老死に近づかない

 348番の詩の前、後、中間の意味はそれぞれ過去の執着、未来の執着、現在の執着と解説しています。今回も同じです。それぞれの詳しい内容は、すでに説明しましたので、そちらを参照してください。 http://76263383.at.webry.info/200810/article_22.html

 前の詩は、「比丘の章」にあり、まだ執着がある比丘にたいするもので、「前を捨てよ、後を捨てよ、中間を捨てよ」と述べられていますが、今回の詩は「前にも、後にも、中間にも何もない」と執着を捨てたバラモンについてのものです。

 無執着という心境は、なかなか理解できないものですが、はじめは私たちは瞑想の中で感じることができると思います。心には昔からの癖がありますから、心が完全に変わることは大変ですが、一時的でも、瞑想の中でその心境を味わえれば、それを手がかりに心を変えることができると思います。その意味でも瞑想修行は大切です。


○執着は前にもなくて後にも中間にもない彼はバラモン


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~

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