悪行は刃に付いた蜂蜜だ初めは甘いが口を切るなり

ダンマパダ 69

悪行為の結果が現れるまで
愚か者はそれを蜂蜜のように思う
しかし、悪行為の結果が現れた時
愚か者は苦を受ける


○この詩から学ぶこと

 人が悪いこと、危険なことをやってしまうのは、人には欲と怒りと無知という弱点があるからです。これらの弱点は感覚の刺激で現れます。同時に感覚が弱点を制御しているということがあります。人間の弱点が感覚で制御できる場合は、人は悪いこと、危険なことをしないのですが、それができない場合があります。その時、人の弱点がそのまま現れて、愚か者は悪いことをしてしまうのです。

 例えば、人は熱いものにさわりません。さわってもすぐに手を引っ込めます。それは行為の結果をすぐに感じて感覚の苦がその行為をやめさせるからです。これが感覚の制御です。感覚が行為の結果をすぐに感じられない場合があります。その時は愚か者は悪いことをする場合が多いのです。例えば、自分のものでなくとも自分の欲しいものがあれば、それを欲しいという欲が現れます。そして、それを盗むという行為をします。与えられてないものを取ること、すなわち盗むことは悪行為ですが、すぐには五感の苦痛は現れません。(心の感覚である意の制御は心の成長にかかわるので直接的な制御にはなりません。)ですから、五感の苦痛で行為は制御されないのです。悪行為の結果が現れるまでは、欲が満たされたのですから、満足して、今回の詩にあるように、「愚か者はそれを蜂蜜のように思う」のです。

 しかし、盗みは犯罪ですから、警察に捕まって、拘留されたりします。そうすると肉体的にも苦痛を感じて、苦を受けるのです。警察に捕まるというような、世俗的な苦痛がなくとも、悪行為は悪業になり、いろいろな形で行為者に不幸な結果をもたらすのです。いわゆる良心の呵責などの苦痛が現れます。信じられない人もいると思いますが、死後にもこの人に不幸な結果としてあらわれます。悪い場合は地獄に落ちるということもあるのです。悪行為は甘く考えない方がいいのです。このように悪行為をしても、直接苦痛を感じないような場合は、いずれ悪い結果になることに、思いが及ばす愚か者は、悪行為をして後で苦しむということになるのです。

 近年、世間を騒がしている事件はそのようなものです。建築確認の偽造、食品期限の偽造、食品の産地偽装、汚染米の食品転用、記憶できないほどの事件が続出しています。全ての詐欺事件はそうです。近年と書きましたが、昔からそのような行為を人間はし続けているのです。

 悪行為をしてもその結果がすぐに、現れない場合があるので、愚か者は結果の恐ろしさを知らずに悪行為をするのです。悪行為には必ず悪結果がついてくことを肝に銘じて、悪行為をしないように注意してください。自分自身に注意を向けてなければ、つい悪行為をしてしまうことがあることも忘れずにいた方がいいのです。

○悪行は刃に付いた蜂蜜だ初めは甘いが口を切るなり

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~
 

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