仏教徒法に反して望まない子供と財産権力などを

ダンマパダ 84

自分のためにも、他人のためにも
子供も、財産も、権力も
法に反して、自分の成功を望まない
彼は戒と智慧と真理を備える者となるだろう


○この詩から学ぶこと

 昨年、2008年9月27日ゴータミー精舎において、スマナサーラ長老のダンマパダ84番についての説法がありました。その解説は釈尊が意図した通りの内容だと思いました。しかし、現在私が知る限りのその日本訳では、その意図は伝わりません。そこで、その正しい訳をなるべく早く知ることのできる人には伝えたいと思い、番外編として、昨年の9月28日のこのブログに掲載しました。その時の「この詩から学ぶこと」は、今も適切であると思いますので再掲載します。

 「さて、上の詩で『他人のためにも』の他人は家族のことを意味します。子供を望むことは家族の繁栄を望むことであり、財産を望むことは家族が豊かに生活するために必要なことであり、当然のことであります。また、『権力』はパーリ語の直訳では『国』という意味ですが、内容的に意訳したものです。権力は立派な仕事や大きな仕事をする場合必要になるのです。ですから、子供、財産、権力を望むことは自然なことであり否定されるべきことではないのです。釈尊はこの詩でも否定されていません。

 しかし、この詩の多くの日本訳は『子供を望んではならぬ。財も国も望んではならぬ。』としています。これだけ取り上げると釈尊は反社会的なことを言っているように取られます。釈尊は自然の欲求を否定せずに、『法に反して、自分の成功を望まない』と仰っていられるのです。ですから、法に反しなければ、自分の成功を望んでもいいのです。むしろ、自分の能力を発揮し、智慧を出し、自分の成功を実現することを進めておられるのです。

 釈尊は私たちに特別なことを勧めているわけではないのです。あたり前の日常生活において、法に反して、行動しないことを重要視しているのです。法すなわち法則から外れる行為をしないこと、これは、昨日スマナサーラ長老は八正道の実践だと仰っていました。ですから、『法に反して、自分の成功を望まない』は『八正道を実践しながら、自分の成功のための仕事をすること』です。

 このためには、自分の行動に常に注意を向け、自分を管理して、自分の人格を向上させなけれならないでしょう。実生活では難しい問題にも遭遇するでしょうから、智慧も働かせなけれならないでしょう。結果として、これを実践した人は『戒と智慧と真理を備える者』となるでしょう。つまりこれは悟った人になるということです。

 釈尊は完全に、この詩一つで、凡夫が阿羅漢になるまでの道を示しました。
 スマナサーラ長老は私たち日本人に仏陀の意図を正しく伝えてくれました。

 サードゥ、サードゥ、サードゥ。(ありがたい、ありがたい、ありがたい。)」以上です。

○仏教徒法に反して望まない子供と財産権力などを

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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