嘘つきと悪為しながら為さないと言う者ともに地獄に落ちる

ダンマパダ 第22章 306

嘘をつく者は地獄に近づく
悪を為して為さぬと言う者
両者は死後は同じで
来世は悪業の人になる


○この詩から学ぶこと

 今回の306番の詩から、319番まで、「第二十二 地獄の章」になります。

 地獄はどのようなところか? その前に地獄があるか?が問題になります。釈尊は、納得しないことは信じるべきではないと仰っておられるのその点を解決しておくことは重要です。しかし、現在の私たちにとって、この問題はなかなか確認できることではないのです。

 地獄の問題は、輪廻の問題なのです。一般的、通俗的輪廻思想は、永遠不滅の魂(私)が生まれ変わるというものですが、仏陀が説かれる輪廻はそのようなものではありません。永遠不滅の魂(私)などは否定しています。仏陀の説かれる輪廻は、心が瞬間、瞬間、消滅しているという事実の延長線上にあるものであり、これは少し真剣に瞑想実践を行えば、確認できるものであり、私もその点は確信しております。しかし、それが肉体の生と死を貫いてもあることは、確信に近い予想はできても確認できません。

 その場合どのような態度を取るべきでしょうか。輪廻以外の仏陀のすべての教えは100%確信が持てる。仏陀の説かれる輪廻を肯定することによって、因果法則が全次元に貫徹す普遍的真理と認められる。仏陀の説かれる輪廻思想で、倫理道徳が力を持つ。未熟な私見で、否定しないことはもちろんですが、保留の態度が意味があるか。むしろ積極的に肯定して、未熟な私見を改善させるように努める。ということになりますが、最後の項は人によって異なってよいと思います。すなわち、消極的肯定あるい判断の保留です。

 ダンマパダを理解するためには、地獄はあるものだというこという立場ではなければ理解できません。ですから、これからは地獄はあるという立場で話しをします。では地獄どのような所なのでしょうか。地獄は苦しみしかないない世界なのです。これは人間には理解できない世界なので、いろいろなたとえ話、火の世界、針の山の世界などで表現されています。つい最近、出版された「ブッダの実践心理学 第5巻 業(カルマ)と輪廻の分析」(サンガ)のp35からp39に詳しく地獄の説明がありますので、是非お読み下さい。

 この詩の説明は、前回の「この詩から学ぶこと」に書きました。悪いことをしながら、自分はしてないという人は、この人は悪いことをしたという悪事と嘘をついたという悪事を働いたことになります。
当然、地獄に行くことになります。嘘をつくことの罪の重さをよく考える必要があります。


○前回の「この詩から学ぶこと」

http://76263383.at.webry.info/200809/article_24.html
 嘘つく者悪隠す者共に地獄に向かう者

○この詩の原文(パーリ語)及びその読み方と意味

アブータワーディー ニラヤン ウペーティ
Abhūtavādī       nirayaṃ  upeti,
非真実を言う者は   地獄に 近づく
ヨー    ワーピ  カトゥワー ナ  カローミ チャーハ
yo      vāpi    katvā    na   karomi  cāha ;
その人は あるいは為しても  ない 為す   と言う
ウボーピ テー ペッチャ サマー バワンティ
Ubhopi   te   pecca    samā   bhavanti,
両者は 彼らは 死後に  同じ   なる
ニヒーナカンマー マヌジャー パラッタ
nihīnakammā    manujā    parattha.
悪業の       人間     他世で

○嘘つきと悪為しながら為さないと言う者ともに地獄に落ちる

~私は幸せでありますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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