70.断食の苦行をしても価値はない

ダンマパダ 第5章 愚か者 70

愚かな者はクサ草の先で
毎月一度の食事をしても
正しい法を得た者の
十六分の一にも及ばず


(片山一良先生 訳)

〇超訳の試み

愚か者が月、月に葉の先ほどの
食物を食べる苦行をしてみても
彼は法を究めた人たちの
十六分の一にも値しない


〇子供のためのダンマパダ

滝に打たれたり
断食の苦行をしても
心を育てる人には
かなわない





〇一口メモ

 苦行については、前回の「この詩から学ぶこと」にいろいろ書きましたので、それを参照してください。特に、以下の文章がありますので、是非お読みください。

 日本テーラワーダ仏教協会事務局長の佐藤哲朗さんのブログ「ひじる日々 東京寺男日記 」(仏教に『苦行』なんかない) http://d.hatena.ne.jp/ajita/20070224
です。スマナサーラ長老のかやの木会館での説法の要旨が上手にまとめられてあります。是非それをお読みください。

 「子供のためのダンマパダ」について。子供もけっこう苦行は好きなようです。かっこいいと思うのでしょうね。苦行から強さのイメージに結びついてかっこいいと思うのでしょう。本当に強いものはやさしいのです。象などは大きくて強いという存在ですが、やさしい感じがします。また、弱い、怖がりの犬ほどよく吠えるのです。大きな強い犬は吠えないことも子供に教えたいですね。


〇前回の「この詩から学ぶこと」

断食の苦行をしても価値はない法を究めた人たちよりも
http://76263383.at.webry.info/200902/article_17.html


〇パーリ(語)原文

70.
マーセー マーセー クサッゲーナ
Māse     māse    kusaggena,
月      月     草に先
バーロー ブンジェッヤ ボージャナン
bālo     bhuñjeyya   bhojanaṃ;
愚者    食べても    食べ物を
ナ   ソ  サンカータダンマーナン
Na   so   saṅkhātadhammānaṃ,
ない 彼は 法を究めた人の
カラン      アッガティ ソーラスィン
kalaṃ       agghati   soḷasiṃ.
(十六分)の一  値し    十六の


〇今回の詩のパーリ語について、日本テーラワーダ仏教協会のホームページに「ダンマパダ輪読会 文法事項のまとめ( 記録文責;柴田尚武 先生 )」がありますので是非御参照下さい。
http://www.j-theravada.net/sakhi/Dhp64-75.pdf


~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものに悟りの光が現れますように~



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