354. すべての布施に法施は勝つ

ダンマパダ 第24 渇愛の章 354


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                 お 知 ら せ

 この2010年7月9日(金)(今日ではありません。)に、「第24 渇愛の章」の356番から359番の詩の掲載を持ちまして、この章を終了すると同時に、このブログ「困った時はダンマパダ」を終了いたします。その理由は、ブログ開設者であるワンギーサが、今年の雨安居(うあんご)をスリランカの瞑想道場で行うことに致したためでございます。

 思い起こせば、2008年6月21日にこのブログを開設でありました。始まりの詩は、173番のアングリマーラ長老にちなむものでありました。あれから約二年間、ダンマパダには423の詩がありますが、どの詩についても2回か3回解説のようなものを書きました。その目的は、ブッダの智慧の詩集である「ダンマパダ」を日本人に普及するためでありました。その目的の達成までにはまだまだ道のりですが、スリランカでの雨安居を契機に、この目的について再考し、あらたな出発を考えたいと思っております。

 長い間の皆様のご愛読を深く感謝申し上げます。また、新米のブログ作者としては自分が書いたものが、皆様にどう受け止められたのか気になりました。その際、コメントしてくださる方は大変ありがたいものでした。初めて、コメントして下さった方はワタナベさんです。次はホーシノハタラキ(ホーシノヒトリゴト)さんです。はじめは、 ホーシノハタラキさんのコメントに励まされて続けてきました。それから、3ヶ月ほどして新さんが登場です。途中でホーシノヒトリゴトさんは引退されましたが、その後も新さんは、一日も休まずコメントをしてくれました。新さんと真剣勝負のつもりでブログを書いて参りました。ホーシノヒトリゴトさんと新さんには表彰状を差し上げたい気持ちです。大変ありがとうございました。

 7月9日以後はこのブログの更新は致しませんが、ブログ自体は残しておきますので、このブログを活用して、ダンマパダの勉強や仏教の勉強の資料にしていただければ大変ありがたいことです。尚、7月15日までは、コメントを受付ますが、それ以後のコメントの受付は致しませんので御了承下さい。私宛てのメールも読むことができないと思いますので、11月下旬までメールもお休みいたします。

 最後に皆さんに一つお願いがあります。それは、今までに一度でもコメントして下さった方々は最後にもう一度だけ感想のコメントをお願い致します。また、一度もコメントされなかった方、是非最後に一度だけ一言で結構ですから、感想のコメントをお願いいたします。



皆様に三宝の御加護がありますように
皆様が幸せでありますように
皆様の修行が進み涅槃に達せられますように
生きとし生けるものが幸せでありますように

仏暦2554年(西暦2010年)7月6日
ワンギーサ

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ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ
Namo   tassa   bhagavato   arahato    sammāsambuddhassa
阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します



○片山一良先生訳

法施はあらゆる施にまさり
法味はあらゆる味にまさる
法楽はあらゆる楽にまさり
愛尽はあらゆる苦にまさる



○日常語訳

すべての布施に法施は勝つ
すべての味に法味は勝つ
すべての楽に法楽は勝つ
渇愛の滅尽はすべての苦に勝つ


○子供ためのダンマパダ

最高のプレゼントは何だろう?
それは幸福になる方法
最高の味は何だろう?
それは真理の味
最高に楽しいことは何だろう?
慈悲の瞑想やヴィパッサナー瞑想
すべての苦しみをなくすためには?
ほしいという気持ちをなくすこと





○ひと口メモ

 この詩ができた因縁物語を前回も前々回にも述べましたが、それを知った方が分かりやすいのです。詳しくは前々回のブログ記事をお読み下さい。あるとき三十三天の神々は、次の四つの疑問を持ちました。①いろいろな布施の中で最高のものは何か?②いろいろな味の中で最高のものは何か?③いろいろな喜びの中で最高のものは何か?④なぜ渇愛の滅尽がすべての苦に勝るのか? 

 神々はいろいろ考えましたが、分かりませんでした。そこで、三十三天の王であるサッカに訊ねました。しかし、サッカ王も分かりませんでした。そこで、神々は仏陀を訊ねました。その時、仏陀は上の詩で答えたということです。

 法施とは、仏法を他人に説き聞かせることです。 法味とは、仏陀の教えを実践、体得して感じるものです。法楽とは、仏陀の教えを実践、体験して感じる喜び、楽しみのことです。

 これらの答えはすべて、人々が涅槃に至るために役に立つ事柄がすべてに優り、すべてに勝つということです。

 このことの意味するものは、このブログ「困った時はダンマパダ」でお釈迦さまの言葉を毎日配信することはすべてに優り、すべてに勝つことではないだろうか。それなのに、このブログの更新を中止して良いのだろうか。そこで、ブログの更新はなくとも、皆さんが毎日、ダンマパダでお釈迦さまの教えを学んでいる「この善い習慣が続けられますように」、このブログの目次を作ることにしました。

 「困った時はダンマパダ」の目次を活用して自分で毎日、一つか二つ学んで下さい。一度にたくさん学ぶより、一日に一つ二つ学ぶのが大切です。その方が心にしみるのです。目次は7月10日に公開いたします。


○前回までのこの詩に関するブログ記事

*法施法味法楽最高渇愛の滅尽こそはすべてに勝る
http://76263383.at.webry.info/200909/article_2.html

*法施法味法楽最高渇愛の滅尽こそはすべてに勝る
http://76263383.at.webry.info/200810/article_26.html
 

○パーリ語原文

354.
サッバダーナン ダンマダーナン ジナーティ
Sabbadānaṃ    dhammadānaṃ  jināti,
すべての布施に 法施が      勝つ
サッバラサン ダンナラソー ジナーティ
sabbarasaṃ   dhammaraso  jināti;
すべての味に 法の味が   勝つ
サッバラティン ダンマタティ ジナーティ
Sabbaratiṃ    dhammarati  jināti,
すべての楽に  法の楽が  勝つ
タンハッカヨー サッバドゥッカン ジナーティ
taṇhakkhayo   sabbadukkhaṃ   jināti.
渇愛の滅尽は  すべての苦に  勝つ


〇詩のパーリ語について。100番からは正田大観先生を中心に行われました関西のダンマパダ輪読会の時の御自分のノートを参考にして、木岡治美様がわざわざ書き下ろしたものを私に送って下さいました。それを参考にさせて頂いております。


〇慈悲の瞑想

~私は幸せでありますように~
~私の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の願いごとが叶えられますように~
~私に悟りの光が現れますように~
~私は幸せでありますように(三回)~

~私の親しい人々が幸せでありますように~
~私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の親しい人々の願いごとが叶えられますように~
~私の親しい人々にも悟りの光が現れますように~
~私の親しい人々が幸せでありますように(三回)~

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
~生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように~
~生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように~
~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~

~私の嫌いな人々も幸せでありますように~
~私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように~
~私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように~

~私を嫌っている人々も幸せでありますように~
~私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように~
~私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように~
~私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように~

~生きとし生けるものが幸せでありますように(三回)~


(この慈悲の瞑想を唱える人には必ず幸せが訪れます。)


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