自分自身に 打ち勝って 自分自身を 調えながら 行為する人(104)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


アッター  ハウェー  ジタン     セッヨー
Attā     have    jitaṃ      seyyo,
自分に   実に    勝つことは  より優れている

ヤー  チャーヤン   イタラー  パジャー
yā    cāyaṃ      itarā     pajā;
こと   しかしこの   他の    人々に

アッタダンタッサ   ポーサッサ
Attadantassa      posassa,
自己を調御する    人の

ニッチャン  サンニャタチャーリノー
niccaṃ    saññatacārino.
常に     調御して行う人


○直訳
しかし、実に自分に勝つことはより優れている
他の人々に(勝つ)こと(よりも)
常に、自己を調御する人
調御して行う人


○一口メモ
自分に勝つことについて、前回は根本的な点についてお話しましたので、今回は日常生活で自分に勝つことについてこの詩の因縁物語から、お話します。

博打好きなバラモンがブッダに「尊者よ、負けるとはどういうことですか?」と質問しました。
ブッダは「財産を減らすのに次の六つの方法があります。
①朝寝坊をすること
②怠け癖をつけること
③激怒すること
④酒に酔いだらしがないこと
⑤夜中に町をぶらつくこと
⑥他人の妻に熱心であること
これらはすべて自分に負けるということです。博打に勝つより、他人に勝つより、自分に勝つことがより優れている。」と話されました。

この詩では、自分に勝つ人とは「常に、自己を調御する人、調御して行う人」であると述べています。

しかし、話はさらに続きます。この詩は明日の105番の詩に続きます。

「自分自身に 打ち勝って 自分自身を 調えながら 行為する人」


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200903/article_17.html
http://76263383.at.webry.info/201001/article_21.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーをクリックして下さい。
記事内容の改善の参考にしたいと思っています。

"自分自身に 打ち勝って 自分自身を 調えながら 行為する人(104)" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント