不精進 怠けて百年 生きるより 精進励み 一日生きよ(112)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


ヨー  チャ  ワッササタン  ジーウェー
Yo    ca   vassasataṃ   jīve,
人が  又   百年       生きる

クスィートー   ヒーナウィーリヨー
kusīto      hīnavīriyo;
怠惰で     精進しないで

エーカーハン  ジーウィタン   セッヨー
Ekāhaṃ      jīvitaṃ      seyyo,
一日の      命が       より優れている

ウィーリヤマーラバトー   ダルハン
vīriyamārabhato       daḷhaṃ.
精進に励んでいる者の   堅固に


○直訳
人が怠惰で精進しないで
百年生きる(より)
堅固に精進に励んでいる者の
一日の命がより優れている


○一口メモ
今日の詩のキーワードは「精進」です。

八聖道の正精進は次のように定義されています。
①未だ生じてない悪行為が生じないように努力する。
例、お酒を飲んでなかった人は今後もお酒を飲まないようにする。
②すでに生じている悪行為が捨断されるように努力する。
例、お酒を飲んでいた人は、お酒を飲まないように努力する。
③未だ行ってない善行為を行うように努力する。
例、今まで慈悲の瞑想を行ってない人は、毎日慈悲の瞑想を行うように努力する。
④すでに行っている善行為を存続するように努力する。
例、今まで、慈悲の瞑想を毎日行っていた人は、それを続けるように努力する。

以上の①②③④を一日でも実践する人は、怠惰で精進しない人が百年生きるより優れているのです。精進、努力する人は向上し、成長するからです。向上し、成長する人は目標を達成するからです。

精進に関連して、述べておきたいことがあります。これは意外に注目されていないのです。それは八聖道の「正精進」の一つ前の「正命」です。「正命」は「邪なる生活を捨て、正しい生活によって生活を営みます。これが正命です。」と定義されています。そして正しい生活とは、主に五戒を犯さない職業のように考えられています。

確かに、その通りですが、しかし、もっといろいろ考えた方がよいと思っています。正命とは正しく生きることですが、正しく生きるとは、宇宙の法則に従って生きることです。宇宙のリズムで生きることです。多くの生命と同じように、太陽と地球と月のリズムに即して起きる、眠ることだと考えています。例外やいろいろな条件がありますから、各自の実状に合わせて、実際の行動は変動がありますが、宇宙の法則に会わせて、規則正しい生活をするように心がける方がよいのです。

その理由は、今の若い人たちの生活を見ていますと、真夜中まで起きていて、やむをえない事情というよりは、自我の都合で夜更かしをしているのです。そのため、睡眠不足の状態か、朝寝坊で怠惰な生活をしています。これらの人々は、精進しようと思っても精進できないのです。ですから、精進するためには、正命を守り、規則正しい生活をした方がよいのです。


「不精進 怠けて百年 生きるより 精進励み 一日生きよ」


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200903/article_20.html
http://76263383.at.webry.info/201001/article_27.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


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