誰にでも 荒い言葉を 使うなよ 言われた人は 言い返すだろう(133)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


マーヲーチャ  パルサン   カンチ
Māvoca      pharusaṃ   kañci,
言うなかれ   粗暴な    誰にも

ウッタ-     パティワデッユ  タン
vuttā        paṭivadeyyu     taṃ;
言われた人は  言い返すだろう  あなたに

ドゥッカー  ヒ     サーランバカター
Dukkhā    hi      sārambhakathā,
苦るしみ  まさに  憤激ある言葉は

パティダンダー  プセッユ  タン
paṭidaṇḍā      phuseyyu   taṃ.
棒の返報が  触れるだろう あなたに


○直訳
誰にも粗暴な(言葉)言うなかれ
言われた人はあなたに言い返すだろう
まさに憤激ある言葉は苦しみ(である)
棒の仕返しがあなたに触れるだろう


○一口メモ
「誰にでも 荒い言葉を 使うなよ 言われた人は 言い返すだろう」
このことは、多くの人が経験的に知っているのではないかと思います。
しかし、多くの人は、この事実を知っていても、活用することはないようです。
何か気に入らないことがあると怒鳴りまくる人が多いのです。夫婦喧嘩や兄弟喧嘩などでは、乱暴な言葉を使えば、乱暴な言葉が返ってくるのはあたりまえです。どちらが、始めに乱暴な言葉を使ったか問題ですが、乱暴な言葉に乱暴な言葉が戻ってくることをしっかりと覚えておく必要があります。

乱暴な言葉が心に触れると、心は穏やかではなくなるのです。心が波打ち苦しくなるのです。修行のできてない未熟な人の心には怒りが生まれます。その怒りは乱暴な言葉を使います。乱暴な言葉が行きかい怒りがエスカレートします。お互いの心は阿修羅の状態になり、不幸な状態に陥るのです。このことをよく知って乱暴な言葉を使わないようにすべきです。

もし、乱暴な言葉に乱暴な言葉が返ってこなかった場合には、注意が必要です。帰ってこない乱暴な言葉の代わりに、相手の心に怒りがたまっているのです。いつかの怒りは爆発してあなたにどのような危害を加えるか分かりません。もしくは、相手が修行を積んだ聖者である場合があります。この場合は聖者を罵倒したことになり、よい結果にはならないのです。

乱暴な言葉の反対の「優しい言葉」の場合には、反対の現象がおこります。優しい言葉を使うと、優しい言葉が返ってくるのです。優しい言葉は優しい心から起こりますが、その優しい言葉は相手の心を優しくして、相手は優しい言葉を返してくるのです。その優しい言葉で自分の心はさらに優しくなります。心が優しいと、穏やかな気持ちになり、幸せを感じます。

言葉と心の関係をよく知って、言葉の人間関係における重要性を理解して、乱暴な言葉を使わないように、優しい言葉を使うように精進してください。


「誰にでも 荒い言葉を 使うなよ 言われた人は 言い返すだろう」


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200904/article_3.html
http://76263383.at.webry.info/201002/article_10.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーをクリックして下さい。
記事内容の改善の参考にしたいと思っています。

"誰にでも 荒い言葉を 使うなよ 言われた人は 言い返すだろう(133)" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント