卑しくて 気付のない 生活と 邪見を持つな 雑事増やすな(167)

阿羅漢であり、正自覚者であり、福運に満ちた世尊に、私は敬礼いたします。


○子供のためのダンマパダ

みんながするから
よいとはかぎらない
よく考えて
よくないことはしないこと


○パーリ語原文と訳語

ヒーナン  ダンマン   ナ   セーウェッヤ
Hīnaṃ   dhammaṃ   na    seveyya,
劣った   法に     ない  親しま(ない)ように

パマーデーナ  ナ   サンワセー
pamādena    na   saṃvase;
放逸と     ない  共に住ま(ない)ように

ミッチャーディッティン ナ  セーウェッヤ
Micchādiṭṭhiṃ      na   seveyya,
邪見に         ない  親しま(ない)ように

ナ  スィヤー   ローカワッダノー
na   siyā     lokavaḍḍhano.
ない  ように   世俗の増大が

○直訳
劣った法に親しまないように
放逸と共に住まないように
邪見に親しまないように
世俗の増大がないように


○一口メモ
この詩から「世界の章」にはいります。この「世界」はパーリ語では「loka」です。パーリ語辞書には、世、世間、世界の訳語があります。仏教の関心は生命ですから、世界と言っても世界の海や山や川などをあんまり問題にしないのです。世界と言えば、生物の世界を意味する場合が多いのです。そのため「loka」の意味を生命と理解した方が分かりやすい場合があります。

また、「世界」を「悟りの世界」と対置して「世俗の世界」すなわち「世間」を意味する場合が多いのです。くどいですが、この場合の意味するところは「世間の人々」です。

さて、この詩の意味ですが、四つのポイントが述べられています。

第一は「劣った法に親しまないように」、世間の常識を無批判に受け入れないように、世間の常識と言われても、仏教の善悪の基準で判断して行うこと。十悪行、十善行の判断基準があります。(十悪行、十善行はサイト内検索で調べて下さい。)

第二は「放逸と共に住まないように」、放逸とは、自分の悪い行いに気づいていないことです。自分の身体による、言葉による、心による悪い行い(欲や怒りや人を害する考え)をしないように注意することです。

第三は「邪見に親しまないように」、因果関係を否定する考え方を持たないようにということです。世間では占いや根拠のないことを信じていますが、このようなことがないように、合理的、理性的に判断して行うことです。

第四は「世俗の増大がないように」、世俗の増大とは、私はあってもなくてもよい世間の雑事のことだと思っています。このブログでも無駄な物を捨てる話がありましたが、無駄な行事や付き合いも、できるだけ減らすことは、修行に専念するためには大切なことです。


「卑しくて 気付のない 生活と 邪見を持つな 雑事増やすな」


○この詩の解説は次の記事を参考にしてください。
http://76263383.at.webry.info/200904/article_30.html
http://76263383.at.webry.info/201003/article_9.html


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


このブログ記事に共感された方は右上の仏教バナーをクリックして下さい。
記事内容の改善の参考にしたいと思っています。

"卑しくて 気付のない 生活と 邪見を持つな 雑事増やすな(167)" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント