議論超え 煩悩なくした 辟支仏 自由自在に 一人で歩く<56>

○少年少女のためのスッタニパータ56
・・・
議論を止めて、
実践しよう。
怒らないこと、
欲張らないこと、
うそをつかないこと。


56.第1 蛇の章 3.犀の角経 22

○毎田周一先生訳
欲を離れ 偽りなく 渇くように求めることを止め
人を謗らず 根源の無知を除き去り
すべて世間の外物に頼らぬやうになつて
犀の角のやうにただ一人歩いてゆこう


○中村元先生訳
貪ることなく、詐ることなく、渇望することなく、
(見せかけで)覆うことなく、濁りと迷妄とを除き去り、
全世界において妄執のないものとなって、
犀の角のようにただ独り歩め。


○正田大観先生訳
無貪で、虚言なく、無欲で、
隠覆なく、汚濁と迷妄を取り払い、
一切世〔界〕にたいし依存なき者と成って、
犀の角のように、独り、歩むもの。


○パーリ語原文
ニッロールポー   ニックホー    ニッピパーソー
Nillolupo        nikkuho     nippipāso,
貪ることなく     偽ることなく   渇望することなく

ニッマッコー    ニッダンタカサーワモーホー
Nimmakkho    niddhantakasāvamoho;
偽善のなく     汚れと迷妄を取り去り

ニラーサヨー     サッバローケー   バウィトゥワー
Nirāsayo        sabbaloke       bhavitvā,
依存しない者と   一切世間に      成って

エーコー   チャレー    カッガウィサーナカッポー 
Eko      care       khaggavisāṇakappo.
一人で    行こう     犀の角のように


○一口メモ
昨日の偈の解説では述べませんでしたが、昨日の偈は「犀の角経」の21番目の偈でありました。犀の角経は全部で41偈ありますから、21番はこの経の中央に位置するのです。その意味的にも、この経に中央に位置するものにふさわしいものでした。

すなわち、それは20番<54>で述べられたブッダの「集会を楽しむ者は解脱を得られない」という言葉を受けて、21番<55>では、その理由、すなわち、集会を楽しむものは議論をする。そのために、解脱を得られないということになります。またその理由は議論では真理に到達できないからです。真理に到達する道は、議論で進む道と異なるという点にあります。真理に到達するためには議論ではなく、の実践が必要なのです。煩悩を取り除くために実践が必要であるからです。

そのことについて、昨日のブログのコメントでkumetsuさんが解説してくれています。議論では煩悩を滅尽できないが、八正道の実践でそれができると述べておられます。是非お読みください。

今回の偈では、議論の対立を超越した辟支仏は、煩悩を克服しているのです。それを、辟支仏の特色として、貪ることがない、偽ることがない、渇望することがない、偽善のない、汚れと迷妄を取り去り、さらに依存しないという言葉で表現されています。パーリ語では、それをニッロールポー、ニックホー、ニッピパーソー、ニッマッコー、ニッダンタカサーワモーホー、ニラーサヨーとすべて頭韻を踏んでいるのです。ブッダの言葉の使い方に感心するばかりです。

これらの煩悩を克服した辟支仏が、何者にも依存しないで、自由自在に、一人、犀の角のように歩くのです。


議論超え 煩悩なくした 辟支仏 自由自在に 一人で歩く<56>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎5月27日(月)から6月2日(日)まで、ワンギーサが熱海の瞑想合宿に参加するため、ゴータミー精舎における朝晩の自主瞑想会はお休みいたします。


◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。尚、瞑想時間中は電話に出られませんからご注意お願いいたします。


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