塩のない 食べ物食べる 人のように 好き嫌いなく 一人で歩く<65>

○少年少女のためのスッタニパータ65
・・・
塩のない食べ物
食べたことありますか?
美味しくないです。
でもいいのです。
美味しさ求めていないから。


65.第1 蛇の章 3.犀の角経 31

○毎田周一先生訳
味を貪らず何者にも心動かされず
他人を養ふことなく 静かに家々を托鉢して
その家の人々に心ひかれず
犀の角のやうにただ一人歩いてゆかう


○中村元先生訳
諸々の味を貪ることなく、えり好みすることなく、
他人を養うことなく、戸ごとに食を乞い、
家々に心をつなぐことなく、
犀の角のようにただ独り歩め。


○正田大観先生訳
諸々の味(味覚の喜び)にたいし、貪求を為すことなく、
〔心の〕動転なき者となり、他者からの扶養なく、〔行乞のために〕歩々淡々と歩み、
家々に心が縛られない者となり、
犀の角のように、独り、歩むがよい。(31)

*正田大観先生訳は本日から先生の新訳にさせて頂きました。
先生のブログ「小部経典 翻訳」に掲載されています。
http://tipitaka.cocolog-nifty.com/blog/


○パーリ語原文
ラセース    ゲーダン   アカラン   アローロー
Rasesu     gedhaṃ    akaraṃ   alolo,
味において   貪欲を    なさず    動貪のない

アナンニャポースィー   サパダーナチャーリ
anaññaposī         sapadānacārī;
他を養わず         順々と乞食して行く

クレー   クレー   アッパティバッダチットー
Kule     kule    appaṭibaddhacitto,
家に    家に    心を拘束されずに

エコー   チャレー   カッガウィサーナカッポー
eko     care      khaggavisāṇakappo.
一人    行こう     犀の角のように


○一口メモ
昨日は衣類(衣)について述べました。衣は出家の象徴なのです。きらびやかな衣服はもちろんのこと、快適な衣類は出家にはふさわしくないのです。それらを捨てることが出家だからです。出家には寒さ暑さや、虫や日光などをいくらか防げるものがあればよいのです。それが小欲知足というものです。

それと同じことが、食べるものについてもいえるのです。それが今回の偈のテーマです。世間では食べ物については、美味しいか不味いかが大問題です。しかし、出家においては、食べ物は、修行のために身体を維持できればそれでよいのです。

ですから、「諸々の味を貪ることなく、えり好みすることなく」一人で行くのです。

出家の日々の糧は托鉢で得たものです。そこにはもちろんえり好みはありません。与えられたものに満足するのみです。与えられなければ、それに耐えるのです。もちろんそれは自分一人のものであり、それで家族を養うようなこともありません。それらの布施によって、在家の人々に対する執着が生まれることもありません。


塩のない 食べ物食べる 人のように 好き嫌いなく 一人で歩く<65>


○人生の万能薬(慈悲の瞑想)

私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)は(が)幸せでありますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の悩み苦しみがなくなりますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)の願いごことが叶えられますように
私(私の親しい人々、生きとし生けるもの)に(にも)悟りの光があらわれますように

私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)も幸せでありますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)の願いごことが叶えられますように
私の嫌いな人々(私を嫌っている人々)にも悟りの光があらわれますように

*この言葉を毎日唱えると幸福になれます。


~~~~~~お知らせ~~~~~~

◎ゴータミー精舎では毎日朝晩、自主瞑想会を行っています。朝5時から7時まで、および夜7時から9時まで。但し、木曜日夜7時から9時までの自主瞑想会は休みます。変更のある場合はこの「お知らせ」で、あらかじめ報告します。詳細はワンギーサの携帯番号090-2311-9317に御連絡下さい。


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