石法如来の特別寄稿:古希を生きる・・・三つのおごり。(その1)

私は、今年3月に満七十歳になりました。七十歳と言えば古希ということですが、本来は数え年で祝っていたそうですが、現在では満年齢で祝うことが多くなってきているようです。
 
古希について、唐代の詩人である杜甫(とほ)は曲江(きょっこう・中国の長安の東南にあった池の名)において次のような詩を書いております。・・・「酒債(しゅさい)は尋常行く処(ところ)に有り 人生七十古来稀なり」(酒代の付けは私が普通行く所には、どこにでもある(しかし)七十年生きる人は古くから稀である)」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用)と。
 
自分が実際に七十歳になり、今までとまったく違う感慨を持っております。まず、杜甫の詩にも「人生七十古来稀なり」とあるように、よくぞ「ここまで生きてきたな」という思いと、「あと何年生きる(生きられる)のだろう」という二つの異なった思いが交差しています。
 
それには訳があります。それは、私の実の両親が共に七十代でこの世を去っているという事実です。この事実は、自分にすればかなり大きなものがあります。
私の考え方(思考)の癖として、どちらかと言えば楽観論に与しないということ。かといって、極端な悲観論者でもありません。
 
私の話は、知らない人にしたら「どちらかと言えば悲観論」として受け止められる傾向が強いのです。自分自身、なぜ自分はその様な話し方をするのだろう?と振り返ったことがあります。自分自身が得た答えは、仏教思想を学んでいるからだというものです。
 
私が主に学んだ原始仏教経典は、現実的な問題についてより適切な答え出すよう組み立てられています。そのような経典の思考に慣れていくと、流れ的には「現実を注視する」、次に「法(理法)に基づき現実に沿った(適切な)答えを出す」というものです。
 
釈尊という方は、リアリストと称される程の人物ですから、どうでも良い問題には答えない=現実に即した問題に対し、法(ダルマ・理法)に即した適切な解答をされますから、これ以上のものはありません。
 
その様な、基本的思考の流れが分かっていない人間と話をしても、最初から思考の出発点が違っているので大体話にはなりません。その様な場面の解決策として必要なことは、自分以外の他者とは「難しい話や余計な話はしない」こと。・・・それが、穏便に暮らすには必要なことです。
 
と言うのは、「現実的な問題」というのは普通の人間は突き詰めて考えるということがありませんから、私の話は「悲観的で暗いもの」と受け止められてしまう可能性が高いということです。
 
私の場合は、人間の寿命(自分の寿命)について両親の実例を参考に、七十代のどこかで終わるということを想定しています。その様なニュアンスのことを、仮に他人に話したら大抵は「早すぎる」、「悲観的だ」などというようなことを申します。
 
因みに、日本人の平均寿命は2019年の統計によりますと男性が81.4歳、女性が87.4歳だそうです。人々は、多分この数字に基づいて「早い遅い」を判断しているのでしょう。
確かにそれは一つの判断材料にはなりますが、絶対という訳には行きません。本人の、希望的観測が含まれているからです。
 
私は、ここ1~2年ほど北海道新聞朝刊を読むとき必ず死亡広告欄を見ます。知り合いの逝去についての確認は、ある程度必要なことだからです。
次に、七十歳以下で何人亡くなったかを数えます。その数は、毎日違いますが比率は全体の大体10~15%前後です。
 
たしかに、現実的に考え亡くなっている方の大半は七十~九十歳ですが、七十歳以下の方も必ず亡くなっているという事実があります。実際、私の学生時代の同級生も同世代の親戚も数名亡くなっております。
 
年齢が七十歳となり、身体は老い衰えましたが変わらないものがあります。それは、「意識(気持ち)」です。仏教的な、意識の問題は横に置いておくとして・・・人間の「意識(気持ち)」というものは、自分自身の身体など違い「老化しない(していない)」ので、いつまでも変わらないものという錯覚を抱きます。
 
これは、かなりやっかいなものです。一番良い例は、頭で考えたら簡単にできることを、実際に身体を使い実行するとなると身体が動かない。あるいは、身体が付いていかないということが現実に起こるからです。
 
老いゆく自分自身の姿形(すがたかたち)と同じように、自分自身の「意識(気持ち)」も確実に老化し変化していると捉えないと、とんだ「しっぺ返し」を受けることになります。・・・「こんな筈ではなかった」と。


*法津如来のコメント

先日、9月12日から次の石法如来の特別寄稿が始まると予告しましたが、今日のブログに掲載になりました。だいたいメールで原稿を受け取った翌日に掲載させて頂いております。


 

「幸福の哲学(原始仏教) 第一話 あっちゃんとの対談」

今日は、「幸福の哲学(原始仏教) 第一話 あっちゃんとの対談」というYouTubeの動画を紹介します。
https://www.youtube.com/watch?v=ic-7G7atHK8

その理由は、幸福の哲学(原始仏教)という言葉に引かれたことと、

最近の青年は、原始仏教をどのように解説するのかという点に興味があったことです。

「あっちゃん」という人についてはよく知らないのですが、彼のブログ「日本一、人見知りする社長の奮闘記」によると、「38歳、男、職業:社長」とあります。
http://comline.seesaa.net/category/1464467-1.html

さて、この動画は数回続く対談の第一はということで、原始仏教の内容に入ってはおらず、その前段として脳とコンピューターとの比較を行っています。

それが面白いのです。

彼の話は、松本元著「愛は脳を活性する」に基づいて話されているようです。

松本元という方は、元東大教授で、65歳で亡くなったようですが、脳型コンピューターの開発をされていたようです。

そのために、脳とコンピューターの違いを研究されていたのでしょう。

その結論は脳には「愛と確信」が必要とされますが、

現在使われているノイマン型コンピューターは合理的であることが必要とされます。

現代の社会はコンピューターに基づいて合理的が優先される社会になっている。

そのために、人間がコンピューターに合わせるという奇妙な社会になっている。

そのために、人間が苦しむのだというのです。

最後に、「あっちゃん」は理想の人間の生き方を、あだち允の「タッチ」という漫画が示していると述べていました。


カタカムナ関連動画

このブログの読者の皆さんに、カタカムナに興味を持たれた方もおられるようなので、

今日も一つ新しいカタカムナ関連動画を紹介します。

「【カタカムナが解き明かす宇宙の秘密】天野成美 オンラインサロン天照企画」です。

https://www.youtube.com/watch?v=wHt2bXfe7CM&t=64s

46分30秒の動画ですから長いですが、内容は多岐にわたっています。

どれも興味深いものですが、多分皆様が知らなかった新しい知見だと思います。

カタカムナは物理学を解いているのだと述べています。

現代人が知らなかった新しい物理学なのです。

その中で一つだけ紹介します。

物理学では、時間と場所という概念を取り扱います。

その際、カタカムナでは時間も場所も物として取り扱います。

そして、時間と場所は切り離せる物ではなく、同時に発生するというのです。

すなわち、時間がある時は場所があり、場所がある時には時間があるのです。

ではなぜ、今このような新しい物理学(カタカムナ)が必要なのでしょうか?

今、地球と人類が危機的な状況にあるからなのです。

新しいと言っても、カタカムナは一万二千年前に日本列島に住んでいた人々が持っていた智慧なのです。

それが今この時期に、復活し始めているようです。


連続テレビ小説「おかえりモネ」

NHKの朝の連続テレビ小説「おかえりモネ」を見ています。

その中で、莉子(今田美桜)は気象コーナーのキャスターをやっているのですが、視聴率が芳しくなく、悩んでいます。

ベテランの前任者や新人の個性などと自分を比較して、自分は経験や能力がない、個性がないと思っています。

そして、自分はダメな人間だと悩んでいるのです。

回りの人も、経験はこれから積めばよい、能力はこれから付ければよいと励まします。

・・・・・

視聴率などという世間の評価を気にする。

他人と自分を比較する。

能力を付けなければいけない。

これが世間なのだと改めて思いました。

しかし、私は自然に別なことを思っています。

世間の評価を気にしない。

他人とは比較しない。自分は自分、他人は他人。

能力を付けようとは思わない。

それよりは、むしろ余計なこだわりから離れていることを感じています。

とは言え、このように生活できている状態は幸せだなと思っています。

なかなか、このようにはできないのでしょう。

また、若者は世間の中で、悩み苦しむのも必要なのでしょう。



人間は死んだら仏(ホトケ)になるか?

昔の日本人は、人間は死んだら仏(ホトケ)になると考えていたようです。

今でも、テレビのドラマで刑事さんは、殺された遺体に対して合掌するシーンがあり、遺体をホトケと言っています。

私は、人間は死ねば仏(ホトケ)になるとは思っていませんでした。

仏(ホトケ)とは解脱した人が成るものだと考えていましたからです。

人間の意識が無意識の世界に戻るのだとすれば、これもあながち間違いとは言えないなと考えるようになりました。

ただし、幽霊といものがあります。

幽霊は、意識が無意識の世界に戻れずに肉体から離れて漂っている状態でしょう。

何か思い残すことがあると、意識は無意識の世界に戻れないのです。

ここで、意識は無意識の世界に戻れずにという言葉を使うのは、意識は無意識から生まれてきたと考えているからです。

何も思い残すことがないと、意識は無意識の世界に安心してもどり、仏(ホトケ)になるのです。

生きていても何も思い残すことがなくなると、意識は無意識の世界に安住して仏(ホトケ)になります。



石法如来の特別寄稿:コロナこれから・・・。(その6)

コロナ騒動が起きた当初、ヨーロッパの方で死者が激増した時期があります。その時、聞いたのは「サイトカインストーム」という言葉です。これは、一体どの様な現象なのでしょう。
 
・・・「サイトカインストーム」について、最近購入した内海聡医師による『医師が教える新型コロナワクチンの正体』(本当は怖くない新型コロナウィルスと本当に怖い新型コロナワクチン)の中において、重要なことが書かれておりますので引用紹介致します。
 
(以下、引用)
「ここでぜひ知っておいていただきたいのが、新型コロナウィルスの重症化をもたらしている「サイトカインストーム」という現象です。
こう書くと、恐ろしい現象のように聞こえるかも知れませんが、私たちの免疫が病原菌から身体を守るために活動した結果、つくり出される現象です。詳しく説明すると、「サイトカイン」とは、免疫細胞などがつくり出す炎症物質の総称で、これが感染細胞から放出されると、SOSの信号となります。
 
白血球はそのSOSを察知して、感染細胞の現場まで駆けつけます。サイトカインは白血球を活性化することで、さらにサイトカインを放出するように促進します。
この一連の仕組みが制御不能となって、免疫システムが暴走しサイトカインが過剰に血中に放出されることで、ウィルスだけでなく、自分の細胞も攻撃してしまう状態を「サイトカインストーム」と言います。
 
サイトカインストームが注目されている理由は、SARS-Cov-2(新型コロナウィルス)がサイトカインストームによって、重症化しやすいと指摘されているからです。
では、なぜサイトカインストームは起こってしまうのでしょう。もし、ウィルスが入ってくる度に自分の身体を過剰に攻撃していたら、人間は全滅してしまうでしょう。本来、免疫が身体を守るシステムなのだとすれば、サイトカインストームが起こること自体おかしいのです。
 
しかし、現実として起こっているのは確かであり、なぜ自然や生物の摂理に反して起こるのか、ということを考えないといけません。生物の摂理に逆らってまでサイトカインストームをもたらすもの、それは人間の余計な治療や免疫を考慮しない行為なのです。具体的に言えば、ワクチンやステロイド、解熱剤などの対処によってこそ起こります。
 
前述のアスピリンで死亡率が激増した理由は、不用意に発熱という免疫を下げ、免疫細胞の異常な頑張り(医学用語でいう亢進)を引き起こしてしまったからです。
このアスピリン以外にもサイトカインストームを起こす薬剤はたくさんあります。
 
つまりサイトカインストームの多くは医原病なのです。基礎疾患がなければウィルス疾患でなかなか重症化することはありません。
人間が余計なことをして邪魔をするから、むしろ症状は悪化することが多い、ということは必ず知っておくべきだと思います。
(以上、『医師が教える・新型コロナワクチンの正体』・内海聡著・ユサブル社・125頁~126頁より引用)
 
最後に、参考動画としてドクター石黒氏の話を添付致します。デルタ株は感染力が強く、今までとはステージが違うということで、警戒して下さいという内容です。コロナは、まれに重症化しますので初期の対応を間違わないことが重要です。
(終わり)
 
参考動画の紹介
https://www.youtube.com/watch?v=q1ahJBZXIr0
日本の危機だと考えてます
https://www.youtube.com/watch?v=qPBE5XV1I2s
コロナの次は… 恐怖で支配される世界【CGS 神谷宗幣 山中泉 第208-4回】 
https://www.youtube.com/watch?v=1oSMu4z6J_M
3 長尾和宏院長「5類やイベルメクチンをタブーにしている利権に殺される」


*法津如来のコメント

「石法如来の特別寄稿:コロナこれから・・・。」のシリーズは今回で終わります。

普通の新聞やテレビでは得られない情報ありがとうございました。

次回は、9月12日から、3回の予定で、「古希を生きる・・・三つのおごり。」 というテーマで寄稿していただけるということです。



カタカムナが解き明かす 生命脳を鍛えて 基礎体力を強める

今日は、長く続くコロナ禍の中で必要なことを教えてくれる動画を見つけましたので、皆様に紹介します。

それはカタカムナ研究所の天野成美さんの動画です。

「カタカムナが解き明かす 生命脳を鍛えて 基礎体力を強める」
https://www.youtube.com/watch?v=ywVERO9OfMU

18分16秒で少し長いですが、きっと役にたちます。


コロナ・パンデミックと恐怖

2019年の終わり頃から、2020年、そして今2021年9月も世界を恐怖が覆っています。

まだしばらく続くでしょう。

私が毎朝、唱えている般若心経に恐怖について書いてある言葉があります。

「___菩提薩埵。依般若波羅蜜多故。心無罣礙。無罣礙故。無有恐怖。___」

読み下し文にすると次のようになります。

「___菩提薩埵は、般若波羅蜜に依るが故に。心に罣礙なし。罣礙なきが故に、恐怖 あることなく、___」

(中村元・紀野一義共著『般若心 経・金剛般若経』)

覚りの智慧に安んじている修行者は、心に罣礙(名称と形態)がないので、恐怖がないと述べられているのです。

コロナ・パンデミックは自然災害か人災か別ににして、心に罣礙(名称と形態)があるから、恐怖が起こり、

心に罣礙(名称と形態)がなければ、恐怖はおこりません。

心の持ち方次第なのです。

良寛さんはもっと具体的に、わかりやすく次のように言っています。

「災難にあう時節には、災難にてあうがよく候。死ぬる時節には、死ぬがよく候」



石法如来の特別寄稿:コロナこれから・・・。(その5)

我が国政府は、脇目もふらずワクチン接種に専念しておりますが、新型コロナ騒動を解決するには、「これしか手段はない」という感じです。
記事を書いている時点(9月1日)で、約7000万人の国民がワクチン接種終了らしいですが、感染者の増加は収まっておりません。
 
ワクチンに対する期待が、全く外れていると言える状況ですが一体何が起こっているのでしょうか?国民は、以前の生活に戻りたいが為にこぞってワクチン接種したのに、感染者の増加を見る限り事態は悪化の一途を辿っているように見えます。
 
政府(東京都など)は打つ手を無くし、相変わらず人流を減らす(あるいはロックダウン?)しか手が残されていないようにも見えます。
まさに日本は正念場に立たされ、匕首を首に突きつけられた状態と言えますが、果たして解決策はあるのでしょうか?
 
その中で、昨年から500人以上のコロナ患者を診てきたという開業医、長尾和宏氏の提言は大きな意味があるものと感じます。
本記事(その1~その4)を書いている時点で、長尾医師のテレビなど見たこともなく私の意見を気付いたまま書いて参りましたが、動画を見て「これは良い考え」と納得しました。
 
提言は、一日も早く「感染症の5類」にすること。また、「開業医による早期診断早期治療を実施する」、「治療薬としてイベルメクチンを使用する」などの3点です。
 
長尾医師は、現場の声ということで切実に訴えておりますが、果たしてそれが実現できるかどうか(政治決断出来るかどうか)が最大の難関と言えます。
長尾医師の言うとおり、イベルメクチンに効果があるならコロナワクチンは不要という話になるので、その点からもハードルは高いと見ます。
 
そもそも、高価なワクチン接種を推進するのは製薬会社の巨大な利権によるものです。政治家も、それに一役買っているのでしょう。
国民の命を救うために、巨大な医薬利権と手を切って本当に国民が望む安価で効果のある薬剤の導入を切に願います。このまま感染爆発が続けば、助かる命も助からなくなるからです
 
参考動画の紹介
 
https://www.youtube.com/watch?v=MfPJEfnaedU&t=419s
【今すぐ5類】重症化待たず即治療!長尾和宏【イベルメクチンは効く】                       
 
https://www.youtube.com/watch?v=rItuYdYKsFo
8月18日コロナ国内発生動向   
                                                                                      
https://www.youtube.com/watch?v=poYVUl9Be_I
2021.8.14【ワクチン】米政府、免疫強化のためにワクチン3回目接種許可・製薬会社は売上600億
ドル!!【及川幸久−BREAKING−】     

SRKWブッダの新刊「ブッダの一応の推認」

SRKWブッダは先日(2021年7月26日)「覚りの因縁」という書籍を出版されたばかりでしたが、

また新たに(2021年8月29日)、「ブッダの一応の推認」という書籍を刊行されました。

その案内はホームページ「覚りの境地」に掲載されております。
http://srkw-buddha.main.jp/sinnkann5.htm

その始めの部分のみを引用させていただきます。

(以下引用)

二千五百年ほど前に釈尊が明けの明星を見て覚り、生き身のブッダとなって、人々に教えを説いた。そして、その後、現在に至るまでにさらに少なからぬブッダが世に 出現し、時代に合わせてそれぞれに理法を説いた。その結果、世には多くの経典が存在することとなったわけである。もちろん、これは人々が自分に合った経典を選び出 し、その上で覚りをめざすことができるようになったという意味では、まことに喜ばしいことであった筈である。

 それにも関わらず、実際には、時代が下るにつれて作仏する修行者が減り、ここ数百年間においてはその痕跡さえ見られないありさまとなっている。

 なぜ、このような事態に陥ってしまったのであろうか。それは、それぞれの経典が作られた時代には普通に理解された教説の真意が、時を経るとともに正しく理解され なくなってしまったためであろうと考えられる。

 すなわち、往時には誰もが当たり前に理解できることとして特に記録に残されなかったり、説明するまでもない自明のこととされていたことがらが、時代が下るととも にその本当の意味が見失われてしまったからに違いあるまい。そして、そのまま現在へと至り、仏教にまつわるあらゆることがらに関して諸説入り乱れる状態となってし まったのであろう。

 その最たるものは、覚りが何であるのかという基本的なことさえ不明瞭となってしまったことである。また、本来すぐれた教えである大乗仏教を、非仏説であるなどと 決めつける誤った見解の出現もそうである。

 本書は、現在の仏道修行者に、往時の仏教のことがらについての理法に適った、正しい情報を提供することを目的として著されたものである。

(以下略)

紙の書籍は2021年9月20日刊行予定でありますが、すでに電子書籍では購入可能であります。

まだ一読段階ですが、解脱した私をしてなるほどと思わせるところが多数ありました。

仏教を通じて覚りを目指す修行者には、必読の書籍であることは断言できます。


石法如来の特別寄稿:コロナこれから・・・。(その4)

現在、世間の風潮はコロナワクチンを接種して当たり前という感を受けます。ネット動画を検索していても、ワクチン接種に否定的な意見は削除されているようで、情報統制は本当に酷いと感じます。とにかく、不都合な真実は国民の目に触れさせない、そうすれば余計なことを考えさせずに規定路線を歩ませることが出来るという考えです。
 
そのように情報を遮断・統制して、果たして国民は適切で正しい判断を行うことが出来るのでしょうか?・・・一方方向の情報しか無ければ、自ずと行う判断は決められてしまいます。その事実を目の当たりにして、マスコミ・政治に対し誠実さを感じることは出来ません。
 
その様ながっかりするような状況の中、ネット動画で「素晴らしい」と感じる地方都市の市長さんを知りました。・・・大阪府泉大津市長・南出賢一氏です。
南出市長は、コロナ感染症に関して「偏見に囚われない公正な意見を誠実に」述べておられます。
 
例えば、ワクチンに関して言うと「そのプラス面とマイナス面」を嘘偽なく語り、決して大衆に迎合するような意見ばかりを述べません
 
この、「大衆に迎合する見解」というところがミソで、大部分の政治家には既定路線からはみ出すような冒険をする人物はおりません。政治家自身、保身に走っているからです。
国民が、「コロナ怖い」と言っているときに、適切な行動の指針(例えば、民意とは逆の意見)を述べるということは相当覚悟がなければ出来ないことです。
 
泉大津市のホームページには、コロナやワクチンに関し千通以上の応援メッセージが入っているようで、その中にはドクターからの問い合わせもあるそうです。
 
現実的に、国会議員の中においてすら政府のやり方に異論を唱える政治家は皆無であり、首長(しゅちょう(くびちょう)・一般には、都道府県の知事や市町村・特別区の長を指して使われる。)においても「コロナ(ワクチン含む)に関して勉強されている方が少ない」というのが現実のようです。
 
現在の日本の現実は、政治家も医者も本当のことを知らない、あるいは知っていても発言しないということであり、そのような状況の中日本の国を本当に守れるのか甚だ疑問に思います。
 
特に、南出市長は十代の子供達にワクチンを接種することに関しては絶対反対の態度を表明しておられます。理由は、死亡者・重症者が出ていないのにリスクの大きいワクチンを接種することは、子供たちのの将来を考えた場合「あり得ない」という意見です。
 
すでに、西洋医学は限界であるという自覚を基に、コロナに感染した自宅療養者に対しても「知恵を出し」多くの選択肢を示すなど、適切な指導を積極的に情報発信されておられます。
これからも、大阪府泉大津市長のように勤勉・勇気ある政治家が多数出現されるよう望みます。
 
参考動画の紹介
https://www.youtube.com/watch?v=UKDSAAg-pgY&t=347s
コロナワクチン接種開始!その時、地方は…第十弾【CGS 神谷宗幣 南出賢一 第203回】
https://www.youtube.com/watch?v=BEfh2HqQRxM
新型コロナウイルス感染症に関する市長メッセージ(R3.8.10)


*法津如来のコメント

今回も有益な情報ありがとうございます。

また、今回の参考動画に紹介にあります大阪府泉大津市長の南出賢一さんは、コロナワクチン賛成派と反対派など意見の異なる人々に対しての正しい態度を示していることを知りました。よかったです。


「身体は真実を知っている」の真意

昨日、「身体は真実を知っている」という記事を書きました。

しかし、「身体は真実を知っている」を言いたかった訳ではないのです。

言葉(思い込み)や思考(考えること)をやめれば、無意識が教えてくれるということを言いたかったのです。

意識が先に立つと、無意識が働かないのです。

身体に聞くということは、意識を働きをやめて、無意識に働いてもらうための方便なのです。

合気道にはいろいろな流派がありますが、どの流派も極意は無意識を活用するところにあるようです。

相手と対峙すると、人は緊張します。緊張すると力がはいります。

緊張すると無意識は働かないのです。

ですから、力を抜けと教えます。脱力を強調するのです。

なかなか脱力はできません。

緊張を解かなければなりません。

やさしくやるのだと教えます。

ですから、愛を教える合気道もあります。

無意識を働いてもらうためです。

もちろん、怒りや欲があると無意識はたらきません。

怒りは最悪の意識なのです。


身体は真実を知っている

昨日は、「ガンに勝った三枝先生に聞く」という動画を紹介くれた友人に会って、いろいろお話ししました。

彼も三枝先生と同様に、合気道の使い手であります。彼はよく「非言語的認識」という言葉を使います。

「非言語的認識」とは、言葉を使わずに知ることですが、

その際、言葉がその認識を妨げるという事実を知っていることが重要なのです。

言葉を使うとは、思考を使う、考えるということです。

単に、見たり、聞いて、知った事実は真実ですが、それを言葉にすると真実から離れるということです。

この辺のことは、言葉で説明してもよくわからないのですが、

「やってみればわかる」と言葉で納得できる方も多いでしょう。

さらに、考えないことで、身体が知っているということがあります。

O-リングテストというものがあります。

これはある薬や食べ物などがその人に有益か有害かなどを調べるテストです。

これには二人で行います。

一人は親指と人差し指か中指でリングを作って、他方の手のひらに薬や食べ物などを載せるのです。

他の人が指で作ったリングを開こうとするのです。

もし、有害ならばリングはすぐに開きますが、無害であればリングは開きません。

これこそ、やってみればわかりますが、このテストは正解を示します。

このテストはいろいろ突っ込みどころはありますが、

考えてもわからないことを、身体は真実を知っているということを示しています。


石法如来の特別寄稿:コロナこれから・・・。(その3)

最近ネット動画を見ておりましたら、スペイン在住の方(クリスタル・スペインさん)の動画にヨーロッパにおけるワクチンパスポートのお話が出て参りました。
ご存じのように、デルタ株にはワクチン接種の効果は薄い状況を見て、私は個人的にワクチンパスポートの実施について懐疑的な見方をしておりましたが現実はまるで違うようです。
 
フランスの場合、マクロン大統領は強権を発動し積極的にワクチンパスポートの実施に舵を切っている模様ですが、猛烈な反対デモが起こっているようです。
それは何故かと申しますと、自由の侵害と差別主義の幕開けとなりますから、ヨーロッパでは反対の嵐が起こっているのです。
 
何より、ワクチンパスポートを制定されると違反者に対する罰則が厳しいです。特に、ワクチンパスポートを見逃した店側(経営者)には、数百万円の罰金を課すというのですから大変なものです。
場合により、懲役刑もあるというのですから国家のやることに文句を言わせない全体主義そのものと言えます。
 
日本国では、取りあえず海外渡航の際に必要と言うことでワクチンパスポートが導入されていますが、国内向けは現在のところ実施予定は無いようです。
確かに、渡航先の国が安全を確保するためにワクチンパスポートを推進していると言われたら、断る術はありません、
 
ただ日本の場合、経団連(けいだんれん)が経済を回すためという理由で、積極的にその推進を政府に要請し義務化を図ろうとしている模様です。
日本政府も、きちんと法律に基づき国民の自由と人権の侵害にならないよう、規則を定めなければなりませんから難題であることに変わりありません。・・・一つ間違えると、国民の反発を生むからです。
 
他国に航空機で旅立つには、当然ワクチンパスポートが必要というのは理解出来ますが、ここまで新型デルタ株のコロナに効果が薄いと見られるワクチン接種に、どれほどの大きな意味があるのか私自身は理解出来ません。
 
中国では、個人情報と健康コードをリンクさせ、国民を管理するシステムを採用しているようですが、すでにプライバシーも人権も大きく毀損されております。これは、共産主義国であるから採用出来るシステムと考えて間違いありません。
 
ワクチンパスポートは、本人確認が難しいと言われておりますが、日本国においてもし導入される場合国民に人気のない、「マイナンバー(社会保障・税番号制度)」とセットになる可能性が大きいと考えられます。・・・そうなると、全て紐付きとなり個人情報は本当に守られるのか?という問題が発生することになります。
 
参考動画の紹介

https://www.youtube.com/watch?v=bGObxnWUKoU
2回接種強制/拒否は停職処分-フランスで法改正済み、隣りのスペイン不安

https://www.youtube.com/watch?v=ONakoVQVR8c
2021.8.10【ワクチンパス】「奴隷証明と同じ」各国ワクチンパスポート義務化で進む監視・全体主義社会、日本は経団連がワクチンパスの義務化導入を政府に要請【及川幸久−BREAKING−】


ガンに勝った三枝先生に聞く

今日は友人から紹介されましたYouTube の動画を皆様に紹介します。

【塩田剛三・内弟子に聞く】ガンに勝った三枝先生に聞く
https://www.youtube.com/watch?v=QciUlUl3ED0

この動画の全体は18分ほどのものですが、私が特に興味を持ったのは始めの3分です。

そこには、三枝先生が末期のすい臓がんをアーシングで治したことが述べられていました。

アーシングというのは、身体に溜まった静電気を地下に流すというものです。

具体的には、裸足で地面に立つことでそれができるのです。

現代の都会の生活では、裸足で地面に立つということがなかなかできませんのできません。

道路はアスハルトで舗装されています。庭はセメント張りや人口芝で覆われています。

これらのものは絶縁体であるため、アーシングはできないのです。

そのために、室内でもアーシングできる器具も販売されているようです。

実は私は数年前にある動画でアーシングには、心身のリラックス作用があることを知りました。

それでためしていたのです。

しかし、末期ガンが治るほどの効果があるとは知りませんでした。

毎朝、10分ほど離れた運動広場に行く時は裸足でいきます。

道路はアスハルトですが、途中に小さな神社があります。

そこでアーシングを兼ねてお参りします。

アーシングの効果があるかないかは別にして、足の裏が地面に触れる感覚は素晴らしいものです。

ぜひ、皆様もお試しになってください。

また、三枝先生はパワースポットでアーシングをされたようですが、

パワースポットとは、カタカムナで言うイヤシロチなのです。

イヤシロチとは、電位差の大きい場所のようです。

多くの神社はそのような場所に建てられているとのことです。

困っている人へのアドバイス

困ったときはどのように考えるでしょうか?

自分の不運を嘆きます。

そして、他人のせいにします。

あいつのせいでこうなったのだなどと思います。

そして、最後は自分はダメな人間だなどと自己嫌悪に陥ります。

これは、一つの思考のパターンですが、これが問題なのです。

試しに、この反対のことをやったらどうでしょうか?

具体的には、自分の不運を嘆く代わりに、これは幸運のチャンスだと考えるのです。

困ったことは、自分がそれを克服するチャンスであり、成長するチャンスだからです。

そして、他人のせいにするのではなく、自分の問題なのだと考えるのです。

そうすることによって、自分の問題点が明らかになります。

その問題点がわかったことにより、自分はダメな人間だと思うのではなく、

この問題点を克服できる人間だと思うのです。

実際には、これほど単純ではないでしょうが、あえて逆の考え方をしてみたらどうでしょうか。

付け加えて言えば、

何でも何とかなります。

大丈夫です。

心を開いて、内に閉じ困らずに、周りの人を頼ってください。

中には助けてくれる人もいます。



石法如来の特別寄稿:コロナこれから・・・。(その2)

前回の記事で紹介した動画中、犬吠春彦博士が「やがてコロナは、インフルエンザなどの「はやり風邪」の扱いになっていく可能性が高い」と申しておりましたが、それについて新たな動きがあるようです。
 
参考動画に上げましたが、厚労省が現在の新型コロナに関して「厳格措置見直し」の動きがあるようです。・・・参考動画に上げたYouTuberさんは、「コロナはただの風邪」という意見に不満で動画を上げていますが、厚労省の方ではコロナの現状を考え次のステージに舵を切るとか・・・。
 
次のステージとは、感染症の分類の問題です。・・・現在、感染症2類に分類され行動に規制をかけておりますが、それを5類にしてインフルエンザ並みの扱いにするというものです。
簡単にいえば、普通の病気並みの扱いにするということで、果たしてこれが出来るかどうか?という点が注目されます。
 
5類相当に新型コロナ感染症を落とすと、開業医でも容易に診断・治療に当たることが出来て、医療崩壊を解消できるというメリットが考えられます。
ただ、患者の方から考えますと今までは指定感染症として医療費は無料でしたが、5類相当になりますと実費個人負担となります。
 
普通に考えると、今までのように簡単に検査を受けたり、強制的に入院させられたりして相応の治療が受けられると言うことが出来なくなります。
それに対して、どの様に世論が形成されるか?あるいは、そのことに対して反対する世論を押し切ってでも5類に落とす政治決断が出来るかが問われます。
 
現在の、感染症2類相当を5類に下げると言うことは簡単にいかないとは思いますが、もし実現できたなら新型コロナウィルス感染症に対する国民の意識が少しずつ変わっていくことが期待出来ます。
世間では現在、マスコミが一生懸命デルタ株の恐怖を煽っていますが、マスコミが言うように本当にデルタ株は恐ろしいのでしょうか?
 
ウィルスの特性上、感染力が強まれば毒性が弱まると言われています。・・・確かに、数字だけ見るとPCR検査法で陽性者が増え=感染者が爆発的に増加しているように見えますが、死者・重症者が爆発的に増えている訳ではありません。
 
また、ワクチンを接種したから感染しないというものでもありません。いま流行しているとされるデルタ株と、ワクチンを開発したときのコロナ遺伝子はすでに変異しており最初期のタイプのコロナはすでに存在しておりません。
 
今後、ワクチン接種者は三回目・四回目と続けて接種せねばいけない状況に追い込まれていくことが考えられます。それにより、ワクチン後遺症の増加が懸念されます。
 
参考動画の紹介

https://www.youtube.com/watch?v=tYy3BAb6KeA
210810 厚労省までが「コロナはただの風邪」を言い出すか?

https://www.mag2.com/p/news/508353?
現役医師が指摘。大学医学部がコロナの「5類格下げ」を拒むウラ事情
 

アインシュタインが娘へ宛てた手紙

昨日、ネットの中で「アインシュタインが娘へ宛てた手紙」というものに遭遇しました。

これまでに、このような文章があるとは知りませんでした。

私が、解脱して得た結論と同じものです。


(以下引用)

私が相対性理論を提案したとき

ごく少数の者しか私を理解しなかったが

私が人類に伝えるために

今明かそうとしているものも

世界中の誤解と偏見にぶつかるだろう。

必要に応じて何年でも何十年でも

私が下に説明することを

社会が受け容れられるほど進歩するまで

お前にこの手紙を守ってもらいたい。

現段階では

科学がその正式な説明を発見していない

ある極めて強力な力がある。

それは他のすべてを含み

かつ支配する力であり

宇宙で作用している

どんな現象の背後にも存在し

しかも私たちによって

まだ特定されていない。

この宇宙的な力は愛だ。

科学者が宇宙の統一理論を予期したとき

彼らはこの最も強力な

見知らぬ力を忘れた。

愛は光だ。

それは愛を与えかつ

受け取る者を啓発する。

愛は引力だ。

なぜならある人々が

別の人々に惹きつけられるように

するからだ。

愛は力だ。

なぜならそれは

私たちが持つ最善のものを増殖させ

人類が盲目の身勝手さのなかで

絶滅するのを許さないからだ。

愛は展開し、開示する。

愛のために私たちは生き、また死ぬ。

愛は神であり、神は愛だ。

この力はあらゆるものを説明し

生命に意味を与える。

これこそが私たちがあまりにも長く

無視してきた変数だ。

それは恐らく

愛こそが人間が意志で

駆動することを学んでいない

宇宙の中の唯一のエネルギーであるため

私たちが愛を恐れているからだろう。

愛に視認性を与えるため

私は自分の最も有名な方程式で

単純な代用品を作った。

「E = mc2」の代わりに

私たちは次のことを承認する。

世界を癒すエネルギーは

光速の2乗で増殖する愛によって

獲得することができ

愛には限界がないため

愛こそが存在する最大の力であるという

結論に至った、と。

私たちを裏切る結果に終わった

宇宙の他の諸力の利用と制御に

人類が失敗した今

私たちが他の種類のエネルギーで

自分たちを養うのは急を要する。

もし私たちが自分たちの

種の存続を望むなら

もし私たちが生命の意味を

発見するつもりなら

もし私たちがこの世界とそこに居住する

すべての知覚存在を救いたいのなら

愛こそが唯一のその答えだ。

恐らく私たちにはまだ

この惑星を荒廃させる

憎しみと身勝手さと貪欲を

完全に破壊できる強力な装置

愛の爆弾を作る準備はできていない。

しかし、それぞれの個人は

自分のなかに小さなしかし強力な

愛の発電機をもっており

そのエネルギーは

解放されるのを待っている。

私たちがこの宇宙的エネルギーを与え

かつ受け取ることを学ぶとき

愛しいリーゼル

私たちは愛がすべてに打ち勝ち

愛には何もかもすべてを

超越する能力があることを

確信しているだろう。

なぜなら愛こそが

生命の神髄だからだ。

私は自分のハートの中にあるものを

表現できなかったことを深く悔やんでおり

それが私の全人生を

静かに打ちのめしてきた。

恐らく謝罪するには遅すぎるが

時間は相対的なのだから

私がお前を愛しており

お前のお陰で私が究極の答えに

到達したことを

お前に告げる必要があるのだ。


お前の父親

アルベルト・アインシュタイン

(以上引用)


幸せになるために何をすべきなのか?

75歳で解脱して、今77歳で何をすべきか?と考えます。

それは、人々が幸せになるために何をすべきなのかということです。

自分のために、幸せになるために何をすべきなのかということは考えません。

もう、私は幸せになっているからです。

そのような目で世間を見渡すと、私がすべきだと考えることは、

すでに多くの方々が行なっているし、世間に発信していることがわかります。

私がやりたいことはみんながやってくれている、ありがたいことです。

大満足です。

最近、話題ににしているカタカムナにしても、私があえて説明したりしなくとも、

もうすでに、何年も前からそれを研究している専門家がおられまし、

今世間に広める時だと、YouTube でも発信しておられます。

その一つの例は、「#7 カタカムナ 天野成美 『認定講師養成講座募集開始』 縄文カタカムナ文化塾」
があります。https://www.youtube.com/watch?v=5h0CLpfBh74

その他にも、羽賀ヒカルという方は、神社チャンネルというものを発信しておられます。

最近、「無料Freeメルマガゆにわ」の会員を募集しておられ、

その中で、特別ライブ「幸せな人生を歩むために必要なこと」や

「【動画】なぜ、成功者は神社参拝をするのか?」などを放映しています。

無料ですから、簡単にYouTube から入会できます。

神社参拝について、私は特別に神社がいいとは思っていませんが、

他を探さなくとも、神社という場所は幸せになるための条件は整っているようには思えます。

幸せになるために、自然に触れることはよいことです。

土地には良い場所と悪い場所は確かにあります。

カタカムナでも良い場所はイヤシロチと言うのです。

神社はイヤシロチに立っている場合が多いのです。

もちろん、仏教関係のよい動画もあります。

ただ、宗教団体の動画は、それそれの教団の教義がありますから、

それにこだわるのは良くありません。