テーマ:修行

食生活が精神に与える影響について

最近、食生活に関することをこのブログで書いています。 2021年6月17日:食生活を改善すること https://76263383.at.webry.info/202106/article_17.html 2021年6月24日:意外なところの、意外なものが人間の精神に大きな影響をあたる https://7626338…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」修行(10)

(以下引用) 【修行】(10)  さて、もしも覚りに向けた修行が、たとえば幾何学を理解するようなことであるならばまだ分かり易いであろう。つまり、シンプルな幾何学の証明を沢山学んでおき、その上で高度な幾何学の問題に取り組む。ここで充分に学んでいればその問題が周到に解けるものと期待され得るというようなものである。実際、素養を身に…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」修行(9)

(以下引用) 【修行】(9)  ● 修行は、途中においても心を安んじるものでなければならない。これは、修行は怪しげなものであってはならないという意味である。 (以上引用) *法津如来のコメント 修行は始まりも善く、途中も善く、終わりも善くなければなりません。 ここでは途中について説かれています。 …
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」修行(8)

(以下引用) 【修行】(8)  ● 修行は、いつでも、どこでも、どんな時代でもできるものでなくてはならない。場所や環境を選ぶものは、最高のものとは言えないからである。 (以上引用) *法津如来のコメント この引用の意味では、修行は重力のようなものです。いつでも、どこでも、どんな時代でも働いています。場所…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」修行(7)

(以下引用) 【修行】(7)  ● 修行は、誰にでもできるものでなくてはならない。これは、身体に障害がある人でも修行できることを意味している。 (以上引用) *法津如来のコメント 「修行は、誰にでもできるものでなくてはならない。」・・・これは仏教は平等を説いているからです。 「これは、…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」修行(6)

(以下引用) 【修行】(6)  ● 修行は、終わりのあるものでなくてはならない。果てしない修行は誰も完成させることができないからである。 (以上引用) *法津如来のコメント 「人生一生修行である。或いは修行に終わりはない。」というような考え方があります。このように考える方の修行ならば、修行に終わりはない…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」修行(5)

(以下引用) 【修行】(5)  ● 修行は、時間の無駄や紆余曲折を気にせずに行うべきである。しかし、それが最短の道筋となる。 (以上引用) *法津如来のコメント 「時間の無駄」とは、良い結果に結びつかなかった時に言われますが、失敗は成功の母(元)なのです。失敗という無駄と思われることがあるからこそ、成功…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」修行(4)

(以下引用) 【修行】(4)  ● 修行は、楽しいものでなくてはならない。楽しくなければ最後まで続かないからである。 (以上引用) *法津如来のコメント 前回の「修行は、自発的に行わなくてはならない。」という理由は、そうでなければ楽しくならないということもあります。 また、「ニルヴァーナは最上の楽…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」修行(3)

(以下引用) 【修行】(3)  以下に、このあり得べき修行についてポイントとなることを列記したい。  ● 修行は、自発的に行わなくてはならない。そうでなければニルヴァーナに到達しないからである。 (以上引用) *法津如来のコメント 以下八項目で、このあり得べき修行についてポイントが述べられることに…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」修行(2)

(以下引用) 【修行】(2)  ところで、前の章で仏道は一なる道であると説明した。これを一なる修行法があるのだと誤解しないで欲しい。これは、覚りの基本的な道筋が唯一であるという意味だからである。とくに、道の歩みの最後の局面たる覚りの瞬間に起こることが皆同じであるので、このように表現されるわけである。具体的には、  ● …
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」修行(1)

(以下引用) 【修行】(1)  ずっと前の章で、  「仏道を歩み始めたばかりの人は、修行することが道の歩みそのものであろうと考えているかも知れない。もちろん、それはその通りなのであるが、知っておかなければならないことは、実のところ固定的な修行法など何一つ存在していないという事実である。 {中略} では、修行の実際とは何…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」右も左もわからない修行者へ(4の3)

【右も左もわからない修行者へ】(4の3)  ◇ 修行  仏道を歩み始めたばかりの人は、修行することが道の歩みそのものであろうと考えているかも知れない。もちろん、それはその通りなのであるが、知っておかなければならないことは、この世には固定的な修行法など何一つ存在していないという事実である。そして、この点がおそらく仏道を歩もうと…
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感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第15章 念(おも)いをおちつけて 25偈

25 ガウタマの弟子たちは、よく覚醒していて、その心は瞑想を楽しんでいる。 (ダンマパダ301 ゴータマの弟子は、いつもよく覚醒していて、その心は昼も夜も瞑想を楽しんでいる。) (中村元訳「ブッダの真理のことば・感興のことば」岩波文庫より引用しました。) *法津如来のコメント この偈で、「瞑想」と訳されている言葉…
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SRKWブッダの説く「修行」の続き(再掲載)

ワン爺の独り言(2017.5.9.) 昨日再掲載した「SRKWブッダの説く『修行』について」には続きがありました。その続きも再掲載いたします。修行について深く理解できると思います。 http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou106_sub.htm (以下引用) 【いかなる修行に…
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SRKWブッダが説く「修行」について(再掲載)

ワン爺の独り言(2017.5.9.) 「SRKWブッダが説く「修行」について」は、既に2017年2月11日に掲載いたしましたが、重要な内容なので再度掲載いたします。 http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou106.htm (以下引用) 【修行】 世間には、これこそ人をや…
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正しい道

ワン爺の独り言(2017.2.23.) 仏教の修行を始めると、自分が進歩しているかどうか心配になることがあります。また自分が正しい道を進んでいるのか不安になることがあります。しかし、「覚りの境地に至る道においては、その道中においてその道が正しい道であるという気づきは何一つ起こらない。」のであると、修行を完成させたSRKWブッダは述べて…
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SRKWブッダの説く「修行」の続き(いかなる修行によって...)

ワン爺の独り言(2017.2.12.) 「修行」の説明の「続き」は、『人は、いかなる修行によって覚りに至るのであるか?』という問いに答えると言う形で述べられています。九つの答えがありますので、よく吟味して読んで下さい。 http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou106_sub.htm (…
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SRKWブッダの説く「修行」について

ワン爺の独り言(2017.2.11.) SRKWブッダは次のように説いています。「この世には直接にも間接にも超越的にさえも、人をやすらぎに導く手続き的な修行法などは何一つ存在していない。では、そもそも修行は存在しないのであろうか?『決してそんなことはない』とすでに覚りの境地に至ったもろもろの如来は説くのである。」このような矛盾している…
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「無敵」を標榜する武道

ワン爺の独り言(2017.2.10.) 昨日は、「争うことが無い」について学びましたから、今日はそれに関連してSRKWブッダの「無敵」について学びましょう。 http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou021_sub.htm (以下引用) 【無敵】 武道を志す人の多くは、自分が最強にな…
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いろいろな 修行はあるが こだわるな 欲の本質 究めるべきだ<940>

○少年少女のためのスッタニパータ<940> ・・・ 夢や希望はその人の欲望です。 ですから夢や希望を聞けば、 その人がわかります。 欲望はその人自身ですから。 第4 八つの詩句の章 15.武器を執ること経 6. ○毎田周一先生訳 940. 世間では色々の学術を習うのであるが そんなものによって 世間へあ…
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草の葉で 手を切るように 修行者も 悪い行為で 地獄に落ちる(311)

○子供のためのダンマパダ。 ・・・ イネやススキの葉で 手を切るように、 いい加減に勉強すると、 思わぬ失敗がありますよ。 ○パーリ語原文と訳語 クソー  ヤター  ドゥッガヒトー Kuso   yathā   duggahito, 草の   ように  悪く捉えた ハッタメーワーヌカンタテ…
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141.疑惑を越えない人を浄化できない

ダンマパダ 第10 暴力の章 141 ナモー タッサ バガワトー アラハトー サンマーサンブダッサ Namo  tassa   bhagavato  arahato   sammāsambuddhassa 阿羅漢であり正自覚者であり福運に満ちた世尊に敬礼致します 裸形、結髪(けつぱつ)、泥の塗(まみ)れも…
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戒守り真理学んで禅定し人と離れて修行しても(271)

ダンマパダ 271、272 戒と律を守るだけで また多くの真理を学ぶだけで あるいは禅定に達しただけで あるいは人と離れて住んでも(271) 凡夫の知らぬ 出離の安楽に触れても 比丘よ、煩悩の滅尽に未踏の者は 安心することはできない(272) ○この詩から学ぶこと  「戒と律を守るだけで」と言っても…
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