テーマ:中道

石法如来の特別寄稿:(十二支)縁起の考察(その9)

第三章 十二支縁起の実践行 第一節 十二支縁起と中道   先ず、釈尊が目指した仏教の実践修行には、一体そのような意義があるのでしょうか。経典では、人間には「聖なる求め」と「聖ならざる求め」があると教えますが、釈尊が実践修行を始めるにあたって想定したのは「聖なる求め」でした。   釈尊は、十二支縁起における「老病死憂悲悩苦」を解…
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ブッダの感興のことば(ウダーナヴァルガ) 第12章 道 11偈

11 これこそ道である。(真理を)見るはたらきを清めるためにはこのほかに他の道は無い。この道を実践する人々は、瞑想を修して、悪魔の束縛の絆(きずな)を捨て去るであろう。 (ダンマパダ274 これこそ道である。(真理を)見るはたらきを清めるためには、このほかに他の道は無い。汝らはこの道を実践せよ。これこ悪魔を迷わして(打ちひしぐ)も…
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中道を歩む

ワン爺の独り言(2018年3月21日) 「ニルヴァーナは、最上の楽しみであると説かれる。そして、ニルヴァーナに至る道もまた楽しみの中にある。苦行は益がない。苦行の先にはニルヴァーナは存在していない。もちろん、享楽は道に適わない。中道が、道である。」とはSRKWブッダの言葉です。 http://www.geocities.jp/srk…
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修行者の楽しみと栄え

ワン爺の独り言(2018年1月6日) 「苦行によって覚ろうとする者も、心から楽しんで修行する者も、覚りには達しない。覚りの道は、これらの両極端を離れた中道であるからである。立派な修行者は、楽しみと栄えとともに道を歩み、ついにこの円かなやすらぎ(=ニルヴァーナ)に到達する。この楽しみは、衆生の楽しみとは違うものである。」これはSRKWブ…
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離れるべきこと

ワン爺の独り言(2017.3.15.) 覚りの境地をめざす修行者が進むべき道は中道です。それは両極端から離れるということですが、それを具体的に学んでみましょう。 http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou061.htm (以下引用) 【離れるべきこと】 覚りの境地に至ることを目指す人…
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中道について

ワン爺の独り言(2017.3.2.) 世俗の事柄には、すべて両端があります。驕りと自己嫌悪、快楽主義や苦行三昧、これらから離れた道が中道です。それは両端の中間という意味でなく、両端を超越したものです。それをSRKWブッダの理法で学びましょう。 http://www.geocities.jp/srkw_buddha/rihou047.…
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