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生前と天界地獄を見て生滅尽 証智完成彼はバラモン

ダンマパダ 423 前世を知り 天界と地獄を見て 生の滅尽に達して 証智を完成した聖者 成すべきことを成し遂げた 彼を私はバラモンと呼ぶ ○この詩から学ぶこと  「前世を知り」とは宿住智と言い、自分と他人の前世のことを知ることのできる智慧のことです。  「天界と地獄を見て」とは天眼智のことであり、天人の…
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欲のつな怒りのひもを断ち切って悟りを開くバラモンたちは

ダンマパダ 398 紐(怒り)と革紐(渇愛)と 綱(六十二邪見)を手綱(煩悩)と共に切断し 門の鍵(無明)を開け、悟った人 彼を私はバラモンと呼ぶ ○この詩から学ぶこと  この詩が出来た因縁物語は次の通りです。二人の男が自分の牛の優劣を競うために、それぞれの頭の牛に重い荷車を引かせました。しかし、どちらの荷車も少…
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バラモンは生まれではなく生き方だ欲も怒りもない生き方だ

ダンマパダ 396 私はバラモンの子宮あるいは母から 生まれただけでバラモンとは呼ばない もし何かに執着する者であるならば 彼は「友よと呼ぶ者」であるだけの者だ 心に何もなく身体に執着のない人 彼を私はバラモンと呼ぶ ○この詩から学ぶこと  今回はこの詩ができた因縁物語から始めます。ある時、サーヴァーティ…
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バラモンよ外面飾って何とする心の中の汚れを落とせ

ダンマパダ 394 愚か者よ、結髪をゆって何になる カモシカの皮衣をまとって何になる 汝の内面は煩悩で汚れているのに 外面ばかりを掃除する ○この詩から学ぶこと  釈尊の時代のバラモンは結髪を結っていたのでしょう。またバラモンの苦行者はカモシカの皮の衣をまとっていたようです。彼らは自分の心の汚れを落とそうとは…
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髪形や生まれによってバラモンと言うのではなく心の清浄

ダンマパダ 393 髪形や家系や 生まれよってバラモンになるのではない 真理と法によって 清浄になった彼はバラモンとなる ○この詩から学ぶこと  ブッダの時代、バラモンとはどのような人々だったのでしょうか? 人々に尊敬され、権威を持っていた宗教家だったのです。また、当時のバラモンは法螺貝のような髪形をしていたよう…
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釈尊の教えを教えてくれた人彼に毎日礼拝すべし

ダンマパダ 392 正しく悟った人の教えを 誰かが教えてくれたならば バラモンが祭火にするように その人を敬虔に礼拝すべきです ○この詩から学ぶこと  この詩に関しては、この因縁物語を紹介しましょう。サーリプッタ長老(ウパティッサ)とモッガラーナ長老(コーリタ)は生まれてからの友達でありました。彼らはある村で…
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バラモンは身体言葉と心にも悪をなくして自制するなり

ダンマパダ 391 身体にも言葉にも 心にも悪行がなく 三つのことを制御する彼を 私はバラモンと呼ぶ ○この詩から学ぶこと  「バラモンの章」はダンマパダのまとめの章です。ですから、既に同じ内容をバラモンに託して述べられているのです。今回の詩は8月2日に掲載した231番から234番の詩に相当します。 身…
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バラモンが恋を捨てるは悪くない害意捨てれば苦悩静まる

ダンマパダ 390 バラモンが愛する人々への愛着を 抑制するのは少なからず優れたことだ 他への害意が消滅に従って それに従って苦が静まる ○この詩から学ぶこと  釈尊は2500年以上前に心のメカニズムを完全に解明して、私たちに心をコントロールする方法を教えました。しかし、最近二、三十年前ごろから、脳科学者は心のメ…
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坊さんを打たないように坊さんは打たれた時も怒らないこと

ダンマパダ 389 バラモンを打たないように バラモンは彼に怒りを現さないように バラモンを打つ者は糞だ 彼に怒りを現す者はそれより糞だ ○この詩から学ぶこと  釈尊の言われるバラモンは阿羅漢の可能性があります。阿羅漢は尊敬されるべき人であります。その人に暴力を振るったら、その人は幸福にはなれません。悟ろうと修行…
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バラモンは悪がない人修行者は静寂行で出家無垢人

ダンマパダ 388 悪を排除したのでバラモンと呼ばれ 寂静修行によって修行者と呼ばれ 自分の心の汚れを落としたので 故に出家者と呼ばれる ○この詩の学ぶこと  この詩には釈尊の言葉遊びのユーモアがあります。 「悪を排除した」はパーリ語で「バーヒタパーポー」です。「バラモン」はパーリ語で「ブラーフマノー」です。発…
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バラモンは修行によって 正覚者威光をもって昼夜に輝く

ダンマパダ 387 太陽は昼に輝く 月は夜に輝く 武士族は武装して輝く バラモンは修行によって輝く さてブッダはすべての昼夜に 威光をもって輝く ○この詩から学ぶこと  「輝く」は文字通り、輝いていると言う意味ですが、こでは「役に立つ」という意味だと思います。「役に立つ」はちょっとした日常用語ですが、よく…
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冥想し為すべきことを為し終えた彼を私はバラモンと呼ぶ

ダンマパダ 386 煩悩から離れて座り、禅定に入り 為すべきことを為し、煩悩のない 最高の目的に到達した人 彼を私はバラモンと呼ぶ ○この詩から学ぶこと  「煩悩から離れて座り、禅定に入り」とは貪、瞋、痴の煩悩をなくすことを、目的にして冥想して、集中力を高め、身体と感覚と心と法則を観察するヴィパッサナー冥想をする…
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彼此岸のない彼には苦悩ない私は彼をバラモンと呼ぶ

ダンマパダ 385 彼岸も此岸もあるいは 彼岸此岸のない彼に 苦悩と束縛はない 彼を私はバラモン呼ぶ ○この詩から学ぶこと  私は5年前に出家する前の約1年半、ダンマパダの意訳を行っていました。それを「ブッダの演歌」という題名で、毎日一つずつ、何人かの知人にメールしていました。今でもそうですが、その当時はまだまだ…
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正念と正定修しバラモンは悟り開いて拘束なくなる

ダンマパダ 384 二種の法を修習した時 バラモンは彼岸に到った者となる そして悟った彼には すべての拘束が消失する ○この詩から学ぶこと  この詩の一行目の「二種の法」とは何でしょうか?八正道の「正念」(あるいはヴィパッサナー冥想)と「正定」(あるいはサマタ冥想)の二つです。それぞれの説明は釈尊から直接に聞いた…
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因縁の流れを断って バラモンよ 人の知れない境地に至れ

ダンマパダ 383 流れを努力して断て 渇愛を排除せよ、 バラモンよ 諸現象の滅尽を知って 人には知れない涅槃を知る者であれ、バラモンよ ○この詩から学ぶこと  この詩からダンマパダの最後の章 第26「バラモンの章」です。バラモンとは何でしょうか?広辞苑によると、「インドの四種姓(ヴァルナ)制中の最高位たる僧…
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若くともブッダの教え行えば雲を離れた月のようです

ダンマパダ 382 年が若くとも ブッダの教えを実践する比丘は 雲を離れた月のように 世の中を明るくする ○この詩から学ぶこと  今回の詩と3行目と4行目が同じ詩が、ダンマパダには3つあります。  昔は放逸であっても、後で不放逸である人は  雲をはなれた月のように、世の中を明るくする(172番)  …
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仏教を確信した修行者は諸行寂止の境地に至る

ダンマパダ 381 ブッダの教えを歓喜して 確信する比丘は 諸行の静まった安楽な 静寂な境地に到達するだろう ○この詩から学ぶこと  このブログにたびたびコメントをしてくれるホーシノヒトリゴトさんは、スマナサーラ長老の最近の著書「ブッダの教え一日一話」のその日の分を毎朝、読んでおられるそうです。今日11月19日は…
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みずからを激励点検する比丘は自己守護者であり有念者

ダンマパダ 379、380 みずから自分を激励せよ みずから自分を点検せよ 比丘よ、自己守護者、有念者は 安楽に暮らすだろう 自分こそ自分の主人である 自分こそ自分の帰所である それ故に、商人が駿馬にするように 自分自身を調教せよ ○この詩から学ぶこと  私たちの心は、初めは、未完成で感情のままです。…
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身体と言葉と心静めたる比丘は静寂者と呼ばれる

ダンマパダ 378 身体を静め 言葉を静め 心を静め よく統一し 世財を吐き出した比丘は 静寂者と呼ばれる ○この詩から学ぶこと  東京都八王子市に正山寺釈迦牟尼国際仏教センターがあります。そこの住職様のスリランカ人のダンミッサラ大長老は、私の顔を見るとどういう訳か「世界はどうですかね?」と上手な日本語で私に…
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ジャスミンの枯れたる花が落ちるよう欲と怒りからぱらっと離れよ

ダンマパダ 377 ジャスミンの枯れた花が 落ちるように 比丘たちよ そのように欲と怒りから離れよ ○この詩から学ぶこと  ジャスミンの花は朝咲き、夕方に茎から離れて地面に落ちるそうです。日本では、香りのよい花に金木犀がありますが、あの花も盛りを過ぎたころ地面を覆いつくすように落ちるのは毎年見ます。いつまでも茎や…
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善友と共に生活善なせば楽しみ多く苦を終わらせる

ダンマパダ 376 善友を歓迎し 善行を行うならば それ故に、喜悦が多く 苦を終わらせるだろう ○この詩から学ぶこと  この詩は、ダンマパダ368番から378番の一連の詩の最後なのです。これらはソナ長老たちの前にあらわれた釈尊が説法した時の詩であるといわれています。復習のためにまとめの短歌を再掲します。 比…
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感覚をよく観察し戒守り満足知って善友と親交

ダンマパダ 375 ここに、智慧を得た比丘の 最初にすべきことがある 感覚を守る、満足している 戒律は遵守する 生活が清浄で怠けない 善友に親しむ ○この詩から学ぶこと  悟りには、第一段階の預流果、第二段階の一来果、第三段階の不還果、第四段階の阿羅漢果があります。(「初期仏教キーワード」47~51ページ参照…
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生命の構成要素の生滅を触知したなら不死の境地だ

ダンマパダ 374 五蘊の生滅を 触知したならば 不死を知った人の 喜悦を得る ○この詩から学んだこと  釈尊は生命の構成要素を五つに分析されました。それを五蘊と言います。それぞれは、色蘊、受蘊、想蘊、行蘊、識蘊です。色蘊は肉体です。受蘊は感覚です。想蘊は概念と考えておけばよいでしょう。行蘊は感情または衝動です。…
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冥想で自分の心よく見ると人の知らない楽しみがある

ダンマパダ 373 人のいない所に入って 心を静めた比丘が 法を正しく観察すると 人間の知らぬ喜楽がある ○この詩から学ぶこと  釈尊はこの詩でも冥想をすることを勧めておられるのです。静かなところに行って、冥想しなさいと仰られているのです。  「法を正しく観察すると」の法は仏教用語の法は多義でありますが、こ…
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修行者の智慧と定とは両足だ 両足あれば涅槃に行ける

ダンマパダ 372 智慧がない者には定はない 定がない者には智慧はない 定と智慧のある者は 涅槃の境地のすぐそばだ ○この詩から学ぶこと  智慧と定の関係は、虫眼鏡で物を見る時のことを考えるとよく理解できると思います。虫眼鏡のレンズの焦点を見る対象にぴったりと合わせると、見る対象が拡大されて、しかもはっきり見るこ…
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冥想を放逸しないで実践し欲望に勝ち苦しむなかれ

ダンマパダ 371 比丘よ、冥想しなさい、放逸であってはならない 欲望の対象に心を迷わせてはならない 放逸によって鉄丸を呑み込んではならない 焼かれながら、「これが苦だ」と泣いてはならない ○この詩から学ぶこと  今回の詩は単刀直入に、「冥想しなさい」と教えています。釈尊は丁寧に、一人ひとりに応じた説法をされまし…
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一つずつ五つと五つ克服し執着捨てた比丘は阿羅漢

ダンマパダ 370 五つを切れ、五つを捨てよ 五つをさらに養成せよ 五つの執着を超えた比丘は 暴流を渡った人と言われる ○この詩から学ぶこと  「五つを切れ」の五つは「五下分結」と言われ、1.有身見 2.疑 3.戒禁取 4.欲愛 5.激怒の五つです。(「初期仏教キーワード」150~152ページ参照)  「五…
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比丘たちよ 舟から水を汲み出せよ 無漏の舟は悟りに達する

ダンマパダ 369 比丘よ、この舟から水を汲み出せ 汲み出せば、速く進むだろう 貪欲と怒りを汲み出せば 涅槃に到達するだろう ○この詩から学ぶこと  「この舟」とは「自分」のことです。「水」とは「煩悩」のことです。舟から浸水した水を汲み出せば、舟は沈むことなく、舟は軽くなって速く目的地に到達します。そのように、自…
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比丘たちは慈悲の心で生活し業のできない境地体得

ダンマパダ 368 慈しみの心で生活し 仏陀の教えを確信する比丘は 業ができない安楽な 静寂の境地に到達するだろう ○この詩から学ぶこと  慈しみの心で生活することは、比丘の生き方の基本です。では慈しみの心とはどんなものなのでしょうか? その心の出発点は「私は幸せでありますように」という気持ちです。その気持ちは心…
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心にも肉体にも我がものと思う心がない彼は比丘

ダンマパダ 367 心にも身体にも 私のものという思いがなく その思いがなくとも憂いがない その人は比丘と呼ばれる ○この詩から学ぶ  何年か前に、「私とは何か?」とか「私探しの旅」とかいう言葉ははやったことがありました。なにを隠そう、この私もそれにはまっていたことがありました。この肉体が私なのか。肉体が私ではな…
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