テーマ:功徳のよすが

SRKWブッダ著「仏道の真実++」【功徳のよすが】(7)

(以下引用) 【功徳のよすが】(7)  さて、すべての修行は功徳を積むために行ぜられるものである。逆に言えば、功徳を積むことを得るならば、別に修行という形にこだわる必要はないということである。  こんなことを言うのは、修行などあからさまに行った形跡がないのに覚る人が見られるからである。実際、私の細君(=法風如来)はその…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」【功徳のよすが】(6)

(以下引用) 【功徳のよすが】(6)  ● 功徳は、重荷を下ろすために積むものである。重荷が却って増えたならば、それでは功徳を積んだことにはならない。ここで言う重荷とは、しがらみという意味である。功徳を積んだ人は、生活が簡素になり静けさが増す。日々を軽々と送るようになる。 (以上引用) *法津如来のコメント …
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」【功徳のよすが】(5)

(以下引用) 【功徳のよすが】(5)  ● サンガ(僧伽)の存在が前提であるが、功徳を積むには出家がすぐれている。 しかしながら、それは家出であってはならない。ここで言う家とは、こだわりの総体を指す。 出家とは、自分の趣味の世界から出て浄らかな集いに住み処を移すということである。 また、家出とはこだわりを心…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」【功徳のよすが】(4)

(以下引用) 【功徳のよすが】(4)  ● 功徳は、大事なものが残っている間は積み終わることがない。 これは、覚ったとき、それまで自分が大事だと思っていたものが実はそうではないことを知ることになるという意味である。 世人は、世間のことがらを後生大事にしているものである。 ところが、それが実は自分を縛る縄なの…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」【功徳のよすが】(3)

(以下引用) 【功徳のよすが】(3)  ● 功徳は、余計なものを捨て去ることによって積まれる。ただし、本当に大切なものは捨て去ってはならない。その本当に大切なものとは自分自身である。ここで、初学の修行者はその余計なものが何であるのかを明確に知ることは難しいであろう。そこで、省察を為すことが勧められる。省察によって、本当の自分…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」【功徳のよすが】(2)

(以下引用) 【功徳のよすが】(2)  ● 予め功徳を積んでいることは、功徳のよすがである。「さあ功徳を積もう」などと言って何も無いところから一気に功徳を積むことはできない。たとえば、大きな結晶を綺麗に作るためには種になる小さな結晶を用意し、それを少しずつ成長させて形成していくであろう。それと同様である。では、最初の功徳はど…
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SRKWブッダ著「仏道の真実++」【功徳のよすが】(1)

(以下引用) 【功徳のよすが】(1)  功徳は、どのようなときに積まれるのであろうか。そのよすがについて述べたい。  ● 功徳は、咄嗟のときに一瞬に積まれる。これは、功徳を積むという表現から連想されがちな段階の説を否定する事実である。なぜ功徳が一瞬に積まれるのかと言えば、仏道が基本的には頓悟の道だからである。要するに、…
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