テーマ:石法如来の特別寄稿

石法如来の特別寄稿:「輪廻」という幻(イメージ)その1

仏教思想を学ぶ上で、「輪廻」という言葉がよく出て参ります。命(いのち)ある存在は、業(カルマ)に基づき限りなく生と死とを繰り返すというインドの思想がその根底にあり、仏教にもその教義が取り入れられているからです。 また、同じ仏教思想に出てくる「因縁」という言葉を考えた場合、たしかに輪廻という思想を考慮に入れた方が、より容易に理解出来…
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石法如来の特別寄稿「不安症候群(シンドローム)を乗りこえる。(その3)」

誰もが、このコロナ騒動に「煩う毎日」の渦中にいる日本人、一日も早い終息が待たれます。終息を願うが故に、PCR検査を受けたくなったりコロナワクチン接種に傾きます。 PCR検査が正確無比で、コロナウィルスが死の病なら受ける意味も必要性もありますが、私の学ぶ限り検査自体信頼できないもので「擬陽性」が多く、病状も無症状・軽症者が多い病気の特徴…
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石法如来の特別寄稿「不安症候群(シンドローム)を乗りこえる。(その2)」

現在の日本の状況は、コロナ禍に見舞われ「誰もが」決して他人事ではない状態に置かれています。いつ自分自身、あるいは家族がコロナに感染して入院することになるのか?万一のことがあれば、命に関わる一大事が起こりえる重大なパンデミックであるように報道されています。 個人の心理レベルで、今緊急事態が起きていると判断しているのは、マスコミの報…
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石法如来の特別寄稿「不安症候群(シンドローム)を乗りこえる。(その1)」

今回の記事は、朝うとうと布団の中で色々考えていて急に書こうと思いついたものです。テーマ的には、新型コロナウィルスに関するものですが「覚り=解脱」の話にも通じます。 きっかけは、この話題(新型コロナ騒動)がなかなか終息しないということです。マスコミは、「変異株」が出現したということで相変わらず恐怖を煽っています。 おそらく、このま…
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石法如来の特別寄稿「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)(その4)」

仏教寺院は、徳川幕府に庇護され優遇された反面堕落が見られるようになり、全国規模で学者らによる仏教批判が巻き起こって来ます。 圭室(たまむろ)文雄著作による『神仏分離』によると、四つのグループに分かれて仏教批判が持ち上がり、神仏分離思想が醸成されていったことを指摘しています。 第一は、儒学者のグループ。近世の儒学を牽引した藤原…
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石法如来の特別寄稿「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)(その3)」

1868年(慶応4年)3月、神祇事務局から各神社に対して通達が出されます。その通達のキーワードは「復飾」(ふくしょく)と言うことにあります。復飾とは、「僧侶の還俗」を指し、社僧や別当に対して還俗を促した上で、神社に勤仕するよう命じたのです。 要は、昨日まで仏教者であった人間に今日から神職になれと言う話なのですが、不思議なことに多く…
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石法如来の特別寄稿「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)(その2)」

王政復古(おうせいふっこ)とはどの様なものかと申しますと、「共和制や武家支配などによって支配の座を追われていた君主制が再び旧体制を復活させることを指す。」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用)とあり、日本においては朝廷側が(江戸)幕府側から政治の支配権を奪還したと言うことになります。 日本の歴史から考え…
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石法如来の特別寄稿「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)(その1)」

日本の長い歴史の流れの中において、仏教がその存亡の危機に陥った事実をご存知でしょうか?・・・その事実は、現在ほとんど歴史の闇に葬り去られている感がありますが、今回は「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」について書いてみたいと存じます。   まず、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)とは何かと申しますと、「仏教寺院・仏像・経巻(経文の巻物)を破毀(…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その8)」

今回、著書『天才 富永仲基(独創の町人学者)』(釈 徹宗著・新潮新書刊)をもとに記事を書き進めて参りましたが、(その8)で終了となります。 著書の四割ほど『出定語後』の上巻までを色々書いてみましたが、まだまだ奥深い内容のある書物ですので、興味のある方は著書をお読み下さい。   私が、富永仲基の名前を知ったのは阿含宗時代のことで、今…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その7)」

『出定語後』の第八章で、仲基は「文化人類学的視点」を提示しています。すなわち、「俗」(ぞく)と仲基が名付けたものがそれです。「俗」は、文化特性や民俗や習俗の傾向を指し、「国に俗あり」と語り、「インドの俗は幻を好む(神秘主義的傾向が強い)」、「中国は文を好む(レトリック(美辞麗句・巧言)を重視する傾向が強い)」、「日本は秘を好む(隠蔽する…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その6)」

『出定語後』の第四章には、本書の性格がよく表れています。決して、単なる仏教の批判書ではないことが理解出来ます。以下、各経典が築く世界の説明が種々異なることを列挙することで、いずれも元はシンプルな世界観であったものが、順次加上されていったと述べています。   (以下引用) 経典によって異なる理由について、「宋代の志磐(しばん・南宋代…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その5)」

『出定語後』には、色々な経典についても書かれています。まず『華厳経』(けごんきょう)についてですが、この経典は釈尊が覚りを得たのち「二週間の間に説かれた」や、同経の「宝王如来性起品」(ほうおうにょらいしょうきぼん)にある「太陽は一番高い山を照らす(『華厳経』こそ一番優れているという意味)」といった作者の言葉を信じて、この経を最上であると…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その4)」

ここから、仲基の代表作である『出定後後』を見て参ります。 『出定語後』の第一章では、釈尊入滅後の三蔵(経蔵・葎蔵・論蔵)の編纂や、根本分裂(上座部や大衆部の二大分裂)や枝末分裂(約十八~二十の部派に分裂)について述べています。 また「有(う・存在)を前提とする立場は小乗とされた」ことに言及し、これに対して「空」という思想を加上したの…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その3)」

仲基の方法論において、私自身経典を学んできて感じるのは「加上」(かじょう)ということです。私は、原始仏教経典の『阿含経』を専門に学んで参りましたが、とにかく量的に莫大です。同じような・似たような経典も多いし、繰り返しもとても多いです。繰り返しが多いのは、修行者が記憶しやすくするための手段として用いたと考えておりましたが細部は不明です。 …
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その2)」

仲基の著作は、十余編あると言われておりますが現在全文を読む事が出来るのは、『出定後語』、『翁の分』、『楽葎考』の三著作のみです。 その中で有名なのが、『出定後語』(しゅつじょうごご)と題された書物です。この著作は、仲基が逝去する約九ヶ月前に刊行されたようです。 仲基の著作の特色は、オリジナリティあふれる方法論や思想です。何より、…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基(とみながなかもと)について。(その1)」

私が、富永仲基(とみながなかもと)の存在を知ったのは今から40年ほど前、阿含宗に所属していた時代です。管長の桐山靖雄(きりやませいゆう)が、自宗の依拠している経典である『阿含経』の正当性を法話や著書で宣伝する際、彼の説を利用していたからです。 おそらく、現代日本において富永仲基の名前は全く無名に近く、知る人などほとんど居ないことで…
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石法如来の特別寄稿「経典に習う。」

以前記事にも書きましたが、仏教思想に触れる人は稀です。・・・更に、経典を学ぼうとする人は少数派で有り、極めようとする人は皆無に等しいくらい少ない。それが現実です。 私自身も、この世界に70年ほど生きておりますが、仏教思想を学ぼうとしている人にすらお目にかかったことはありません。   仏教の思想は難しいと言われますが、私の場合はほと…
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石法如来の特別寄稿「『独り』この道を歩む。」

なぜ仏道の修行は、独りで行じなければいけないのか?・・・修行者なら誰もがいだく疑問です。 私は、自分自身の過去を振り返り「覚り」に至ることが出来たのは、ひとえに自分自身を信じ独りゆく修行を行じてきたからに他ならない、という思いを強く持ちます。   私自身は、28歳から阿含宗という新興宗教団体に所属し仏教を学んで参りましたが、当時教…
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石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その9)・・・見えるものと見えないもの。」

アメリカ大統領選挙を主題材に、この世の虚妄について考え色々書いて参りました。書き進めた動機は(その1)で少し触れたように、私自身毎日虚妄なるものを見(観)て、非常に分かりやすい日常の展開(事象)は、修行の参考になるであろうと考えたからです。 分かりやすく理解しやすい事象であるが故に、「それを、そうである」とたしかに認識・認知する力…
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石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その8)・・・国家の行く末と明治維新」

先に紹介した、ヤフーニュース「アメリカ人だからこそ言いたい、この大統領選挙には納得できない」(2021.2.14・現代ビジネス)に、アメリカの最近の世論調査によるとドナルド・トランプ氏の支持者の75%、バイデン支持者の35%がJ・バイデン氏が大統領選挙に勝利したことを信じていないという結果が出ているようです。             …
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石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その7)・・・私は『人間』である?」

 今回のこの記事は、当初書くつもりはありませんでした。朝方目を覚まして、数日前見たコロナワクチンの危険性を警告する動画を思い出しました。 それは、あまりにも衝撃的で「人体内に、異質の遺伝子を打ち込むという危険性」について話している内容でした。   それによると、それは遙かに想像を超えていて「記憶や思考を書き換える」こともあり得ると…
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石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その6)・・・偏向報道と情報統制と情報遮断 」

アメリカ大統領選挙のその後を追っていて、一番感じるのは偏向報道の凄まじさということです。心あるユーチュウバーが、一生懸命情報を収集し動画を作成して真実を報道してくれました。 勿論、それが全て真実であるという確たる証拠はありませんが、語る人の言葉遣いや内容・人間性を見て判断し、そこに嘘があるかないかは大体判断出来ます。 言いたいこ…
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石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その5)・・・参考動画の紹介」

 ●参考動画を紹介致します。その前に・・・コロナワクチンに関する動画を上げようと、何本か準備していたのですが、その中の3本が削除されてしまいました。 内容的には、ファイザーの研究者2名がEUに対して、ワクチンの接種を停止するよう訴えたものです。安全なワクチンなら、動画の削除の必要もありませんが、多分(?)安全では無いのかも知れません。…
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石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その3)・・・DS(ディープステート)という存在」

 ここに来て、DS(ディープステート)という言葉を使いますが、この言葉を初めて聞いた人は「何のことを言っているか全く分からない」という感想を持つことでしょう。この世界の真実に迫るため、少しお付き合い下さい。   この(DS)という言葉は、あまり使われない言葉ですが陰謀論ということで登場することがあります。ちなみにディープステート(英…
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石法如来の特別寄稿 「真実はどこに?(その2)・・・欲望が国を滅ぼす。」

2020年の米大統領選挙は、ドナルド・トランプ氏がバイデン氏を全く相手にせずに圧勝するであろうと見ておりましたが、トランプ氏が絶対優勢の中一夜明けてみるとバイデン氏が逆転していたのです。有名な、バイデンジャンプの出現です。(注:バイデンジャンプ=深夜、一気に得票数が激増した現象を指す。)   なぜ、民主党陣営が大掛かりな不正選挙まで…
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石法如来の特別寄稿 「真実はどこに?(その1)・・・トランプ氏は本当に悪人なのか。」

私は、日々生活をおくる中で毎日「虚妄なるもの」を観ています。その事に関して私自身は、もう十分見飽きたと感じておりますが、「この世」に密接に関わって生きている人達(衆生)にしたら、よく理解されていないようなので日常考えていることを少し書いてみたいと存じます。   今回に取り上げるのは、アメリカの元大統領ドナルド・トランプ氏のことです。…
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石法如来の特別寄稿 「平和な世界と仏教」

 仏道を成就させるには、世の中が平和でなければ達成は困難と言えます。例えば、戦乱の中で「覚り=解脱」を得ることなどほとんど無理であると考えられるからです。 また、平和の概念の中にはその国の政治体制も影響があります。信教の自由が認められていない国では、仏教は宗教と関係がないと言いながらも修行(行為)に制約を受けます。   同じく、高…
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石法如来の特別寄稿 「私の大団円(だいだんえん)」

私は、大団円という言葉をSRKWブッダに出合って初めて知りました。因みに大団円とは、「ものごとの結末が円満におさまること」(「ビジネスワード」から引用)を意味する言葉です。・・・そこで、自分自身の人生を振り返り(覚り以前)実際に経験した大団円を書いてみたいと存じます。   それは、私が23歳(昭和49年・1974年)から始めたライフ…
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石法如来の特別寄稿 「『開経偈(かいきょうげ)』を読む」

仏教の経典に、『開経偈(かいきょうげ)』というものがあります。非常に短い経典ですが内容・意味は深いものがあります。 因みに、私がこの経典を知ったのは阿含宗という新興宗教団体に所属していた時代ですから、今から40年以上も前になります。   因縁に従い、それを少し解説させて頂きます。まず、経典ですが四行しかなくとても短いです。   …
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石法如来の特別寄稿 「一期一会(いちごいちえ)」

私はかつて、「一期一会」という言葉は禅語であると捉えておりました。・・・一昨年6月に法津如来が釧路に来られたときに、春採湖が見える丘の上にある六花亭(ろっかてい)の喫茶店でコーヒーを飲みながらお話をした際、茶道の世界の言葉であることを教えて頂きました。 その言葉の意味は、「茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、…
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