テーマ:石法如来の特別寄稿

石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その4)」

ここから、仲基の代表作である『出定後後』を見て参ります。 『出定語後』の第一章では、釈尊入滅後の三蔵(経蔵・葎蔵・論蔵)の編纂や、根本分裂(上座部や大衆部の二大分裂)や枝末分裂(約十八~二十の部派に分裂)について述べています。 また「有(う・存在)を前提とする立場は小乗とされた」ことに言及し、これに対して「空」という思想を加上したの…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その3)」

仲基の方法論において、私自身経典を学んできて感じるのは「加上」(かじょう)ということです。私は、原始仏教経典の『阿含経』を専門に学んで参りましたが、とにかく量的に莫大です。同じような・似たような経典も多いし、繰り返しもとても多いです。繰り返しが多いのは、修行者が記憶しやすくするための手段として用いたと考えておりましたが細部は不明です。 …
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その2)」

仲基の著作は、十余編あると言われておりますが現在全文を読む事が出来るのは、『出定後語』、『翁の分』、『楽葎考』の三著作のみです。 その中で有名なのが、『出定後語』(しゅつじょうごご)と題された書物です。この著作は、仲基が逝去する約九ヶ月前に刊行されたようです。 仲基の著作の特色は、オリジナリティあふれる方法論や思想です。何より、…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基(とみながなかもと)について。(その1)」

私が、富永仲基(とみながなかもと)の存在を知ったのは今から40年ほど前、阿含宗に所属していた時代です。管長の桐山靖雄(きりやませいゆう)が、自宗の依拠している経典である『阿含経』の正当性を法話や著書で宣伝する際、彼の説を利用していたからです。 おそらく、現代日本において富永仲基の名前は全く無名に近く、知る人などほとんど居ないことで…
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石法如来の特別寄稿「経典に習う。」

以前記事にも書きましたが、仏教思想に触れる人は稀です。・・・更に、経典を学ぼうとする人は少数派で有り、極めようとする人は皆無に等しいくらい少ない。それが現実です。 私自身も、この世界に70年ほど生きておりますが、仏教思想を学ぼうとしている人にすらお目にかかったことはありません。   仏教の思想は難しいと言われますが、私の場合はほと…
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石法如来の特別寄稿「『独り』この道を歩む。」

なぜ仏道の修行は、独りで行じなければいけないのか?・・・修行者なら誰もがいだく疑問です。 私は、自分自身の過去を振り返り「覚り」に至ることが出来たのは、ひとえに自分自身を信じ独りゆく修行を行じてきたからに他ならない、という思いを強く持ちます。   私自身は、28歳から阿含宗という新興宗教団体に所属し仏教を学んで参りましたが、当時教…
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石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その9)・・・見えるものと見えないもの。」

アメリカ大統領選挙を主題材に、この世の虚妄について考え色々書いて参りました。書き進めた動機は(その1)で少し触れたように、私自身毎日虚妄なるものを見(観)て、非常に分かりやすい日常の展開(事象)は、修行の参考になるであろうと考えたからです。 分かりやすく理解しやすい事象であるが故に、「それを、そうである」とたしかに認識・認知する力…
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石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その8)・・・国家の行く末と明治維新」

先に紹介した、ヤフーニュース「アメリカ人だからこそ言いたい、この大統領選挙には納得できない」(2021.2.14・現代ビジネス)に、アメリカの最近の世論調査によるとドナルド・トランプ氏の支持者の75%、バイデン支持者の35%がJ・バイデン氏が大統領選挙に勝利したことを信じていないという結果が出ているようです。             …
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石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その7)・・・私は『人間』である?」

 今回のこの記事は、当初書くつもりはありませんでした。朝方目を覚まして、数日前見たコロナワクチンの危険性を警告する動画を思い出しました。 それは、あまりにも衝撃的で「人体内に、異質の遺伝子を打ち込むという危険性」について話している内容でした。   それによると、それは遙かに想像を超えていて「記憶や思考を書き換える」こともあり得ると…
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石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その6)・・・偏向報道と情報統制と情報遮断 」

アメリカ大統領選挙のその後を追っていて、一番感じるのは偏向報道の凄まじさということです。心あるユーチュウバーが、一生懸命情報を収集し動画を作成して真実を報道してくれました。 勿論、それが全て真実であるという確たる証拠はありませんが、語る人の言葉遣いや内容・人間性を見て判断し、そこに嘘があるかないかは大体判断出来ます。 言いたいこ…
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石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その5)・・・参考動画の紹介」

 ●参考動画を紹介致します。その前に・・・コロナワクチンに関する動画を上げようと、何本か準備していたのですが、その中の3本が削除されてしまいました。 内容的には、ファイザーの研究者2名がEUに対して、ワクチンの接種を停止するよう訴えたものです。安全なワクチンなら、動画の削除の必要もありませんが、多分(?)安全では無いのかも知れません。…
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石法如来の特別寄稿「真実はどこに?(その3)・・・DS(ディープステート)という存在」

 ここに来て、DS(ディープステート)という言葉を使いますが、この言葉を初めて聞いた人は「何のことを言っているか全く分からない」という感想を持つことでしょう。この世界の真実に迫るため、少しお付き合い下さい。   この(DS)という言葉は、あまり使われない言葉ですが陰謀論ということで登場することがあります。ちなみにディープステート(英…
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石法如来の特別寄稿 「真実はどこに?(その2)・・・欲望が国を滅ぼす。」

2020年の米大統領選挙は、ドナルド・トランプ氏がバイデン氏を全く相手にせずに圧勝するであろうと見ておりましたが、トランプ氏が絶対優勢の中一夜明けてみるとバイデン氏が逆転していたのです。有名な、バイデンジャンプの出現です。(注:バイデンジャンプ=深夜、一気に得票数が激増した現象を指す。)   なぜ、民主党陣営が大掛かりな不正選挙まで…
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石法如来の特別寄稿 「真実はどこに?(その1)・・・トランプ氏は本当に悪人なのか。」

私は、日々生活をおくる中で毎日「虚妄なるもの」を観ています。その事に関して私自身は、もう十分見飽きたと感じておりますが、「この世」に密接に関わって生きている人達(衆生)にしたら、よく理解されていないようなので日常考えていることを少し書いてみたいと存じます。   今回に取り上げるのは、アメリカの元大統領ドナルド・トランプ氏のことです。…
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石法如来の特別寄稿 「平和な世界と仏教」

 仏道を成就させるには、世の中が平和でなければ達成は困難と言えます。例えば、戦乱の中で「覚り=解脱」を得ることなどほとんど無理であると考えられるからです。 また、平和の概念の中にはその国の政治体制も影響があります。信教の自由が認められていない国では、仏教は宗教と関係がないと言いながらも修行(行為)に制約を受けます。   同じく、高…
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石法如来の特別寄稿 「私の大団円(だいだんえん)」

私は、大団円という言葉をSRKWブッダに出合って初めて知りました。因みに大団円とは、「ものごとの結末が円満におさまること」(「ビジネスワード」から引用)を意味する言葉です。・・・そこで、自分自身の人生を振り返り(覚り以前)実際に経験した大団円を書いてみたいと存じます。   それは、私が23歳(昭和49年・1974年)から始めたライフ…
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石法如来の特別寄稿 「『開経偈(かいきょうげ)』を読む」

仏教の経典に、『開経偈(かいきょうげ)』というものがあります。非常に短い経典ですが内容・意味は深いものがあります。 因みに、私がこの経典を知ったのは阿含宗という新興宗教団体に所属していた時代ですから、今から40年以上も前になります。   因縁に従い、それを少し解説させて頂きます。まず、経典ですが四行しかなくとても短いです。   …
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石法如来の特別寄稿 「一期一会(いちごいちえ)」

私はかつて、「一期一会」という言葉は禅語であると捉えておりました。・・・一昨年6月に法津如来が釧路に来られたときに、春採湖が見える丘の上にある六花亭(ろっかてい)の喫茶店でコーヒーを飲みながらお話をした際、茶道の世界の言葉であることを教えて頂きました。 その言葉の意味は、「茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、…
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石法如来の特別寄稿 「『智慧の解脱(慧解脱)』について(その3)」

(「無明の滅」) 昨年(2019年)4月6日早朝、私は、「過去に聞いた法の句を思い出し苦に喘ぐ衆生を観(み)」ながら、意識の深部に向け四諦の法が降り注ぐように突き抜けて行く感覚を得て「覚り=解脱」に達しました。   「覚り=解脱」の瞬間とは非常に微妙なものであり、覚者にはそれぞれ微妙な違いが見られます。 私の場合は法の句を機縁と…
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石法如来の特別寄稿 「『智慧の解脱(慧解脱)』について(その2)」

(その1からつづく) 形態の解脱(身解脱)まで成し遂げていながら、暗中模索とはおかしな表現であると思われる方もおられるかも知れませんが、達成すべき道はたしかにその延長線上に存在するとはいえ未知の世界であることに間違いはなく、「そこで、もう一歩踏み出す覚悟と決心」を求められたという訳です。   その、半ば安易な気持ちに決定的な変化と…
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石法如来の特別寄稿 「『智慧の解脱(慧解脱)』について(その1)」

法津如来のブログ、「法津如来の独り言」の因縁により「「解脱知見(げだつちけん)」について」(その1~3)まで書くことになりました。 書いたあとで、そこまで書いたのだから「智慧の解脱(慧解脱)」のことも書かなければ「やさしさに欠けるのでは?」と考えました。 そこで、過去の文章と記憶をたどりながら少し書いてみたいと存じます。ただ…
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石法如来の特別寄稿 「『解脱知見(げだつちけん)』について(その3)」

(その2)からつづく。 そんな事を行った次の日の早朝寝床の中で、色々と考え事をしていました。「人間、いつまで生きられるか分からないから「早く解脱しないと駄目だな」」と、痛切に切実なくらいリアルに「その事」を思った(感じた)のです。そして、朝6時に起床します・・・。 6時半から、何時も通り「観(=止観)」の修行を始めたら、上記の…
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石法如来の特別寄稿 「『解脱知見(げだつちけん)』について(その2)」

(その1)からつづく。 次に、「自分自身の偏見と慢心」です。これは、なかなか「気づきにくい」ものです。しかし、「コメント書き」(※注1)の因縁に依り、私は「自分自身、今までいかに偏見と慢心に満ちた考え方をしていたか・・・」を気づかされました。 (※注1=ブログ「ワン爺の独り言」(当時)に、2017年11月頃からtoshi 名でコ…
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石法如来の特別寄稿 「 法の句と『真実のやさしさ』」

ブログ「法津如来の独り言」で、12月17日に掲載された「SRKWブッダ「仏道の真実++」【普遍妥当なる道】(2)」の記事を拝読し、因縁を感じましたので少し書いて見ます。 私自身、法の句に関する体験談を2019年12月25日「善知識と法の句」と言うことで、記事を投稿したことがあります。・・・今から、丁度1年前のことです。   思い起…
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石法如来の特別寄稿  「この世の虚妄(偏向報道)と潜在意識(続)」

今年は、「新型コロナ騒動」に始まりそれに終わる一年になりそうです。日本は、アメリカやヨーロッパ諸国より感染者・死者数が二桁少ないのに、どうしてこれ程まで大騒ぎしているのか私自身は不思議で仕方がありません。その事象を仏教的に「虚妄(きょもう)」であると表現し、少し書いてみたいと存じます。 「この世の虚妄(偏向報道)と潜在意識」の記…
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石法如来の特別寄稿  「この世の虚妄(偏向報道)と潜在意識」

私は、もうすぐ70歳になります。思えば、随分長く生きてきたものですが「覚り」を得たのち、この世を見渡しますと特に「虚妄なるもの」の存在を痛感致します。分かりやすい事例を紹介しながら少し書いてみます。   今年は、「新型コロナ騒動」に始まりそれに終わる一年になりそうですが、今私が一番興味をもって見ているのはアメリカの大統領選挙のその後…
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石法如来の特別寄稿「覚り(さとり)について」

私は、朝方布団に入りながら「まどろみ」の中であれこれ考えるのが好きです。うとうととした中で、今回せっかく「名称と形態」について書いたのだから、参考になるよう関連する自分自身のことを少し書こうかと考えました。それで、題名を「覚り(さとり)について」としました。   「覚り=解脱」を達成したら、人間は「どのように変わるのか?」という点に…
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石法如来の特別寄稿「『名称と形態』の考察(その4)」

(その3)からつづく・・・。 以上、「「名称と形態」の考察(その1~その3)」でSRKWブッダの理法「名称と形態」を考察して参りましたが、当然理論を覚えただけでは何の力にもなりません。修行全般については、SRKWブッダの著書などをよく読まれるようにして下さい。   本記事の(その1)で、人間の意識のイメージを氷山に喩えて書きました…
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石法如来の特別寄稿「『名称と形態』の考察(その3)」

(その2)からつづく・・・。 SRKWブッダのホームページ、「覚りの境地」№006「名称と形態(nama-rupa:名色)」8行目に、「なお、名称と形態を現代の言葉で平易に表現するならば、次のように言ってよいでしょう。」とあります。 名称作用: 一切を認識したときに同時に生じるある種の心的余韻作用                …
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石法如来の特別寄稿「『名称と形態』の考察(その2)」

(その1)からつづく・・・。 SRKWブッダのホームページ、「覚りの境地」№006「名称と形態(nama-rupa:名色)」5行目に、「これらについて、原始仏典の別の表現(テーリーガーター:尼層の告白)では、名称を「刀」、形態を「串」のようだと形容しています。確かに、名称作用は自我を脅かしてこころを動揺させる刀のようなものであり、一方…
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