テーマ:石法如来の特別寄稿

石法如来の特別寄稿:「新型コロナウィルス」という詐欺?

現在巷では、新型コロナウィルスなるものが流行っていると騒いでおりますが本当でしょうか?私は、昨年の早い時期から今回のパンデミックを追っていて、当初最悪のことを想定し心底こわいものが出現したと怖れましたが、時間の経過とともにそれは杞憂であったと考えを改めました。   日本において、新型コロナウィルスで死亡されたとされる方は、累計で14…
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石法如来の特別寄稿:新型コロナウィルスとADE(その3)

ADE(抗体依存性感染増強)は、新型コロナウィルス騒動で今後着目されるであろう重要な事象なので、もう一度おさらいします。   参考動画として紹介している、「新型コロナウィルス 11 ADE」-悪玉抗体は何をするのか【KOZOの超植物チャンネル】の字幕を文字起こししましたので何度もお読み下さい。                   …
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石法如来の特別寄稿:新型コロナウィルスとADE(その2)

紹介した参考動画、「大阪大学が解明したADEのメカニズム」に、次のような警告がされています。「ワクチンで、感染増強抗体が出来てそれが身体に残っている。感染増強抗体を持つようになると、何回も何回もワクチンを打ち続けなければならなくなり、細胞破壊が起こる怖れがある」と・・・。   新型コロナウイルスのワクチン開発については、この感染症が…
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石法如来の特別寄稿:新型コロナウィルスとADE(その1)

この記事を書くきっかけとなったのは、法津如来のブログ読者Hさんからからの一通のメールです。そこに、「新型コロナウイルスの’悪玉抗体’発見の波紋-ワクチンはやはり危ない?」という紹介記事がありました。   法津如来が、私にも関係しているということでメールを転送して頂き、早速記事を拝見致しましたら内容が重要なので記事を書くことにしました…
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石法如来の特別寄稿:「穏やかな死」と医療問題(その7)

この章では、森田洋之医師の著書『うらやましい孤独死』を参考・引用しながら書き進めて行きますが、森田医師の研修医時代の話です。   (以下、参考・引用) 「ある中等度認知症のおばあさんは、食事を誤嚥したことによる発熱(誤嚥性肺炎)を何回か繰り返した後、病院と施設から胃ろうをいれることを勧められたそうです。   研修医だった森田医…
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石法如来の特別寄稿:「穏やかな死」と医療問題(その6)

日本の医療は、「市場原理」に委ねられておりシステム的にそれが全て悪いとは言えません。ただ、現在の日本のような緊急事態下において全く力が発揮されないのという状態は大きな問題です。   日常、私たちは自分自身の健康を守るために医療に色々お世話になっていますが、私は病院の医療行為に対して懐疑的な意見を持っています。 その事案を示すような…
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石法如来の特別寄稿:「穏やかな死」と穏やかな死(その5)

森田洋之氏の著書、『うらやましい孤独死』を読むと色々興味深い話がでています。著者の森田氏は変わった経歴の持ち主で、一般大学を6年ほど通った後に医科大学に入学、卒業後初期研修(2年間)後期研修(3年間)を経て夕張市に赴く決意をします。   財政破綻した夕張市に行くきっかけとなったのは、先に夕張市で医療に従事していた村上智彦医師の書いた…
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石法如来の特別寄稿:「穏やかな死」と医療問題(その4)

現代医学の力をもって行えば、人間を死なない状態にしておくことは不可能ではないようです。この文書を書いていて急に思い出しましたが、日本のマンモス宗教教団S学会の名誉会長I(アイ)氏は今どうしているのでしょう。 「ただ生きているだけの状態」という噂を聞いたことがありますが、もしそうなら「死ぬに死ねない苦しみ」を受けているように思います。 …
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石法如来の特別寄稿:「穏やかな死」と医療問題(その3)

私自身が遭遇した、「安らかな死」の2例目は養母です。彼女は、八十三歳まで生きたのですが「この様な死に方もあるのか?」という感じの最後でした。 養母は、養父の興した事業(公衆浴場)を手伝い、死ぬまで働いた人でした。死ぬ原因となったのは、加齢にともない出てきた認知症です。   養母は、亡くなる数ヶ月前に風邪を引いたらしく自宅にあった薬…
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石法如来の特別寄稿:「穏やかな死」と医療問題(その2)

医者は、患者の不安を煽ってお金を稼ぐ・・・この構図は、今世間を席巻し恐怖に陥れている新型コロナウィルス感染症でも同じことが言えます。 医者は、基本的に「脅す・煽る」のを習性としていますから、その様な人物たち(新型コロナウイルス感染症対策分科会)に国家の意思決定を委ねたら道を誤らせることに繋がります。   先輩のガン死の場合、年齢が…
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石法如来の特別寄稿:今そこにある危機(究極のリスク管理)その3

 この記事は、コロナワクチンを主題に(その2)で終了させる予定でしたが、記事を書いている最中に松田学対談シリーズ「大橋 眞先生 登場」の動画を拝見し、内容が重要でしたので記事を追加することにしました。   今、日本中で話題になっている新型コロナワクチンですが、特定のウイルスだけに反応し自分自身の保有する「自然抗体・非特異性抗体」をも…
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石法如来の特別寄稿:今そこにある危機(究極のリスク管理)その2

人間が人間として、日常生活を難なく過ごせるのは自分自身の中に、先祖から受け継いだ免疫システムがきちんと備わっているからです。 それが、新型コロナウイルスワクチンの接種により、「人工的・特異的・永続的抗体」が体内に留まり、自分自身の「自然抗体・非特異性抗体」をも打ち負かしてしまうと危惧されています。   自然抗体・非特異性抗体が廃れ…
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石法如来の特別寄稿:今そこにある危機(究極のリスク管理)その1

私は、決して自慢するわけではなく「リスク管理」に敏感です。自分や家族の現在・未来に、どのようなリスクが存在するのか?を見きわめようとする習性があります。 「それが、どうしてそうなのか?」、自分自身にもよく理解出来ない部分がありますが、もしかしたら生まれ育った場所が厳寒の北国であったせいかも知れません。   私の住む釧路は、北海道の…
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石法如来の特別寄稿:「輪廻」という幻(イメージ)その6

私は、今回の記事(その1)で次のように書きました。                                     「因縁とは、ある意味曖昧さのある難しい言葉ですが、そこでは先祖から受け継いだものと前世から受け継いだもの、の二方向を想定して阿含宗では教えを説いていました。 普通に考えたら、今生きている自分という存在は先祖か…
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石法如来の特別寄稿:「輪廻」という幻(イメージ)その5

前回の記事で紹介した経典は、『雑阿含経』巻第12(三0一))に説かれているものです。内容的には、「中道」(ちゅうどう)の教えといわれ初転法輪において五人の比丘(出家僧)に、「愛欲快楽を求めるということ・自ら肉体的な疲労消耗を追い求めるということ」の二つの極端に近づいてはならないことを教えたものとされています。   中道の教えには、そ…
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石法如来の特別寄稿:「輪廻」という幻(イメージ)その4

グレイソン氏にとって最も驚くべき発見だったのは、臨死体験がその体験者達の人生に強い影響を与えていることでした。 「私の精神科医としての本業は、人々の生き方を変える手助けをすることです。生き方を変えるというのは簡単なことではありません。でも、ものの数秒で、人の考え方、価値観、信念、行動を劇的に変えてしまう体験が存在するのだと分かりま…
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石法如来の特別寄稿:「輪廻」という幻(イメージ)その3

釈尊という方は極めてリアリストであり、この世の現実をあるがままに観て現実に即した理法を説かれた方であると書きました。 しかしこの世を見渡してみると、衆生が感心あるのは死んだ後どの様な世界に赴くのだろう?という疑問と不安に基づく問いです。当然そこには、霊的な存在の問題があります。 霊的な存在に関して、仏教の教えとは本来全く関係が無…
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石法如来の特別寄稿:「輪廻」という幻(イメージ)その2

望月海慧(もちづきかいえ)氏の「ブッダは輪廻思想を認めたのか」には、色々興味深いことが書いています。輪廻思想に関連する、解脱の問題を考えてみると「解脱というものは、輪廻からの解脱である以上、論理的に常に輪廻思想に縛られたものとなる」と言います。 釈尊の教えが、経典で説かれているように生死に代表される人間の苦しみからの解放を求めるも…
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石法如来の特別寄稿:「輪廻」という幻(イメージ)その1

仏教思想を学ぶ上で、「輪廻」という言葉がよく出て参ります。命(いのち)ある存在は、業(カルマ)に基づき限りなく生と死とを繰り返すというインドの思想がその根底にあり、仏教にもその教義が取り入れられているからです。 また、同じ仏教思想に出てくる「因縁」という言葉を考えた場合、たしかに輪廻という思想を考慮に入れた方が、より容易に理解出来…
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石法如来の特別寄稿「不安症候群(シンドローム)を乗りこえる。(その3)」

誰もが、このコロナ騒動に「煩う毎日」の渦中にいる日本人、一日も早い終息が待たれます。終息を願うが故に、PCR検査を受けたくなったりコロナワクチン接種に傾きます。 PCR検査が正確無比で、コロナウィルスが死の病なら受ける意味も必要性もありますが、私の学ぶ限り検査自体信頼できないもので「擬陽性」が多く、病状も無症状・軽症者が多い病気の特徴…
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石法如来の特別寄稿「不安症候群(シンドローム)を乗りこえる。(その2)」

現在の日本の状況は、コロナ禍に見舞われ「誰もが」決して他人事ではない状態に置かれています。いつ自分自身、あるいは家族がコロナに感染して入院することになるのか?万一のことがあれば、命に関わる一大事が起こりえる重大なパンデミックであるように報道されています。 個人の心理レベルで、今緊急事態が起きていると判断しているのは、マスコミの報…
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石法如来の特別寄稿「不安症候群(シンドローム)を乗りこえる。(その1)」

今回の記事は、朝うとうと布団の中で色々考えていて急に書こうと思いついたものです。テーマ的には、新型コロナウィルスに関するものですが「覚り=解脱」の話にも通じます。 きっかけは、この話題(新型コロナ騒動)がなかなか終息しないということです。マスコミは、「変異株」が出現したということで相変わらず恐怖を煽っています。 おそらく、このま…
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石法如来の特別寄稿「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)(その4)」

仏教寺院は、徳川幕府に庇護され優遇された反面堕落が見られるようになり、全国規模で学者らによる仏教批判が巻き起こって来ます。 圭室(たまむろ)文雄著作による『神仏分離』によると、四つのグループに分かれて仏教批判が持ち上がり、神仏分離思想が醸成されていったことを指摘しています。 第一は、儒学者のグループ。近世の儒学を牽引した藤原…
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石法如来の特別寄稿「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)(その3)」

1868年(慶応4年)3月、神祇事務局から各神社に対して通達が出されます。その通達のキーワードは「復飾」(ふくしょく)と言うことにあります。復飾とは、「僧侶の還俗」を指し、社僧や別当に対して還俗を促した上で、神社に勤仕するよう命じたのです。 要は、昨日まで仏教者であった人間に今日から神職になれと言う話なのですが、不思議なことに多く…
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石法如来の特別寄稿「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)(その2)」

王政復古(おうせいふっこ)とはどの様なものかと申しますと、「共和制や武家支配などによって支配の座を追われていた君主制が再び旧体制を復活させることを指す。」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用)とあり、日本においては朝廷側が(江戸)幕府側から政治の支配権を奪還したと言うことになります。 日本の歴史から考え…
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石法如来の特別寄稿「歴史の闇・・・廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)(その1)」

日本の長い歴史の流れの中において、仏教がその存亡の危機に陥った事実をご存知でしょうか?・・・その事実は、現在ほとんど歴史の闇に葬り去られている感がありますが、今回は「廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)」について書いてみたいと存じます。   まず、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)とは何かと申しますと、「仏教寺院・仏像・経巻(経文の巻物)を破毀(…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その8)」

今回、著書『天才 富永仲基(独創の町人学者)』(釈 徹宗著・新潮新書刊)をもとに記事を書き進めて参りましたが、(その8)で終了となります。 著書の四割ほど『出定語後』の上巻までを色々書いてみましたが、まだまだ奥深い内容のある書物ですので、興味のある方は著書をお読み下さい。   私が、富永仲基の名前を知ったのは阿含宗時代のことで、今…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その7)」

『出定語後』の第八章で、仲基は「文化人類学的視点」を提示しています。すなわち、「俗」(ぞく)と仲基が名付けたものがそれです。「俗」は、文化特性や民俗や習俗の傾向を指し、「国に俗あり」と語り、「インドの俗は幻を好む(神秘主義的傾向が強い)」、「中国は文を好む(レトリック(美辞麗句・巧言)を重視する傾向が強い)」、「日本は秘を好む(隠蔽する…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その6)」

『出定語後』の第四章には、本書の性格がよく表れています。決して、単なる仏教の批判書ではないことが理解出来ます。以下、各経典が築く世界の説明が種々異なることを列挙することで、いずれも元はシンプルな世界観であったものが、順次加上されていったと述べています。   (以下引用) 経典によって異なる理由について、「宋代の志磐(しばん・南宋代…
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石法如来の特別寄稿「富永仲基について。(その5)」

『出定語後』には、色々な経典についても書かれています。まず『華厳経』(けごんきょう)についてですが、この経典は釈尊が覚りを得たのち「二週間の間に説かれた」や、同経の「宝王如来性起品」(ほうおうにょらいしょうきぼん)にある「太陽は一番高い山を照らす(『華厳経』こそ一番優れているという意味)」といった作者の言葉を信じて、この経を最上であると…
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